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第85話、ゴーレム地帯


 地面は岩と砂しかない荒れ地から、踝程度の高さの草の生えた草原に変わっていた。

 しかし見上げれば、相変わらず霧がぼんやりかかっていて、空気が水気を帯びていた。


 草原に点在する大きな岩。それが散らばっていて、車に直進を許さない。それだけならば速度を落としつつ、躱していけばいいのだが――


「これがゴーレムってやつか……!」


 地面を割って、岩が盛り上がり、そして頭のない人型を形成する。岩を不器用につなぎ合わせたようなそれは、片腕が異様に大きかったり、足が平行ではなくバランスが悪そうだったりと様々だった。

 そんな形も大きさも不揃いなゴーレムだが、襲いかかってくるのは共通していた。


「えいくそっ、えいくそっ!」


 ギプスがハンドルを切り、飛来した大岩を避けた。直撃すれば、運転席ごと前部が潰れていただろう。


「ラトゥゥゥン! 防御魔法で何とかできんのか!?」

「すまんな。とっさだと前に壁を作るくらいしかできん!」


 周囲全てを覆うのは、制止状態ではないと難しいようだ。防御魔法を取り込んで、使えるようになったとはいえ、まだその全てを把握できていない。


「できると思ったんだが……」


 先ほど車を覆う防御魔法をやってみたのだが、見事に失敗し、車体に石つぶてが激突した。ゴン、と嫌な音がしたが、小さい石だったのは幸いだった。


「ギプスの旦那!」


 クワンが顔を覗かせる。


「言っても、一度ここを抜けたんだろ――おっと!?」


 幌を突き破って石の塊が通過した。


「上手く躱して抜けてくれよ!」

「わぁっとるわい!」


 ギプスは猛る。ラトゥンは前席からライトニングスピアーの魔法を、ゴーレム目がけて放つ。

 胴体に直撃したゴーレムが、被弾でよろめく。最大出力でぶつけて、ようやく衝撃を与える程度。人間ならぶっ飛ぶところではある。


「当たり所が悪いとこんなもの、か!」


 シュート!――電撃弾は、ゴーレムの足、その関節を射貫いた。被弾カ所がはずれ、バランスを崩した岩人形が、その場に崩れ落ちる。


「ナイスショットです!」


 エキナが声を弾ませた。ラトゥンは次を狙うが、車が右へ左へ動くので当てるのが難しい。地形とギプスの乱暴な運転によって車が上下する。


 そんな狙うのが困難な状況でも、ゴーレムは問答無用で攻撃してくる。やられたくなければ反撃する。ラトゥンは確実に敵を排除しつつ、ギプスの走行を助けた。


「おい、ギプス――」

「わかっとる!」


 正面を見据え、ドワーフはハンドルを強く握った。岩が不自然に一カ所に集まるのが見えた。それらは、まるで積み木を重ねるように集合し、形となる。

 クワンが目を見開く。


「旦那ァー!!?」

「わかっとるわい!」


 これまでとは比較にならない巨大なゴーレムが、進路上に現れる。


「三メートルだって?」


 その十倍くらいはある超巨大ゴーレムが陣どり、その拳を振り上げ、そして振り落とした。

 ギプスが物凄い勢いでハンドルを回し、車は急速ターンした。ゴーレムの腕の先端が取れて、遠心力で地面に叩きつけられる。回避していなかったら、今のでペチャンコだった!


 ギプスはすかさずハンドルを切り返したので、慣性が逆になり、荷台のほうでクワンがゴロゴロと転げ回っていた。ラトゥンもバランスを取るのに苦心する。引っ張られる力に抗えないと車から投げ出される。


「しっかり掴まっておれよ!」

「その言葉、少しばかり遅いんじゃ――!」


 車は巨大ゴーレムに突進する。正気かと目を剥く一同をよそに、ゴーレムは足をあげ、踏みつぶそうとしてきた。

 だがギプスは巧みに車を操り、踏みつけを回避すると、そのまま一気に加速した。敵は体が大きな分、機敏さに欠ける――と。


「追ってきます!」


 後ろに回ったエキナが叫んだ。巨大ゴーレムはその巨体でもって追いかけてくる。ギプスは叫ぶ。


「岩を投げてきたらしらせい! 一定距離を離せば、奴も追っては来ーん!」

「はい!」


 車はグングン速度を上げる。そして彼の言うとおりのことが起きた。距離を引き離したら、ゴーレムは足を止め、やがて崩れるように消えた。


「ふぅ、あんなデカ物は初めてじゃったわい」

「追って来ないのがよくわかったな」


 ラトゥンが感心すると、ギプスは首をかたむけた。


「あそこのゴーレムは、そういうふうにできておるんじゃ。モタモタやっとると、いつまでも追いかけてくるが、引き離せば逃げ切れるんじゃ」

「経験が活きたな」


 ゴーレム地帯を車は抜けた。予想していたことだが、幌はボロボロだ。


「まあ、横に穴が空いただけだから視界はよくなったな」


 クワンが皮肉った。エキナが顔を上げる。


「確かに屋根は無事みたいなので、雨が降ってきても大丈夫そうですね」


 彼女の場合は、おそらく事実をありのままに告げた感じだったが、それを聞いたギプスは、何とも言えない顔をしていた。無事だけど無事ではない、そんな感じである。

 ひとまず、危機は去ったが――


「キノコの群れに襲われたり、蛇の川があったり――」


 ラトゥンは天を仰いだ。


「ゴーレム地帯に巨大ゴーレムか……。お次は何だ?」

「食人植物の森とか?」


 クワンが言えば、ギプスは鼻をならした。


「なんじゃ、お主は森へ行ったのか。わしらはそのまま真っ直ぐじゃったからのぅ」

「へぇ、そうなのか」

「どちらの道がいいんだ?」


 ラトゥンが聞けば、ハンドルを握るドワーフは肩をすくめた。


「そりゃあ、このまま真っ直ぐじゃろう。第一、森は車が通れん」


 ギプスとクワンでルートが違ったのは、つまるところ、それが理由のようだった。実にシンプルな理由だ。クワンも頷く。


「おれも、あの森には二度と入りたいとは思っていないからな。ギプスの旦那の方でいいと思うぜ」

「何で、クワンは前回は森の方へ入ったんだ?」


 ラトゥンが好奇心で尋ねると、盗賊は肩をすくめた。


「森に入らない方は、見晴らしがよかったからさ。さっきのゴーレム地帯の後なんだ。また地面からゴーレムが湧いてきても困るし」

「なるほどそれは納得だ」


 車はその見晴らしのいい草原を突っ切る。これではまたゴーレムが出てくるかも、と思うのも仕方ないとラトゥンは思った。風が心なしか冷たい。


「そろそろ、防寒着を用意したほうがいいぞ」


 ギプスの表情はみるみる真剣さを増していった。


「じきに雪原に変わる。魔女の隠れ家まで、もうあと一息じゃぞ」


 事前に聞いていたから、防寒着は準備してある。ラトゥンはエキナに頼み、荷台の荷物から装備を取ってもらう。


「いよいよか」

「ついに、来ましたね」


 ラトゥンに、エキナは笑みを返した。魔女の隠れ家は近い。

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