「正気とは思えない!」
クワンは、ラトゥンの案を聞いて、素っ頓狂な声を上げた。エキナも少し引いているような顔をした。運転するギプスは渋い顔である。
そこまで変だっただろうか、とラトゥンは腕を組む。
「あの馬鹿でかいゴーレムを、番人にぶつける!? 正気じゃないよ、旦那!」
「俺は正気だ」
ついでにまともだ、と心の中で付け加える。間違っても、理性を失っているとか、破れかぶれではない。
ラトゥンの案は、シンプルだった。
道を少し戻り、ゴーレム地帯で超巨大ゴーレムを発生させ、それを誘導。番人と戦わせる。
「言うは易く、の典型じゃぞ」
ギプスは、真面目な顔だ。クワンのように、ただ無理だ無茶だ、ではなく、実行可能かどうか、冷静に考察するそれである。
「まず第一、馬鹿デカゴーレムが発生するメカニズムがわからん」
「今回が初見だって言っていたな」
「そうじゃ。前回は、あんなデカブツは出てこんかった。次にまた出てくるとは限らんぞ」
「前回と今回で、何か行動が違ったかもしれない」
ラトゥンは考える。
「だが単に、前回はいなくて、今はいる、というだけかもしれない」
ギプスが仲間たちとここに来たのは、何年、下手したら十何年経っているのではないか? それだけ経てば、生態系が変わったり、以前いなかったものが現れることもなくはないだろう。
「あのゴーレム地帯で色々試してみるさ」
「まーた、あの投石地獄に逆戻りかぁ……」
クワンが嘆息した。
「今度は車ごとぺしゃんこにされる可能性もあるんだぞ」
「……そういうことだから、ギプス。運転は任せる」
ラトゥンはエキナも運転は覚えたが、さすがに敵がわんさかいて、投石まみれの場所を無傷で抜けれるほどの技量も経験もない。
「で、次の問題じゃが――」
「まだあんの?」
クワンのぼやきは無視して、ギプスは続けた。
「あのゴーレムにもテリトリーがある。のろのろやっていれば、追いかけてきてくれるが、番人のところまでついてきてくれるかは保証はないぞい」
「そこは、出たとこ勝負、ってところだな」
ラトゥンは認めた。
「駄目だったら、その時はまた考えればいい。今は可能性だけで、諦める段階じゃない」
やれるだけやってみる。それが大事だ。無理だ駄目だを言っていたら、ハンターなんて職業はやっていられない。……今はハンターではなく、独立傭兵ではあるが。
「でもなあ、ラトゥンの旦那。一つ大事なことを忘れていないかい?」
クワンはなおも言う。
「番人とゴーレムが潰し合ったら、ルール違反なんじゃないか? ほら、魔女の」
戦わずに迂回して魔女のもとに辿り着いても、願いを叶えてもらえない。それどころか、ペナルティーを課される。
前回に部下を囮にして、魔女の隠れ家に辿り着いたクワンと部下たちは、魔女の顰蹙を買った。部下たちは殺され、クワンもまた性別を変えられ放り出された。
――部下が死んだのは魔女への態度が悪かったからだろうけどな……。
クワンが、ラトゥンたちに一部始終を説明した時のことを思い出す。
番人―――魔女は門番と言っているが、それと戦わないといけない。それが魔女の定めたルール。相手に構わず勝手に決めたものだが、それに従わないと願いは叶えない。だから、ラトゥンにしても、そのルールを無視はできない。
「魔女は、ちゃんと門番を倒してからこい、って言ったんだ。ゴーレムと戦わせたら、そのルールを逸脱していないか?」
クワンは捲し立てる。
「それでもし、ゴーレムが勝ったりしたら……」
「あの巨大ゴーレムが、あの化け物に勝てるとは思えないけどな」
ラトゥンは、見た目から受けた感想をそのまま口にした。エキナも頷く。
「体当たりされたら、ゴーレムのほうがバラバラになってしまいそうですね」
それだけ番人の体ががっちりしているということだ。
「いや、でも、ゴーレムは何だかんだ、岩だぜ?」
クワンが反論したが、エキナもさらに反論する。
「でも関節とか、弱そうですよ? 岩の寄せ集めでできたゴーレムでは、番人を倒せないと思います」
「じゃあ、何でゴーレムを引っ張ってこようとしているわけ?」
クワンは肩をすくめる。
「それで倒せないんだなら、危険を冒すしてゴーレムを連れて行く必要ないんじゃないか?」
「最初から、ゴーレムが勝てると思っていない」
ラトゥンは告げた。
「番人の行動パターン、戦闘パターンだな、それを見るための当て馬だ。お前の言う通り、俺たちは番人を倒す必要がある。そのための情報収集と、あわよくば番人の消耗かな」
番人を倒してからきなさい、という条件なら、ゴーレムで消耗させようが、それは戦法であって、最終的にラトゥンたちがトドメを刺せば、何の違反もしていない。
「いいのかなぁ……」
呪いを食らっているだけに、クワンは自信なさげだった。ラトゥンは言う。
「最終的に倒せばいい。それが違反だっていうなら、複数人で当たるのもルール違反ってことになるだろ。俺たちはゴーレムという優秀なパーティーメンバーを失った。そういうことだ」
クスクスとエキナは笑った。ギプスが皮肉げな笑みを浮かべる。
「ゴーレムがパーティーメンバーとは知らなんだ」
「これからスカウトするんだよ」
そうこうしているうちに、ゴーレム地帯に車は到着しようとしている。点在する岩が、ガタガタと動き出しているように見えた。
察知する力は大したものだと、ラトゥンは思った。車の音か、振動だろうか? あるいは見えない魔力などの索敵範囲が設定されていて、そこに入ると動くようになっているのかもしれない。
「さあて、巨大ゴーレムが出るまで、粘ることになるぞ。皆、投石には気をつけろ。ギプス、運転はあんたが頼りだ」
「おう、任されたわい。……できれば、これ以上、石や岩で車に傷をつけたくないんじゃがな」
「それはあんた次第だ」
ラトゥンは小さく笑みを浮かべた。
「今日二度目だ。さっきより動きや対処はわかっているだろう?」
ブランクがある中と、直に経験した後では、反応も変わる。先よりもギプスは、いい動きで、投石を躱してくれるだろう。
「信用しているぞ」
「旦那もそうだけど、ゴーレム次第だと思うね」
クワンが頭を引っ込めた。
「頼むぜぇ、ギプスの旦那……!」
「言われんでもそのつもりじゃわい! 見とけよ見とけよ!」
自らを鼓舞するようにギプスは、野太い声を発した。どうやら気合いを入れたようだが、策とはいえ、こんなところに飛び込みたくないというのは偽らざる本音であった。