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第56話 その言葉達の意味を私はまだ知らない


皇帝陛下の正面。

大臣たち側に設けられた舞台の上に並ぶ、笛と古琴の奏者たち。

美しく雅な音楽が庭園いっぱいに広がり、それを鑑賞しながらお茶とお菓子を頂く。


お茶請けの桃華饅頭を早々に食べ終えてしまった私に、景天様がそっと自分の分を下げ渡してくださったのを見て、これまた仲睦まじいとはやし立てられたが、私は気にしない。

気にしたら負けだ。

私はただ、目の前の桃華饅頭に集中するのみ。


「約2ふたつきぶりの園遊会ですが、やはり古琴と笛の演奏はとても美しいですわね。心洗われる音ですわ」

うっとりとその演奏に酔いしれる依陽様。

食欲はやはりないのだろうが、桃華饅頭を一口も召し上がることなく下げさせていた。


「依陽様、もうお身体は大丈夫なんですか?」

「えぇ。食欲はまだありませんが、昨日は一日寝ていましたし、ずいぶん良くなりましたわ。吐き気止めも調合して服用いたしましたから、今は吐き気も大丈夫ですしね」

さすがは医者の娘……。

ご自身の不調にも即座に対応して自ら薬を調合するだなんて……私には到底真似できない。


「とはいえ、無理はしないように。身体が辛くなれば退席しても良いのだから」

「ありがとうございます、皇帝陛下。ご依頼いただいているものも次の荷受け日に材料が届きますので、早く体調を立て直し、材料が届き次第取り掛かれるようにいたしますわね」

「あぁ、頼む」


皇帝陛下と依陽様のお話に、何の話かは分からないが誰も口を挟むことはない。

妃濱と肯定の会話に水を差すのは礼節を書くことだからだ。

知りたがりの私としてはムズムズしてしまうが、仕方がない。後で聞いてみよう。

それにしても──。


私は再び演奏者たちの方へと視線を移す。

こんな人たちの前で、姉様は古琴を披露していたのか。

大臣たちだけでない。

妃濱や皇帝という高貴な方々の前での演奏は、さぞ緊張したことだろう。

園遊会に呼ばれて帰って来た姉は、げっそりとしていたのを覚えている。


『緊張したけれど、たくさん儲けてきたわよ』

といたずらっぽく笑ってたんまりとお金の入った麻袋を見せてくれたし、儲けたお金で老師には少し良さげなお酒を、そして私には新しい本を買ってくれた。


皇帝陛下からの結婚の申し込みに返事をした時も、姉様は笑ってこう言ったのだ。

『身一つで嫁いで良くて、しかもお金はたんまりくれるらしいから、蘭や老師にも楽させてあげられるわ』と。


確かにうちには後日、陛下の遣いの人がたくさんのお金を持って現れた。

だけど大金が手に入った代わりに、大切な家族を失った。

私は到底そのお金を使う気にはなれなくて、全額老師に保管を任せ、これまで通り用心棒やら子守りやらでお金を稼いでつつましやかに生活したものだ。

姉を金で売ったようで、たまらなくなったから。


が……ここで、この場所で、姉様は笑っていたのだというその事実が、罪悪感を少しだけ薄めてくれる。

そんなことを考えている間に、古琴と笛の演奏が終わった。


「すばらしい演奏だった」

皇帝陛下が立ち上がり拍手を送ると、私もこの大きな舞台で演奏を乗り切った勇士達に大きな拍手を送った。

演奏者たちはそれに応えて恭しく深く頭を下げる。


「皇帝陛下の御前で再び演奏できたこと、大変光栄に思います」

そう、一人の若い笛奏者が言って、私は思わず皇帝陛下に視線を向けた。

「あれは小狼シャオランといって、この国一番の笛奏者だ。園遊会の常連奏者で、我妻蓉雪とも古琴と笛で合わせたこともある」

「ね──っ、よ、蓉雪様と、ですか?」

思わぬところで出て来た姉の名に、私は思わず声を上げた。


「ふふ。小狼の笛と蓉雪皇后の古琴、とても素晴らしい演奏でしたわ」

「本当に。あのような演奏を私は聴いたことはありませんもの」

「まるで天上の音色かのような心地良さでしたわ」

あの麗璃様が他の女性をべた褒めするだなんて珍しいこともあるもんだ。

だがそれだけ姉様の古琴は彼女の心に響いたということなのだろうと思うと、何だか誇らしい。


「また、次の園遊会でもそなたに頼みたい。受けてくれるか?」

「もちろんでございます。皇帝陛下の為であれば、いつでも駆けつける所存」

小狼はそう言って一礼すると、他の演奏者たちとともに舞台から降りていった。


落ち着いた穏やかな笑みを絶やさない小狼は、王栄とは違う種類の好青年だ。

現に、この場にいる女官達はもう小狼にメロメロのようで、うっとりとして余韻に耽っている。


「本当に──、次の園遊会も楽しみですわ」

そう女官たちと同じような表情を浮かべながら言った依陽様に、私は違和感を感じながらもその時は特に何も気にすることなく、ただ先ほどの音楽に魅了されているのだと聞き流したのだった。


「さぁ、まだまだ宴は続く。皆、存分に、“今この時を”楽しむと良い」


まるで今回で園遊会は最後になるのだと言われているような皇帝陛下の言葉に、誰もが深く気にすることもなく、園遊会は続けられたのだった。









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