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第86話、番人と呼ばれた化け物


 景色は劇的に変わった。

 白銀の世界。寒々とした空気に、肺が凍りそうだった。吐く息が白い。


 車は先ほどから止まっている。魔女の隠れ家は、丘を超えたところにあるが、その前に巨大な化け物が、のっそりと徘徊していた。


「何だあれは……?」

「あいつが番人じゃよ」


 ギプスは吐き捨てるように言った。


「いや、わしが勝手につけた呼び名じゃけどもな」

「得体の知れない化け物だよ」


 クワンもまた表情が硬い。


「帰ってから調べたけど、あれが何なのか、さっぱりわからなかった」


 その化け物は白い体毛に覆われていた。

 発達し長く太い前足と、後ろ足と呼ぶにはやや不思議な形をしたそれ。一見すると四足歩行のようだが、あの骨格からすると後ろ足で二足歩行ができそうだった。


 尻尾がある。普通は先端にいくほど細くなっていくものだが、この化け物は逆だった。先のほうがハンマーのような形として太くなっている。

 顔面はドラゴンというより、どこか魚に似ている。明確に首とわかる部分がないせいだろう。体から頭がそのまま伸びているようで、一応首と言ってもいいかもしれないが、頭と同じ太さだから、異形としかいいようがない。


「純粋な生き物として、異様だ」


 ラトゥンが正直に言えば、エキナは頷いた。


「まさに、モンスターですね」


 パトリの町の地下で聖教会が、モーンストルムという、生物を掛け合わせたキメラモンスターを研究していたが、敢えて言うならそれに近い生き物のように思えた。


「それにしても、デカいな……」


 その巨体に、ラトゥンは肩をすくめた。三十メートル? 先に襲われた巨大ゴーレムも大きかったが、あれより一回り大きい。高さは四十メートルは超えているだろう。


 ギプスとその仲間たちがあれに挑み、そして魔女との接触を諦めたのはわかる。あんなものとどう戦えというのか。

 クワンは、囮を使い、その隙をついて魔女の隠れ家に逃げ込んだらしいが、それは魔女のルールでは違反らしく、受け付けられなかったという。


 ――仲間を囮にするつもりはないが。


 ここまで連れてきたクワンを囮にする――というのは、当然なしだった。ラトゥンはそこまで非人道ではない。


 オオオオオォォォォン――――!!


「吠えてやがる」


 ラトゥンたちが見守る中、番人こと巨大モンスターは空に向かって咆哮を響かせた。どういう発声器官なのか。

 ともあれ、こちらに襲ってくる様子もなく、また気づいた素振りもない。


「まさか、あれに仲間とかいないよな?」


 ラトゥンが確認すれば、ギプスは首を横に振る。


「あれ一体だけじゃと思うがな」

「あれに番いとかいたら嫌だぞ」


 クワンが苦笑した。


「どうかな。雌雄一体でなければ、オスとメスがいるものじゃないか?」


 それが生き物というものだ。クワンは額に手を当てる。


「あれはどっちだ? オス? それともメス?」

「そんなもんはどうでもええわい」


 ギプスは真顔で言った。


「案内だけなら、ここでわしの役目は終わりじゃが、因縁がある。ラトゥンもあれを突破するつもりなんじゃろ?」

「……そうだ」


 ズルして避けるのはなし。戦って、倒さねば魔女には会えない。

 何でも願いを叶える赤の魔女。その願いを叶えるためには命を賭け、そして勝たねばならない。

 楽して願いは叶わない。この谷につくまでが試練の連続のようなものだが、これが最終試練といったところだろう。


「で、具体的な策は?」


 クワンが尋ねた。


「おれも叶えたい願いがあるんでね。できることなら協力はするつもりだが……、旦那には今のところ、勝算はあるのかい?」

「考えている」


 さすがにサイズ差があり過ぎて、まともに殴り合えない。エキナはともかく、ギプスとクワンには、自分が『暴食』であることを言っていない。できれば最後まで知らないままでいてほしいところだが、背に腹はかえられないこともある。

 しかし問題は、暴食になったところで、あの化け物に勝てるかどうかだ。


 結局、最後は勝てるかに集約する。勝たねばならない。手段を選ばないならば暴食で行くが、通用しなければ意味がない。だがどう倒す?


 これまで戦ったことがある種類のモンスターであれば、ある程度のシミュレーションを組み立てることができるが、今回のようにまったく異質なものとなると予想しにくい。


 噛みつき、前足を腕として使う可能性、尻尾を武器として使う場合の挙動は――考え出すと、それこそパターンは様々だが、どういう体の使い方をするのか、毛皮に覆われた体からでは筋肉がどうついているのか判別しづらく、これも予想を困難にさせる。


「ちなみに、前回どう戦ったんだ?」


 ヒントとなればと聞いてみると、クワンは肩をすくめる。


「おれは逃げただけ。戦ってないし、どう動くのか、ほとんど見てもないよ。……あ、そういえば、ダイビングしていたな」


 胴体で押しつぶすように飛ぶことがある、とクワンが説明すると、ラトゥンは聞いた甲斐があったと思った。ジャンピングボディープレスは想定していなかった。何せあの巨体だ。上から潰してくるのは想像できたが、ダイビングしてくるとは。

 ギプスは――


「やつは、ドラゴンのようにブレスを吐くぞ。わしが見たのは二種類。炎と雷じゃ」

「複数のブレスを使うのか」


 普通は一種類と決まっているのが、複数のブレスというのは、思い込み回避のために大事な要素だ。あり得ないと思うことはあるが、それが戦場の、一秒でも早く判断せねばならない時はないに限る。


 ――これは、まだまだ隠し球がありそうだ。


 情報を得られるほど、強敵に対する不安が和らぐものだが、この化け物の場合、まだ何かあるんじゃないかと思わせてくる。こちらの予想外の行動が多すぎる。


「もう少し情報が欲しいな」


 できれば、戦闘しているところがみたい。しかし、そのために仲間たちに挑ませることはできない。それをやるなら自分で、だが、それでは観察に時間がかかる。


「ラトゥン?」


 エキナが、考え込むラトゥンを見た。ここを超えなければ魔女の元には行けないが、果たして番人を倒せる手はあるのか?

 短くも長く感じる沈黙を破り、ラトゥンは言った。


「ギプス、ちょっと戻ろう」

「ん? 戻る?」

「帰るのか!?」


 クワンが驚くが、ラトゥンは微笑した。


「あの化け物を試すために、助っ人を用意する」

「助っ人?」


 首をかしげる三人。ラトゥンが何を言わんとしているのか、わからない。


「いました? 助っ人?」

「キノコ? あの歩くヤツ」

「蛇かもしれません。あー、でも小さ過ぎますかね?」

「ゴーレム――と言いたいところじゃが、あそこをまた通るのは、帰る時にしたいんじゃが」


 意見を交わす三人をよそに、構わずラトゥンは車に乗った。


「ほら、急ぐぞ。時間が惜しい」

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