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Chapter7 - Episode 43


「ごめんねぇ。私、これ以上何か出来るわけじゃないからさ」

『……何故……』


こちらを睨む白狐に対して、私はまた指を銃の形にして構える。

私のHPは止血をしたといっても、今も減り続けている。時間を掛けるのは得策ではない。


「何?」

『何故、そんな顔をしているのだ……!』

「顔?」


【偽霊像:アリアドネの糸】の糸は選択した魔術の効果を乗せる事が出来る。

現在選択している魔術は【血狐】であり、だからこそ白狐の身体の中で暴れ回っているのだと思う。

だが、それだけでは多少時間も掛かるし今も反撃をしてこようと狐の周囲に霧が集まってきているのが分かる。


『貴様は今、我に勝とうとしている!それなのに何故、苦痛の表情を浮かべているのだ……』

「……」


時間稼ぎの問いであろうというのは分かっている。

だが、見過ごせない。

……苦痛、苦痛……?


解放リリース。装填、弾丸【血液強化】」


話すにしても、とりあえず白狐の四肢を動かないようにしてからでないと安心はできない。

【血狐】から【血液強化】……強化系のバフを与える魔術を設定する事で、糸自体の強度を上げ、四肢と目を隠すように糸を巻く。


「……で、私が辛そうとかいう話だっけ?」

『……この糸を操っている限り、狐の女子は我に勝てるだろう。我もこれに負けるのならば、我の力が足りなかったと、単純に考える事が出来るだろう。しかし、苦痛を浮かべているのならば話は別だ』

「何処が辛そうって言うのよ。私別にそんな……辛くもなんともないんだけど?」


霧の操作能力によって、白狐の周囲の霧を薄くしつつ私は糸の締め付けを強くしていく。

糸が何本も何処かへと転移させられているものの、そもそもの量が多い為そこまで問題はない。

何なら一定距離が離れると勝手に消えるのか、度々私の周囲から新しい糸が再度出現する為、その量自体もすぐに元に戻るのだ。


『……』

「……はぁ……」


そして、白狐は黙ってしまった。

このまま糸の締め付けを強くし続ければ頭を粉砕する事も出来るだろう。

だが、今はまだしない。


「苦痛ってよりは、まぁ楽しくはないよねコレ。他の魔術も使えないし」

『……楽しくない、か』

「そうに決まってるでしょ。この糸を使えば馬鹿狐の攻撃を無力化した上で、一方的に【血狐】や【血求めし霧刃】とかで体内から殺す事も出来る。私自身は安全圏で見てるだけで良い。……つまらないよそんなの」


正直な話、私が笑みを浮かべていたのは自分がそう感じているのを誤魔化す為だ。

自身が安全圏から相手を倒す事自体は問題ない。リスクなどを考えればそちらの方が絶対的に良いのだから。

しかしながら、私の心情はそうではない。

私がそれで満足できるのならば、私は今まで近接寄りの魔術を創っては居ないだろうし、何なら【魔力付与】という魔術を使ってこなかっただろう。


当然、等級強化時に糸のようになるように……云々を記述したのは私だ。

しかし魔術の装填や、それ以外……他の魔術が使えなくなる点や、雷電などが通用しない点などはシステム側が追加した要素であり……私自身は望んでいたかと言われるとそうではない。


ここに来る前に巫女さんと戦ったのも、【魔力付与】が前と同じように使えるかを確認したかったという心が強いし、何なら彼女にも心配されていた。言葉は交わしていないものの、彼女の精神が宿った劣化ボスはそのような表情を浮かべていたからだ。


「特に近接戦闘ばっかりやってきたからね、アンタとは。だから、まぁ……それだけの理由だよ。でも今回の試練には私の心情とかは関係ない。勝てればいいのなら一旦私の心は脇に置いておいて、アンタに勝つ。勝ってから、時間を掛けてこの魔術を私の思う通りのモノに直す」


そう、魔術である以上、私には私が望む方向に直す事は可能だ。

現状のこれを受け入れられなくとも、将来的には望むものにする事が出来る。ならば、今この状況での使用は受け入れるべき……私はそう考えている。

それに試練を終えれば、どんな力かは分からないものの私が強化されるであろうことは想像に難くない。

ならば、この試練は超えるべきものなのだ。超えて、この私をイラつかせる糸を私の望む糸へと変える為に。


『成程、な』

「だから、終わらせるよ」

『良いだろう。だが我もただでやられるつもりは毛頭無い』


白狐は少し悲しそうに、私は溜息混じりに言葉を交わす。

何かをさせるつもりはない。一気に締め付けの力を引き上げ、頭を粉砕させる。

ぱきゅ、という水音を含んだ少し不快な音を響かせると共に、私ですら見通す事が出来ない濃霧が狐の身体から漏れていく。

まるで、風船の空気が抜けるかのように。


「……まさか」


濃霧は形取る。既に亡骸となった狐を基に、肉に、血に絡みつくように。

それは徐々に知っている形へと変化していく。

そして私はこれと似たようなモノを知ってしまっていた。

少し前に思い返したからだろうか、すんなりと頭にソレが浮かぶ。

フィッシュの魔術、自身を巨大な狼へと変える魔術。

それと似たような効果を持ったものだろう。


「そのまさか、という奴だ。狐の女子よ」

プレイヤーこっちが獣化するなら、そっちはそういうこと?」


人化。

浄衣を纏った狐獣人の男が、そこに居た。


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