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余命一年のヒロイン編1-4 あなたたちはトゥルーだね!

つぎの日。eスポーツ部の活動拠点である天文部部室に集合したわたしたち。部屋の中央に設置されている使い古された大型ストーブが無言で生徒を見守っている。いまは四月なので使ってはいなかった。


護国寺先生もすでに部室に来ていた。姫川さん、折笠さん、村雨さん、新入部員の黒咲ノアちゃん、そしてわたしこと鳴海千尋。全員がそろっていた。


「みんな、いいか。では昨日の話のつづきだ。プロゲーマーを目標に部活動をするのか。部活動として格闘ゲームを楽しめればそれでいいのか。

ひとりずつ意見を聞かせてくれ。他人の意見を聞いて自分の意見を変えることはしてほしくない。これは多数決ではない。全員の意見を聞いてからみんなが納得する落としどころを決めたいと思っている」


「ちょっといいかな」

姫川さんがポケットから手を引っこ抜いて挙手した。


「なんだ。姫川」


「あたしの意見は最後でいいかな。一年生から二年生、最後に三年生のあたしと詩乃の順番で話してもらいたい」


「理由は?」


「三年生の意見は影響力が強い。部長と副部長が在籍しているから。気にしないでと言ってもそうならざるを得ない。一年生から意見を言うのがフェアだと思う」


「公平ということだな。了解だ。では黒咲さんから」


指名された黒咲ノアちゃんは机に両手を組んで不敵ににやついている。


「ボクはパイセンたちについて行く。いま入部したばかりのボクは具体的な目標を語るほどの蓄積がない。あえて言うなら、どっちも楽しそう。それが意見かな」


ノアちゃんの意見は聡明だった。人は見かけによらないなあ。って、これは失言か。


「つぎは鳴海さん」


「わたしですか? わたしがぼんやり考えていることはMOD以外のゲームはやりたくないってことです。ちょっとならいいけど。ほかのゲームじゃ、このゲームを極めたいというモチベーションを保てるか、不安です」


「ふむ……。ではつぎは村雨さん」


村雨初音さんはふだん前髪で隠れがちな瞳を見開いた。


「わたくしはお姉さまについていくと言いたいところですが……」


その言葉に姫川さんの肩が揺れた。


「それは違います。わたくしの本分は小説家。ノベリストです。プロゲーマーになるつもりはありません。執筆・公募の準備があります。格闘ゲームは楽しいですが、人生を捧げるのは小説です」


村雨さん、大人になったなあ。以前の彼女なら姫川さんの前に意見を言う勇気がなかっただろう。姫川さんの肩がまた動いた。


「つぎ、折笠」


先生は名前を呼び捨てにした。先生にとっては本当に親しい間柄だから呼び捨てにしているのだ。折笠さんも姫川さんも先生以外の人に呼び捨てにされるのは嫌いだと以前話してくれた。


「わたしはね。楽しくやれればいいの。ガチでプロゲーマー目指したら女子高生としていまを楽しめなくなるならノーサンキュー。MODに愛着もあるし、2D格闘から3D格闘に移行して、流行りのゲームだけ追いかけましょうって、なんかいやだな」


それを聴いた姫川さんの肩の震えは明確になり、かすかな嗚咽がもたらされた。


「ヒメ。ごめんね。ヒメのやりたいことと違った? ヒメがプロゲーマーになりたいならわたしついていくよ」

彼女を気遣う親友の折笠さん。


「みんな……。あたしがっ、いまどんな気持ちだと思う?」


姫川さんは啼いている。背中越しの彼女は少女のように震えている。


「こっちを向いてください。わたしも天音さんについて行きます!」

わたしこと鳴海千尋は立ち上がった。


「わたくしもです! さきほどは自分の意見を言いましたが、小説家は高校卒業後に目指すこともできます! こっちを向いてください!」


「パイセンたち、サラマンダーだね!(ノア言語でアツい)この部に入ったことはトゥルーです!」

黒咲ノアちゃんがわたしたちを賞賛した。

【※トゥルー……ノア言語では全肯定を示す】


「ヒメ……」折笠さんは姫川さんの背中を撫でる。


姫川さんは席を立ち振り向いた。


「あなたたちはみんなトゥルーだね!」


姫川さんはノア言語を拝借して泣き顔で最高の笑顔をつくった。わたしはその顔を一生忘れられなかった。


「みんなの答えがあたしと同じで嬉しい。あたしがみんなをこの世界に引きずり込んだ。だからみんながMODを捨ててでもプロゲーマーになりたいというなら責任を取るつもりだったの。怖かった、あなたたちに見捨てられることが。あなたたちを選んで良かった!」


「ヒメ!」

「お姉さま!」

「天音さん!」


「マスター姫川! ボクの愛を受け取ってください! 今日がボクたちの結婚式です!」

ノアちゃんが意味不明なことを言っている。


「どさくさに紛れてなに言ってるの? この子は」


わたしたちeスポーツ部のメンバーはノアちゃんへの指摘も入りつつ、姫川さんに駆け寄って抱き合った。


先生はなにも言わなかった。ただ、口元が綻んでいた。


「あたしもMOD以外の格ゲーには人生捧げるほどの価値がないと思っている。

3D格闘ゲームはたしかに面白い。2D格闘ゲームは3Dの奥行きのある表現のポテンシャルにかなわない。でも2D格闘のほうが好きなの。理由はちゃんとある。

いまなら、みんなになら話してもいい。あたしは中学のとき、不登校になったことがあった……」


姫川さんは封印していた暗黒の扉を開いた。




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