「ギプスの旦那! 急いで急いで!」
クワンが急かすまでもなく、ギプスは車を全速力で走らせている。
歩くキノコの姿は、ホラー以外のなにものでもなかった。しかもそれが明確に走って追いかけてきているのだから始末が悪い。一体や二体ならともかく、数え切れないほどの集団など相手にしていられない。
「あー、くそっ! 機関銃を撃ちてぇぇ!」
ギプスが吠えた。あれだけの敵が来ているなら、さぞ機関銃で一掃できたらスッキリするだろう。
元々撃ちたがりなドワーフ戦士である。剣などで切りつければ、有毒な胞子を飛散させるらしいキノコ相手には、遠くから攻撃するに限る。
近接戦は危ない。下手に倒すと胞子が厄介となれば逃げ一択だった。
「うげぇ……」
クワンが呻いた。
波のように追いかけてくるキノコだが、転倒して後続に潰された個体が胞子をばらまいたのが見えたのだ。
「キノコに追いかけられているのか、胞子に追いかけられているのか」
あるいは両方か。ラトゥンはギプスに言った。
「どうする? 運転を代わろうか?」
それなら後ろへ行って機関銃を撃てるだろう。ギプスは非常時のためにラトゥンやエキナに運転を教えた。今の状況もその非常時に入れてもいいだろう。
「そうじゃな――む!?」
正面に何か見えたのだ。ラトゥンも目を凝らす。
「何だ……川?」
道を横切るように黒い何かが、うねうねと動いている。川のようにも見えるが、明らかに水の流れではない。
「へ、蛇じゃあーっ!」
ギプスが叫んだ。一斉に動いている大量の蛇の姿は、見慣れないだけあって不気味そのものだった。
何十とかではない。軽く百を超えて、あるいは何百と蛇が地面のくぼみに密集しているのだ。それらが全部何かしら動いているのだから、血の気が引くレベルである。
迂回は……できそうにない。谷底を横切る川のようになっていて、避けようがなかった。前に蛇の大群、後ろにキノコの大群。
――なんだ、このシュールな状況は。
「構うもんか! 突っ込めェェー!」
ギプスは自身を鼓舞するように怒鳴った。追われている状況でなければ停車するところだが、状況がそれを許さない。
蛇のサイズは平均1メートルほど。そこまで大きいものではない。加速している車なら――
「大丈夫なのか!?」
ラトゥンは問うた。先のキノコ同様、一匹や二匹ならいざ知らず、あれだけの集団だと足をとられて動けなくなるのでは、という不安。
しかし問答している余裕はなかった。
車は蛇の川に突っ込み――肉を潰しているという嫌な感覚を尻に感じつつ一気に突っ切った。ブチブチと嫌な音がした気もしたが、それも時間にすればわずか二、三秒のことだ。車は蛇の川を横断した。
ラトゥンは落ちないように支えながら後ろを見る。踏まれたことで激怒した蛇が追ってくるという状況も考えられた。
確かに蛇たちが蠢き、少し盛り上がって追いかけてきそうにも見えた。だがそこへキノコの群れが突入してきた。
たちまちキノコ集団と蛇集団が乱闘もかくやの争いとなる。生き物と判断したのか、蛇たちが一斉にキノコに噛みつく動作は気味が悪かった。
貪欲に獲物を食らう様は、蛇の川に足を踏み入れたものを決して、その場から逃がさない。後から後から入ってくるキノコに蛇たちも噛みつき、場に大量の胞子を飛散させ、壮絶なバトルとなる。
「なるほど、これが狙いだったのか。やってくれたなギプス」
ラトゥンが感心すると、当のギプスは肩をすくめる。
「いや、無我夢中だったからのぅ。偶然じゃよ」
「謙虚だな」
「いや本当にそう」
蛇の川を突破することに目が行き、キノコのことを瞬間的に忘れたという。
「とっさの時は、そういうこともある」
目の前のことで、視野が狭くなるというものだ。
「車でよかった。徒歩旅だったら、今頃、キノコと蛇に挟まれて絶体絶命だった」
蛇の川に入ればその場で一斉に絡まれ、噛みつかれて死亡。あるいはキノコの群れに追い立てられて、蛇の川へ落とされるところだった。
「ぶっ――」
「どうした?」
「いやぁ、キノコと蛇に挟まれたって……。そんなことあるかのぅ!」
実際にそうなっているのだが、たとえば酒場などでこの話をしたとして、誰が信じるだろうか。歩くキノコ自体、眉唾なのだ。信じてもらえないだろう、おそらく。
「魔境だな」
ラトゥンが腕を組む。ギプスも頷いた。
「ああ、魔境じゃ」
それで通じると言わんばかりに。
谷の底は再び下り坂になった。左右は森と崖に挟まれ、相変わらずの一本道である。
「少し、道幅が広くなってきたか?」
「じゃな。まあ、しばらくはこのまま真っ直ぐでええが……覚悟しておくのじゃぞ」
「そろそろあそこか」
クワンが後ろから前に移動してきた。エキナが怪訝な顔になる。
「あれとは?」
「前におれたちが来た時は、地面から石の人形が現れた」
「人形……?」
「ゴーレムじゃよ」
ギプスは眉間にシワを寄せた。
「岩じゃから、普通の攻撃は効きにくいし、パワーがあるから直撃すれば人間なんぞ、簡単にミンチじゃ」
「大きさは?」
ラトゥンは確認する。
「大きいのから小さいのまで、色々じゃ。大きいと言っても、デカくても三メートルくらい。じゃが、それくらいの大きさなら、拳で車を破壊するくらいは容易い」
「あと投石」
クワンが付け加えた。
「大きいのはあたりゃヤバいのはわかるだろうけど、小さい奴が投げてくる拳大の岩も要注意な。大きさで錯覚しやすいけど、小石だって当たり所によっては人間なんて簡単におっ死ぬからさ」
盗賊団の部下たちとここに来たというクワンである。その口ぶりでは、投石の死者も出たようだった。
「……聞いたな、エキナ?」
「気をつけます」
彼女は頷いた。先駆者たちの情報は有効活用すべし、である。そこでふとエキナは顔を上げた。
「この幌、大丈夫でしょうか?」
「……駄目そう」
「のぉおおおおおっ!」
ギプスがまだやられていないのに野太い悲鳴をあげた。次の試練が迫っていた。