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第56話、尋問のお時間


 ラー・ユガー盗賊団の幹部クワンを捕縛し、尋問を行うラトゥンだが、その眼は険しかった。クワンは自分の証言を信じられていないと感じて声をあげた。


「本当だって!」

「聖教会の地下をアジトにした理由は?」


 構わずラトゥンは問うた。クワンは目を丸くする。


「え? 教会の地下?」

「あそこは元は聖教会のテリトリーだっただろう?」


 関係者以外は、あそこに地下があることを知らない。悪魔たちの秘密の拠点を、どういう経緯で盗賊団がアジトにしたのか。

 ラトゥンが関心を抱いているのは、そこだ。盗賊団と聖教会が、どこかで繋がっているのではないか、という想像。


「さて、どういう流れだったか……」


 クワンは思い出そうとする顔になった。


「確か、うちの若い奴が教会に行ったら、神官がいなくて、留守だった……。それで、金目のものがないか、探っていたら偶然、地下室を見つけたんじゃなかったかな……?」

「教会に金目のもの?」

「いや、あんたは知らないだろうが、教会ってのは色んなところからの寄付で成り立っているんだ。案外、金があったりするんだぜ?」


 さも当然のようにクワンは言った。それについては、ラトゥンも否定はしない。悪魔たちが合法的に民から金を搾取しているが、その一つが寄付である。幸福は買えないが、不幸から身を守るには金がかかる。


 献身と信仰。目に見えないそれを、金品を手放すことで示す。金は人を狂わせ、不幸にするから、身を清めるために手放しなさい――と、そのようなことを高尚に説くのが、聖教会の悪魔たちだった。

 嘘を言ってはいない、ように思えるが、不自然な点もある。


「神官がいなかったのか?」

「ああ、間違っても殺したりはしていないぜ。そんな罰当たりなことはできない。いくらおれたちが盗賊でもな、神様の存在くらいは信じているんだぜ」

「お前たちの信仰心なぞ、どうでもいい」


 そもそも聖教会は悪魔の巣窟だ。いもしない神への信仰心なぞ、何の役にも立たない。


「この教会に神官はいなかった。追い出したわけでも殺したわけでもない。最初からいなかった」

「そう言っているだろ?」

「村の教会が無人なんてことはあり得るのか?」


 うっ、と一瞬、クワンは言葉に詰まった。そこに人が住んでいて、建物はあるのに聖教会が神父や神官を派遣しないのは、妙な話だ。


「きょ、教会の都合なんか知らないよ。とにかく、おれたちが来た時、教会は無人だった」

「それが事実だとして、……余計に辻褄が合わないんだ」


 ラトゥンは、じっとクワンを見つめた。


「無人の教会に、お布施やら寄付やらが残っていると思うのか? いつから放置されているが知らないが、人が去った教会に金目のものなど残っているわけがないだろう? にも関わらず、家探しするものかね?」

「……」

「初めから、教会の地下にアジトに使えそうな場所があると知っていたんじゃないか。だから無人の教会を漁ったんじゃないか?」


 ぐっ、とクワンの首の縄が絞まった。ラトゥンは続ける。


「何で知っているんだろうな? 納得のいく理由を話してくれないか、クワン?」

「聖教会の神官から聞いたんだ!」


 じわじわ圧迫されるのを首に感じ、クワンはあっさり答えた。


「以前、仕事をした時――つまり、盗賊稼業をやった時、襲った連中の中に聖教会の神官がいて、そいつを脅したら喋ったんだ! 教会の地下は、アジトに使える作りになっているって」

「……ふむ、話を聞いたのは事実だろう」


 ラトゥンはつまらなさそうに言った。クワンは首の圧迫感が取れないことに慌てる。


「お、おい、この縄を絞めるのをやめてくれ! 正直に話したじゃないか!」

「いや、お前は嘘をついている」


 ラトゥンは、きっぱり告げた。


「そもそも、教会の地下を、ただの神官が知っているわけがないんだ。そして実際に、地下のことを知っている聖教会の者をお前たちが襲ったとすれば、無事では済まない」


 聖教会の悪魔たちが、ただの盗賊団にやられる? 仮にやられたとしたら、悪魔たちが報復に動かないはずがない。こんなところで盗賊をやっているより、きれいさっぱり足を洗って国外にでも逃げるべきなのだ。……逃げられるとも思えないが。


「語れば語るほど怪しいなぁ、クワン。本当のことをしゃべっているはずなのに、所々で嘘を紛れ込ませる手腕は見事だが、俺のように聖教会の真実を知っている人間にとっては、お前の嘘が矛盾になって目立つんだ」


 ラトゥンは、人差し指をクワンに向けた。


「お前、聖教会と関係があるだろう? 盗賊団の仕事は、聖教会公認か?」

「いや、おれは幹部だけど、それは本当に知らない」


 クワンは否定した。


「聖教会と関係なんて……。あんたの言う通りだとしても、おれは知らないんだ。団の首領であるギラニールなら知っていたかもしれないが」


 そのギラニールは、すでに死んだ。ラトゥンが殺したのだ。死人に口なし。全ての責任を死人に被せることで、責めから逃れる。嘘を言っているか、それを証明できる手段がないから。

 そうなると、聞いているラトゥンが信じるか信じない次第であるが、そこは信じてもらえるよう感情に訴えるしかない。


 ……が、ラトゥンはすでにクワンが信用に足るか判断を下していた。


「そうか。なら、これ以上話しても無駄だな。お前を取り込んで、記憶を直接引き出すとしよう」


 左腕を悪魔の腕に変化させる。それを見たクワンは、目を見開く大きな声を発した。


「ま、待った! おれはあんたの仲間だ! 待ってくれっ!」

「仲間?」

「そうとも! 仲間だ!」


 無理やり作り出した笑み。明らかに命乞いの類だ。死を恐れるが故に、何でも口にするだろう。相手にとって都合がよさそうと判断したら、平然と嘘をつく程度に。


「本当は知っていたんだ! そうとも聖教会が悪魔たちのもので、村の地下にアジトとして使える場所があることも……! お、おれはあんたたち悪魔とマブダチなんだ」


 ラトゥンを、人の化けた悪魔だと気づいてからは、必死に聖教会サイドだとアピールする。


「おれたちは、あんたたちの望む通りに仕事をしていたんだ――」

「仕事? お前らの仕事?」


 ラトゥンは、そうだろうかと言わんばかりの顔になる。聖教会の仲間だと勘違いしているなら、その流れに乗って、それらしく振る舞う。


「そうとも、おれたちは、完璧だった! 何もヘマはしていない。どうしてこうなったのかわからないくらいだ……!」

「お前たちの仕事を言ってみろ」


 氷のように冷たい視線を向けるラトゥンである。本当にわからないのか、という目である。相手が悪魔だとわかって、クワンの緊張は高まる。


「盗賊だ。それがおれたちの仕事だ」

「いや、違うだろう?」


 何が、とは言わない。しかし呆れ混じりの態度のラトゥンに、クワンはゴクリと唾を飲み込んだ。


「……ああ、もちろん、盗賊はおまけだ。わかってる。あんたたちが望む通りに街道の治安を悪化させて、人間たちが地方の領主の軍を動かすように仕向ける……」

「続けろ」

「それを返り討ちにする、あるいは躱して軍に仕事をさせない。領民の不安を煽り、聖教会……神殿騎士団が介入するところまで暴れ回る」

「それから?」

「それが果たされたら、次の狩り場へ移動する。聖教会の望む場所に――」

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