「ん~~~~っ……。とりあえず遺品整理と書類確認はこれで良いかな、っと……」
主をなくした老師の部屋で、一人大きく伸びをする。
ずっと紙とにらめっこしていたからか、目がしょぼしょぼする。
景天様、よく一日中書類に目を通していられるわね。
それにしても、遺産の量と質が凄まじい。
前皇帝陛下や前皇后である紅蘭様、それに景天様のお母様の麗羽様から贈られたものもたくさんあるうえに、なんと他国の王様からいただいた褒賞まであって、あらためて老師の偉大さを思い知った。
というか、こんなすごいものを村の一つしか鍵がかからない蔵に置いておいた老師って……。
蔵の中が罠だらけだからこそなのかもしれないし、そもそも罠を潜り抜けてそれらを持っていかれたとしても、それはそれでいいやとか思っていたのだろうけれど。
「蘭。終わったか?」
はは、と乾いた笑いをこぼしたその時、景天様が戸の陰からひょっこりと顔をのぞかせた。
「はい、今。とりあえず皇族、王族からの品はしっかりと保管して、他の遺産の一部は売り飛ばして曽蓉江の村の為に使うつもりです。
村を囲む柵や見張り台も劣化してきているし、道の整備もしたい。
子どもたちが遊べるような場所も作って、のびのび成長していけるようにもしたいし、やりたいことはたくさんある。
「そうか。その時は言いなさい。作業の人手や物資を用意して運ばせよう」
「ありがとうございます!!」
こういう時、景天様の敏腕さを思い知る。
私が進めていけば一つひとつがとても時間がかかってしまうことも、この方の手にかかったら一気に時間をかけることなくできてしまうのだから。
性格に難ありだけれど、仕事に関してはものすごく有能な方なのだ。
皇帝の座にふさわしいと噂されるほどには……
。
「ん? 蘭、何か落ちているが……」
「へ?」
景天様に指摘されて視線を落としてみれば、私の足元に小さな一枚の紙切れ。
拾ってみると、そこには独特の、あのミミズが這ったような字で文が認められていた。
「老師……?」
「老師が書いてもの、なのか?」
「えぇ。この字は老師の字に間違いありません」
こんな独特な文字を書く人が世の中に何人もいてたまるか。
「えっと……なになに? 『いずれその日が来る。大切な娘たちへ。希望を持て』って……どういうこと?」
老師に実子はいない。
ということは、この娘たちと言うのはおそらく私と姉様だ。
前半の意味もさることながら、なぜ死んだ姉様に?
「うーん……わからない。もうっ、何で最後によくわからない謎を残して……」
「ふむ……。まぁ、『いずれその日が来る』とあるのなら、この意味はいずれわかることだろう。今考えても脳が絡まるだけだ。特に君は、頭脳派というよりは肉体派だろう?」
それは暗に頭が弱いと言いたいのだろうか?
くっ、景天様め。私だって脳は使えるんだぞ。
どちらかというと、肉体派だっていうだけで。
だけどまぁ、その通りか。
いずれ分かるであろうことを今ぐだぐだと考えても仕方がない。
私には今、考えるべきことがあるのだから。
「そういえば、景天様。皇帝陛下についてお聞きしたいんですけど……」
「皇帝陛下について? 何だ?」
「……陛下は、その…………、女好き、とかではないですよね?」
「………………は?」
私の突拍子もない質問に、景天様がぴしりと固まってしまった。
あぁ、うん、そう、そうなるわよね。
だけど仕方がないじゃない。
ある疑惑が浮かんでしまったのだから……。
「はぁ……まったく。何かと思えば……。あの人は父上とは違って、女性について品行方正で誠実だ。私にしても皇帝陛下にしても、父親のせいで泣く女性をたくさん身近で見てきたからな。どちらかというと、女性とは距離を取りたいのが本音だ。そんな中、初めてこの女性が良いと決めたのが、蓉雪夫人だった。だから、蓉雪夫人意外に他に女性がいるなどと言うことはあり得ない」
真っ向から否定されたその考えに、私は「そうですか……」と息をつく。
ということは……。
「……景天様。私……わかってしまったかもしれません。不審者に関わっている──人物」
「っ、何だと!?」
気づいてしまった。
気づきたくはなかったけれど、もうその可能性しかない。
そうであったならば、全て辻褄が合ってしまうのだから。
「聞いてくれますか? 私の────あまり当たっては欲しくない、推理……」