☆第八十三章 彼女はどこへ行ったのだろうか?
夢の中で小さな女の子が立っていた。ベージュのTシャツとグレイの短パン。振り返ると顔は腫れ上がって泣いている。
波琉ちゃん、どうしたの? 痛いの? 迷子? お父さんとお母さんは?
一緒に帰ろう、と手を伸ばすが彼女は気づかない。
目が覚めると涙がこぼれていた。
彼女はいま、どうしているだろうか。自分が虐待の通報をしたことで(正確には麗奈だけど)、一つの家庭を潰してしまった。という罪悪感が襲ってくる。
いや、だからといって放っておいていいワケもない。通報をしなければさらなる悲劇が待っていたのかもしれない。
波琉ちゃんは今どこにいるのだろうか。
「気になる?」
「うん……」
麗奈に電話をかけてみた。
「琴ちゃんは本当にお人好しだね」
「麗奈も相当だと思うけど」
「お父さんとお母さんが逮捕されたとなったら……児童養護施設とかかな」
藪内さんが、親を亡くして児童養護施設で育ったという話を聞いた。わたしがいくら気にしたって、親の代わりになれるわけではないし、彼女の心を癒やせるのかといったら……。できる自信はない。
過去を思い出す。奈良県の山間部の田舎で育ったわたしは、兄弟姉妹はいなかったが、友達と楽しく過ごしていた。近所のおっちゃん、おばちゃん、おじいちゃんおばあちゃん、みんなが保護者って感じで。
いつも家に行くと美味しいおせんべいを出してくれるおばあちゃんや、畑で穫れたばかりの野菜を持って帰れと大量に渡してくるおじいちゃん。
孤独なんかなかった。僅か三歳の孤独ってどうなのかな。
わたしはなんだかいても立ってもいられなくなり、波琉ちゃん一家が住んでいたというアパートに足を運んでいた。
テレビで何度も映し出された、決して綺麗とはいえない、古びたアパート。恐る恐るインターホンを押す。と、一人の老婆がドアから顔を出した。
「あの、隣に住んでいた佐々木さんのことで……」
「なんだい、記者はもうこりごりだよ」
老婆がドアを閉めようとした。が、引き止める。
「あ、違います、わたしは記者ではないです! 波琉ちゃんとわたしの娘が、仲がよくて……」
実際に仲がいいとまではいえない、公園で一回遊んだきりだが、思わずそう言った。
「……そうかい、で何の用だい?」
老婆はドアを数センチだけ開けてこちらを伺っている。
「波琉ちゃんがどこへ行ったかご存知ないですか?」
「さあね……」
ドアを閉められる。いや、ちょっと待って!
「なんでもいいので、何か情報を……」
「しつこいねぇ。なんか親戚んとこいくとかどうとか言ってたよ」
「親戚?」
まるで本当にマスコミのように、尋問している自分は自分じゃないみたいだ。
話はそれで終わった。親戚がいたのか……。だとしたらちゃんと波琉ちゃんには新しい家族がいるってことで……。
わたしは一体何をやっているのであろうか。