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第46話 聖剣エクス争奪戦 その4

「やっぱりね」


 予想通りだというような声を漏らした。それにレオは尋ねる。


「どういうこと?」

「僕たちを襲ってきたのはその斥候かなって。初手で指揮官を殺しておけば乱してくれるから、あとは烏合の衆って思ってたんだろうね。もしくは威力偵察」


威力偵察とは、一部の部隊を本隊から切り離し、相手側の装備や戦力、そして、強さを試すための部隊だ。


「知っていたのなら、なんで移動しなかったの?」


その質問に対して、ロランは眉を八の字にして、肩をすくめてみせた。


「それはそうなんだけど……実は骸骨騎士たちは足がとても遅いんだ。おそらく、こちらの動きは常に監視されている。移動中に敵の本隊と鉢合わせするのが一番まずい。背後を攻撃されるのが一番、痛手なんだよね」


ロランの言葉にヨナはおぉ、と目を見開き、納得したように大きくうなずく。


「さすがは魔王様! だから我らに周囲の警戒を強めさせたのですね!」

「まぁ、そういうことだよ」


ヨナに褒められ、少し照れくさくなる。ヨナは目を輝かせて、歩み寄って来る。


(―――顔が近い)


鼻息がかかる距離まで近づいてくるので、思わず仰け反ってしまう。なんで、そこまで純粋な乙女なのか。可愛いけど。


ヨナは心の中で、聖剣エクスを手に入れた時点で移動すればいいと考えていた。それなのにここ3日間、留まったことに疑問を感じていたのだ。さらには馬防柵を設置し始めたのだ。まるで、ひきこもるかのように防衛線を張り始める。何がどうなっているのか。骸骨騎士たちは疑問に感じながらも誰も文句を言わず、ただ、命じられたまま、せっせと作業を行っていた。


ヨナはそんな光景を見て、不安で仕方がなかった。彼女にとっては、ロランが絶対君主。忠誠を誓う上、意見具申などあり騎士として得なかった。彼の命令はまさに絶対であり、死ねと言えば死ねるし、殿を務めろと言われたら喜んで身を差し出す。抱かせろと言われたら……その覚悟はあった。


すべてを差し出す彼女はだからこそ、それが歯痒かった。主でもあるロランに危険が迫っているのではないかと思うと、居ても立っても居られない気持ちで、不安だった。だが、今のロランの言葉を聞いて安心できた。そして、やはりすごいお方だと改めて実感する。


「あぁ我が主様にして、絶大なる力を持つ偉大なる魔王様ぁ! 貴方の盾となり矛となって、この命尽きるまで、お仕えいたします! ご命令を!! どうか魔王様!! この私めにご命令をッ!!!」


両手を胸の前で組んで、瞳を潤ませながら言うヨナにロランは苦笑いを浮かべていた。


「また始まった……」


ロランは興奮するヨナを見て、小さくため息をつく。


「と、とにかく、トゥーダム神殿を背にして、陣形を整えよう。敵はおそらく騎兵を先頭にしているはずだ。そうなると、側面や背後を取られると厄介だからね。歩兵主体の布陣にするしかない」


ロランはそう言って、地図を広げる。そこにヨナ、レオが覗き込んだ。




♦♦♦♦♦




その頃、ゴルムが率いる貴族連合軍6000の軍勢はトゥーダム神殿のすぐ近くまで迫っていた。


すでに視界には遠目ではあるがトゥーダム神殿の姿が見えており、あと、少しのところで到着するというところだった。トゥーダム神殿の近くにある森の中でロランたちの動きを監視していたアストラインたちと合流する。6000の兵士を引き連れてきたヨルマンに期待以上の働きしてくれたとアストラインは喜んだ。


ヨルマンがアストラインに近づき、馬首を並べる。


「6000の兵士か。でかした」


アストラインに褒められたヨルマンはニヤリと笑みを浮かべる。


「作戦はいかほどに?」


尋ねてきた彼にアストラインは目じりを後ろへと向け、三人の貴族をチラリと見る。それから悪魔のような笑みをこぼしたあと、小声で言う。


「作戦はゴルム男爵閣下に任せようではないか」


それにヨルマンは眉を顰めた。アストラインほどの人間であれば、ゴルムのような無名の貴族に兵の指揮権を預けるなど正気の沙汰ではないことは分かっていた。数多くの戦いの歴史の中、数百人で大軍を相手に勝利をおさめた事例はいくつもある。


それらすべてが、兵士一人ひとりの力でもあるが、最終的には指揮官の采配によって、戦局が大きく変わることがある。


つまり、軍の士気を執る指揮官の能力次第では、同じ条件で、勝敗が左右されるということなのである。


戦術、戦略、大局を見極める眼力、時には運も。それ次第で、勝ち戦が負ける可能性がある。


ヨルマンが素人目だとしても、ゴルムが戦上手だとは全く思えなかった。初めて戦うのではないかと思うほどに能天気ぶり。アストラインであれば、そんなこと見抜くことは容易なのに、なぜ? という疑問を抱く。


しかし、彼女の笑みには何か思惑が隠されているに違いないと思った。


だから、ヨルマンはそれ以上の追及はしないことにした。彼女が決めたことだ。ならば、それに従うまで。彼女に気に入られることはつまりはシルビアに興味を持ってもらえる。それはすなわち、出世につながるというわけだ。シルビアの傍にいられるのなら、どんなことでもしよう。たとえ、誰かを蹴落としてでも。


ヨルマンは内心でほくそ笑む。


そして、ゴルムに視線を向ける。彼はトゥーダム神殿を眺めて、不敵に口元に弧を描いていた。これから起きる惨劇を知らずに……。

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