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第93話、魔女の館


 小雨のぱらつくその場所は、隠れ家というにはピッタリかもしれない。

 館の屋根が、手前の丘から見えていたが、近くにいけば周囲の丘や岩場に囲まれていて、ちょっとした秘密のアジトのようだった。


 夢にまで見た魔女の住処が、目の前にある。


「……どこから入ればいい?」


 ラトゥンが見上げながら聞けば、クワンが歩き出した。


「こっちだ」


 前に来たことがあるクワンは、外から二階のバルコニーへ通じる緩やかな階段を昇る。ラトゥンはエキナと顔を見合わせた後、黙って後に続いた。

 水気を帯びた石段を一段ずつ上がる。魔女の家という響きにしては、割と小洒落た装飾や雰囲気である。


 薄暗くもなく、不気味でもない。どこにでもありそうな、というと秘密のアジトっぽくないので違うが、建物を見ただけで『魔女』を連想させるものはない。


「本当に魔女の館なんですか?」


 エキナもそう思ったらしく、興味深そうに辺りを見回しながら言うのだ。


「どういう意味だい?」

「おどろおどろしさがない、というか。……普通にお金持ちの館っていうか」

「お金持ちでも、こんな辺鄙な場所に住もうなんて奴はいないんじゃないか?」


 クワンが皮肉ると、最後尾のギプスが笑った。


「確かにな! 得体の知れない化け物だらけの場所に、普通住もうなんて物好きもおらんじゃろうて」

「どうかな」


 ラトゥンはバルコニーに達して、一息ついた。廃墟ではなく、人が住んでいるのがわかる程度に綺麗だった。ただ建ってから長い年月が経過しているのか、小さなひび割れや外壁の黒ずみなどがちらほら見えた。


「自給できるなら、人嫌いが住むには打って付けかもしれない」

「その自給できるかが、問題じゃな。ここは辺鄙過ぎる」


 ギプスは首を横に振った。


「食料や水が確保できなきゃ、こんなところで一人生きていくのも、何かあればしんどかろうて」


 一種のサバイバルだ。家はあるが、それ以外、生活の糧は自分で何とかしなくてはいけない。集落ではないから、誰かに頼ることもできない。


「旦那たち、忘れていないか? ここに住んでいるは、魔法で何でもできちゃう魔女なんだぜ」


 クワンが振り返った。館への入り口となる扉の前に立っていた。ざっと扉とその周りを見たエキナは、どうもすっきりしない顔をする。


「……やっぱり魔女らしくない」

「君は魔女にどんなイメージを持っているんだい?」


 半ば呆れ顔になるクワンである。エキナは考える素振りをみせる。


「お年を召した老婆で、黒い魔術師衣装をしていて……」

「それ、田舎の薬剤魔術師のイメージじゃない? 世の中には魔術師もいて、そんな中でも『魔女』なんて呼ばれているんだぞ」

「ですから、もっとおどろおどろしいというか。こういう建物にも、頭蓋骨とか骨を模した飾りとかあったりして」

「子供に聞かせる昔話かよ」


 クワンが嘆息したので、エキナは頬を膨らませて不満顔になった。


「ラトゥンはどう思います?」

「……さあな」


 正直、イメージはエキナの言うそれと似たり寄ったりだった。もちろん魔術師は老若男女、色々いるが、願いを叶える魔女ともなると、熟練の老婆のイメージが先行する。だがそれがお子様過ぎるとクワンに言われた手前、ラトゥンは何も言えなかった。


「ギプスは?」

「魔女ねぇ……」


 ドワーフは考え込む。


「こんなことを言うと怒られるかもしれんが、それは本当に人なのかと疑っておる。こう影のようなものが炎のようにゆらめて、人型をしているような」

「何だそれ。悪魔や化け物じゃないか」


 クワンが、わかってないと首を横に振る。ギプスは唸った。


「『魔女』と呼ばれるくらいじゃ。化け物に片足を突っ込んでおってもおかしくはあるまいて」

「それは一理ある」


 ラトゥンは頷いた。人の願いを叶えることができるとされる存在だ。普通であるはずがない。

 クワンは何度目かわからないため息をついた。


「お前ら、本物を見てビビるなよ」

「そんな恐ろしい姿をしておるのか!?」

「そっちかよ。……違うよ、まったく」


 扉を開けるクワン。ぽっかりと闇がお出迎え。


「中は暗いから気をつけて」

「……みたいだな」


 明るかった外から、館の中へ。明かりがないせいか、本当に真っ暗だった。


「凄いな。本当に何も見えない」

「……いや、前はここまで暗くなかった」


 クワンは面食らっているようだった。――前と違う?


「そうなのか?」

「ああ、周りの家具とか、通路の形とかわかるくらいには明るかったはずなんだが」

「怖いくらい真っ暗ですね」


 エキナが息をついた。


「まるで押し入れ部屋の中みたいです」


 ラトゥンは目を夜間視力に調整する。かつて取り込んだ夜行性モンスターの目だ。……うっすら見えてきた。


「こっちだ」

「見えるんですか?」

「まあまあ」

「ぼちぼち」


 ギプスも迷いのない足取りで続く。


「ドワーフは暗がりに強いんじゃ」

「そりゃあ、地下暮らしだもんな、ドワーフって」


 苦笑するクワンである。闇の中、突き当たりの扉を開ける。鍵などはかかっていない。


「どうなってる、旦那?」


 後ろからクワンが聞いてきた。ラトゥンも立ち止まる。

「ギプス、どうだ?」

「広い部屋に出たようじゃが……、ちと暗すぎんか? さすがのドワーフでも、ちっとでいいから明かりが欲しいくらいじゃ」

「俺もまったく見えない」

 夜行性モンスターの暗視能力でも見えないほどの闇とは、これいかに。素直に光源を出して、頼れということなのか。

 この闇は異常だ。そしてそれを実感し、クワンは言った。

「気をつけろ、旦那。前にきた時は、こんなんじゃなかった!」

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