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☆第四十七章 あなたは恩人です。

☆第四十七章 あなたは恩人です。



 スーパーのカドイで無駄に時間を使う。あれこれ商品を手にとって、裏に書いてある原材料名や賞味期限の欄まで全部読んでみる。


 環名ちゃんはそわそわしている。あんまり変な動きをしていると、万引き犯に間違われそうだ。


「琴さーん、来ないですぅ」


 環名ちゃんが小声で話しかけてくる。スーパーカドイは朝の九時から夜の十一時まで開いている。一日十四時間のうち、買い物をするとしても、せいぜい滞在時間は二、三十分だろう。


 週に二回だと考えると、その時点で七分の二の確率、そして時間の方は……頭が痛くなりそうだ。


「確率計算が……」

「え?」

「一日中張り込むとかしないとそう簡単には会えない気がする」


 時刻は午後四時半を過ぎている。そろそろ買い物を終えて杏を迎えにいかなくちゃ。


 四六時中という言葉は、お店が夕方の四時から六時に繁盛するっていう意味らしい。

 実際夕方のスーパーはお客さんの数が多い。


「悪いけど、環名ちゃん。わたしは杏のお迎え……」


 その時わたしの目に飛び込んできたのは果物売り場でグレープフルーツを手にとる彼の姿だった。


「あああああ!」


 もちろん小声だが、驚く。


「きましたー!」


 来たところでどうする気なのか環名よ。


「琴さん、ほらお願いします」


 環名に背中を押されて果物売り場の方へ押しやられる。ええい、仕方ない。


「こ、こんにちは」


 わたしが声をかけると驚いた様子の彼。


「こんにちは」


 わたしの後ろからひょこっと現れる環名さん。


「あれ……お連れの方? ですか?」

「はい、島崎環名と申します!」


 早速自己紹介⁉️ すると彼はにこりと笑って


「僕は薮内洸稀やぶうちこうきと申します」と挨拶する。

「薮内さんですか!」


 環名ちゃんがわたしの前に立つ。


「あの、えっとすみません……あなたに言いたいことがありまして」


 目線は環名ちゃんではない。わたしの方へ向いている。え、言いたいこと?


「ごめんなさい、こんなところで。この間の河川敷で話そうか迷って、でも状況が状況だけに、言う場面じゃないなと思ったもので」


 彼が環名ちゃんではなくわたしに語りかけていることで、明らかに不機嫌になる彼女。


「あの、かなり前なのですが、温かい紅茶を買っていただいて……本当に恥ずかしい話なのですが、僕はその時派遣切りにあって、住処も、何もかもすべてを失っていました。あなたがくれた温かい紅茶が本当に嬉しくて、お金もたくさんいただいて、必ず恩返しをしようと思っていました」


 記憶を遡る。紅茶、派遣切り、お金……えーとえーとえーと


「あああっ‼️」


 スーパーの中なのに大きな声を出してしまった。


「あの、時の……」

「そうです、思い出して頂けたみたいで。僕はあれからまともな人間になろうって少しずつですが、自分を取り戻してきました。あなたには生きるチカラをもらったのです。気持ち悪いかもしれませんが、本当にありがとうございます」


 深々と頭を下げる。そうだ、仕事の帰り道に路上で力なく座り込んでいた人。冬だから寒いだろうなと思って自動販売機で紅茶を買って渡した。


「もし、失礼でなかったら何か恩返しをさせて下さい」


 開いた口が塞がらない。


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