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第57話、命乞い


 聖教会は盗賊団を利用し、教会の地下などをアジトとして使えるように開放していた。

 なるほど、ゴブリンを操ったり、盗賊団を利用しての治安操作。地方の力を下げ、人々に聖教会への信仰をより強いものにする。自らの権威を上げるためなら、何でもやっているようだ。


 ――世の中のすべてが、悪魔どもの手の平の上のように思えてくる……。


 嫌な世の中だ。ラトゥンは嘆息した。そんな機嫌の悪そうなラトゥンに、クワンは恐る恐る言った。


「な、なあ、いいか? おれたちは仕事をこなした。何が気にくわなかったんだ? どうしておれたちは粛清されているんだ?」

「……何故だと思う?」


 ラトゥンは問い返した。あくまで自分で答えを言わせるスタンス。クワンの視線が宙をさまよう。色々な可能性を考え、しかしまとまらないようだった。


「わからない。おれたちは全て上手くやった……。何もなくて切られることなんてあり得ない」

「クワン」


 ラトゥンは呼び掛ける。


「言ってみろ。俺たちは、仲間か?」


 クワンは黙り込む。そろそろ勘づいているのではないか。明らかな矛盾に。


「あんたは……悪魔だが、仲間じゃない。……そうだな?」


 震える声でクワンは言った。ラトゥンは小さく口元を緩ませた。


「いいぞ、その調子だ」

「そもそも、あんたはおれのことを知らなかった。下っ端かとも思ったが、それなら盗賊団の掃討に割り当てられるはずがない」


 その口ぶりだと、クワンは聖教会側でもそれなりに名の通った存在と言っているようなものだった。ラー・ユガーの幹部の一人と思ったが、もしかしたら意外と大物だったのかもしれない。


「人間のことなどどうでもよくて、下っ端を送ってきたのかもよ?」

「かもな。あんたら悪魔は人間なんて、カスにしか思っていないもんな。いちいち名前を記憶しない」


 クワンは真顔になる。


「変だと思ったんだ。聖教会が本気でおれらを潰しにきたのなら、助っ人先生を待機させているわけがない」

「助っ人とは、あの魔術師のことか?」


 そうだ、と優男は頷いた。


「あの人も、独立傭兵のことは知らなかった。この時点でおかしいんだ。だから、あんたは、聖教会とは別の、悪魔ということになる」

「よくできました」


 ラトゥンは椅子にしていた石から腰を上げた。


「俺たちは、聖教会と敵対している側ってことだ。情報をありがとう。聖教会の悪事を知れて、俺も嬉しいよ」


 世間で名の通った盗賊も、聖教会が裏で糸を引いているらしいのがわかった。そんな息のかかった盗賊団の一つ、ラー・ユガーも潰せた。教会の悪事をまた邪魔立てできて、ラトゥンは気分がよかった。


「さて、話を聞けたし、もういいかな?」

「吊りますか?」


 これまで黙って、一部始終を見届けていたエキナが確認した。ラトゥンは首を捻る。


「ラー・ユガー盗賊団の悪業からすれば、それが妥当なところではあるが――」

「ま、待ってくれ! 殺さないでくれ! 頼む、何でもするからっ!」


 クワンが切羽詰まった感じで懇願し出した。ラトゥンは渋い顔を崩さない。


「今まで命乞いの類いを聞き届けたことがあったか?」


 盗賊団は、襲った人々の命をどれだけ見逃してきたのか? 抵抗した者はともかく、無抵抗な人間をどれだけ助けた? 男は殺し、女、子供を奴隷として売り飛ばしてきたという話が嘘でなければ、問答するまでもないだろう。


「だがまあ、盗賊団の幹部だもんな。……村はともかく町の自警団なり、領主に引き渡すのがいいか。報酬金がかけられているだろう」

 ここで始末したら、タダ働き。生きたまま引き渡せば報酬。これぞ正しい独立傭兵。


「よかったな。とりあえず、一命は取り留めた」

「ありがたいけど、町に引き渡されたら、どのみち縛り首だ……」


 肩を落とすクワン。ラトゥンは合図して、エキナにクワンを立たせる。


「なら、今ここで首を吊るか?」

「それはやめてくれ! わかったよ……」


 力なく歩くクワンを引き立て、ラトゥンとエキナは、シュレムの村へと戻る。


「そういえば、盗賊団はあの村をどこまで掌握していたんだ?」

「あ? ……ああ、村の半分くらいかな。元々、あの村、過疎って空き家も多かったし、宿屋以外は、年寄りばかりだったしな」


 好き勝手やりやすい環境だったわけだ。そこでエキナが口を開いた。


「宿屋は手を出さなかったのですか?」

「宿屋? あそこは街道を通る奴が利用するからな。常連も少なくないから、乗っ取るとそういう客にボロが出る。怪しい奴が宿を乗っ取ったなんて噂が流れたら、それこそ街道を通る奴が寄り付かなくかもしれない。だから、そのままにさせているんだよ」


 へぇ、とエキナは感心したような声を出した。


「そういうところ、考えているんですね」

「プロだからな、こっちは」


 得意げになるクワンだが、ラトゥンは睨んだ。


「威張るな」


 盗賊のプロなど、犯罪歴の自慢のようなもので、世間の評価は厳しいのだ。



  ・  ・  ・



 シュレムの村の宿に戻った頃は、ほとんど食事の時間が終わっていた。深酒をしているような者しか食堂兼酒場にはいなかった。


「よぉ、遅かったな」


 ドワーフのギプスが杯を掲げた。


「なんじゃい、そのひょろいのは」

「盗賊団の幹部だ」


 ラトゥンが答えると、縛ったままのクワンを席に座らせた。相変わらず首には太い縄がかけられていて、逃げようとすればそれを引っ張られて倒れるという寸法である。ペットの散歩のようでもある。


「村に、ラー・ユガーのアジトがあった」

「本当か!?」


 ギプスが目を鋭くさせる。ラトゥンはニヤリとした。


「心配ない。もう潰してきた」


 他に仲間がいなければ、パトリの町までの道中は、盗賊団に襲われることもない。


「じゃあ、護衛の仕事は終わりか?」

「どうかな。他にいないとも限らないし、ラー・ユガー以外にも、厄介なのが道中に現れるかもしれない」


 エキナが、ウェイトレスと一緒にテーブルにやってきた。


「すみません、ラトゥン。残り物とお酒のつまみくらいしか残っていないそうで」

「いいさ」


 すみません、と謝るウェイトレスは、残り物という野菜とベーコンのごった煮の皿と、茹でた豆の小皿をテーブルに置いた。エキナは酒の入った杯を配り、彼女が座るのを待って、ラトゥンは乾杯した。

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