翌朝は久々に制服を着込み、学校へ登校した。
昨日のうちに地元の携帯ショップでスマホを新調させており、初期設定を進めるのに徹夜したので今日は少し体が重たい。
久々に顔を合わせた学友にはそれとなく誤魔化しながら近況を話した。訝しがられることのほうが多かったが、こればかりは複雑な事情を抱えてしまったせいだ。
仕方ないと思う。
一方で、最近の登米市。
巨獣災害以降、自衛隊による周辺規制は一週間ほどで解除されたそうだが、中心となった池の周りではいまだ調査が行われているそうだ。
じっちゃんに聞いたが、地元の猟師はそれでかなり迷惑しているらしい。
特にこの地域では、魔物による謎の鳴き声や妙な光線が深夜に確認されることが多く、夜間の外出注意を促す町内放送がよく流れているのだとか。
巨獣出現を発端とする魔物のスリップは中心点となった登米市が一番多いはず。おそらくだが光線と言われるものは、カーラのように魔物の取り締まりを目的とするワルキューレの働きなんだろうと思った。
この話が噂止まりで、人間の手で魔物が捕らえられていないのはきっと異界警備隊の頑張りがあるからだ。
人目を避けるためにワルキューレが日中姿を表すことはない。
昨日こそ実家に宿泊したが、変に目を付けられるリスクを避けるためにも夕方以降は夫妻の屋敷に戻ったほうが安全そうだった。
校内での勉強は捗る。
三学期の始業式を逃していたり、入院の連絡があったり、冬休み明けから続く俺の不審な行動に教師陣は厳しい目を向けてきていたりしたが、堂々としていた甲斐もあってすぐにまた馴染むことができていた。
その放課後のことだった。
「!」
ドラウプニル製の指輪に信号が灯る。
ハッと気付いた俺は図書室の自習机で書き進めていた勉強の手を止め、荷物を残してわざわざ三階奥のトイレに駆け込んだ。
放課後ならこの階層に留まっている生徒はいないだろうと思ってのことだった。
前回のように指輪の背に触れ、応答する。
交信はすぐに繋がる。
『通信は……無事に出来ているな。あまり私を待たせるな』
「ら、ラーズグリーズ! 悪い」
久々に声が聞こえてホッとしたのも束の間、彼女の機嫌はどこか悪そうだった。色々聞きたいこと、話したいことが多いなかで、ひとまずその無事を確認できたことに喜びを覚える。
そんな心配の感情もあって俺が慎ましい反応を見せたからか、交信先の彼女はふっ、と笑って言う。
『久しいな。様子はどうだ』
「約一週間前を最後に襲撃は受けていない。いまは隣にホルンはいないけど、俺もあいつもいまのところ平気だ」
『そうか……。伝えそびれていたカーラだが、あの翌日には無事に処刑されたそうだ。ノルニル裁判の結果は奴の敗訴で終わっている』
――処刑、という言葉を聞いて、ごくりと生唾を呑み込んだ。奴がホルンに負わせた痛みは許せないし、俺も容赦する気はなかったが、やはりワルキューレという組織の非情さには少しだけ怯えてしまうものがある。
ホルンも、人間と触れ合ったというだけでその処刑台に連れていかれようとしているのだ。
「………」
簡単には『よかった』ともなんとも言い難く沈黙していると、ラーズグリーズは言う。
『貴様、長姉と接触したらしいな』
「あ、ああ……。いまは保護してもらっている。そうだラーズグリーズ、彼女が話したいと言っていたからあとでまた掛け直してくれないか?」
「なに?」
「いまは俺一人なんだよ」
こればかりはタイミングが悪いとしか言えない話だ。通話越しのラーズグリーズがその仏頂面を不快そうに歪めている姿が思い浮かんで、俺の語気は弱々しいものになる。
呆れた様子でラーズグリーズはため息を吐く。
『悪いが無理だ。当初予定していたほどお前たち二人の力にはなれそうにない。裁判での出来事が尾を引いていてな、いまも限られた
「な……」
そ、それは困る。
いまのところ、ラーズグリーズだけがヴァルハラの内部事情を俺たちに伝えてくれる唯一の繋がりだ。それがなくなれば情報源を失い、俺たちは後手に回りかねない。
聞くべきことを聞き出さなくてはと思い、咄嗟にラーズグリーズへ問うた。
「じ、じゃあいま代わりに質問させてくれ! ラーズグリーズは、反体制のワルキューレなのか……?」
『何が言いたい? 話が見えない』
俺の曖昧な問いかけに対し、ラーズグリーズは冷酷に応える。それでもめげず、言葉を重ねていく。
「ブリュンヒルデが言っていたんだ。かつてのワルキューレは実力主義社会だったが、いまは変わっているんじゃないかと。スクルドが原因という読みだ」
『………』
「じゃないとホルンへの風当たりはおかしい。そのなかで彼女を討伐隊に推薦したラーズグリーズは、いまの仕組みに納得がいっていないからこそじゃないかって」
ラーズグリーズの沈黙は長かったが、やがて諦めたようにぽつりと口にした。
『……そう考えているワルキューレも多い。もっとも私の世代は旨みを吸える側で、私以外に意を唱えようとするものはいないが』
一つ、核心に迫る情報を得る。これでますますホルンは自責する必要がなくなるはずだ。そのことに自然と握り拳を作ってしまいながらも、俺は続けて、オリヴィアさんがやけに所在を気にしていたもう一人のワルキューレについて質問してみることにした。
「――なら、エイルは知っているか?」
『ああ、無論だ』
「彼女はどこにいる? 彼女がいれば、こんなことにはならなかったはずだとも」
『フン、そうだろうな。だからこそ、三百年前に手は打たれている。彼女は永久牢獄に投獄されたきりだ』
「牢獄……!?」
思わぬ所在に目を見張ることとなった。
ラーズグリーズは得意げになってこんなことを語る。
『そこが長姉らとホルンの最大の違いなのだ。位階最上位の長姉は何があっても殺せない。あらゆる手を尽くした上で、仕組みを変える以外でスクルドが実権を得る方法はなかった。だから一方は契約の上で追放され、一方は裁判の結果として投獄される顛末を辿る』
ギリッと歯噛みする。わずかに浮上した希望すら風船を割るようにすげなく否定されてしまうようで、やるせない。
ブリュンヒルデとホルンの違い。投獄されたエイルと直ちに処刑されたカーラの違い。
それらが重たい現実として俺の背にのしかかる。
深々と考え込んでしまっていると。
『ところで、質問は終わりか?』
「っ、あ、ああ。時間を取らせてすまない」
弾かれたように頭を上げ、話題転換を求めるラーズグリーズに返事を返した。
彼女は次にとんでもないことを口にする。
『いま、そちらにスクルドが向かっているはずだ』
「はあ!?」