前に来た時と違う。
そのクワンの一言は、ラトゥンたちをより警戒させた。暗視もほぼ役に立たない闇が、館の中を支配している。
「これは、魔女の術か……?」
「わしたちを歓迎しておらんということじゃな」
ギプスは、腰から片手斧をとった。機関銃は背負ったままである。室内でぶっ放すことはないだろうと思いつつも、ここ最近はいつ何が起こるかわからないから持ち歩いていた彼である。だが室内、仲間もいる状況では、機関銃はただのお荷物かもしれない。
「歓迎されていない……? 門番を倒してきたのに、ですか?」
エキナは不思議そうに言った。
「正規の手順は踏んでますよ?」
「そうだな、おれの時と違ってズルはしていない」
クワンは頷いた。盗賊だった頃、部下を囮にしている間に、館に入ったのは、魔女から正しくない認定され、ペナルティーを受けた。
「でも、だからといって歓迎してくれるとは限らないんじゃないの?」
人の願いを叶えると言われる魔女だが、本当はそれが嫌で、門番なんて化け物を配置した。それを倒すほどの者が現れたとて、力を使うのが嫌と考えているなら、決して迎え入れないという説。
「倒したことで、むしろ警戒させたかも」
あの化け物を倒せる者こそ、化け物だ、という考え方。どちらにしても避けられているということか。
「どうするんだ、ラトゥンの旦那?」
クワンが見えないからか、せわしなく周りに視線を走らせる。このまま立ち続けたところで、何か状況が変わるとも思えない。
「慎重に進もう。……ギプス、少しは見えているな?」
「かろうじて、輪郭くらいはな。じゃが、少し焦点がずれると見失いそうじゃわい」
「おれはまったく見えないんだが?」
クワンが自己申告する。ラトゥンはエキナを見た。
「エキナは?」
「わたしも見えないですが、気配でラトゥンたちの位置はわかります。大丈夫です」
「それじゃ、おれだけか。何もわからないのは……!」
「そのようだな」
仕方ないので、ラトゥンは左手を掲げ、光源の魔法を使った。途端に三人から呻き声のようなものが聞こえた。
「いきなり光をつけるでない……!」
「ラトゥン」
「すまん。一言言うべきだった」
真っ暗闇から一転、光が突然つけば、目も眩む。そこまで強い光ではないが、暗闇から突然強い光源ともなれば、失明するかもしれない危険行為である。
「旦那に気をつかわせたな。すまねえ。でも、おかげで何とか見えるようになった」
謝るクワン。しかし光源の魔法も、最低限という感じで、お世辞にも視界が開けきったとは言えなかった。見えると言っても、クワンの目では仲間たちが見える程度でしかない。だが、何もないよりマシと言えよう。
広い部屋だが、家具などは見当たらない。がらんどうの室内。周りの闇のせいで、何の部屋なのかわからなかった。
本当に建物の中なのか。中の構造に疑問を持つラトゥンだが、進めるだけ前へ足を踏み出す。
エキナが口を開いた。
「少し、寒くありませんか?」
「そうか? ギプスは?」
「どうかな。じゃが、視線のようなものを感じるわい」
「……気をつけろ、魔女が近くにいるぞ。前の時も、背中がぞくぞくしてきたところに現れやがった」
クワンが注意を促した。左方向を警戒していたエキナが、正面へ視線を向ける。
「ラトゥン――!」
「いるな」
冷たい何かが、闇の中にいる。ラトゥンとエキナは身構えると、青白く、そして淡い光のようなものが浮かんだ。
「!?」
『ようこそ、我が家へ』
誘うような女性の声が響いた。エコーがかかり、ここではないところから呼びかけているように。
「紅の魔女!」
ラトゥンがその名を口にした時、フード付きの赤いローブをまとった人影が、すぅ、と姿を現した。
『いきなり人の家に押し掛けるのは、どうかと思うけれど……まあ、咎めはしない。呼び鈴は鳴ったからね』
すっと身を翻す魔女は、近くにあった机の裏に回ると椅子に腰掛けた。
「呼び鈴? 鳴ったか?」
ギプスが首をかしげる。魔女は答えた。
「君たちが『門番』と呼んでいた、白い毛並みちゃんのことだよ」
エコーがとれた。ギプスは目を剥く。
「白い毛並みちゃん?」
「あの門番、そういう名前だったんですね……」
何とも言えない顔になるエキナだった。ラトゥンは警戒を強める。初対面だが、何故、こちらがあの化け物を『門番』と呼んでいたのを知っているのか?
「まあ訝るのもわかるよ。君の疑問に答えるなら、白い毛並みちゃんと君たちの一連のやりとりを見ていたからね。……そう、君は、ラトゥンと呼ばれていたね?」
「……見ていたのか」
千里眼というやつだろうか。疑問に思うラトゥンだが、相手は魔女と言われるだけの存在。そのくらいの芸当はできるのかもしれない。
だが、もしかしたらこちらの心の声を読んでいるのではないか、とも怪しむ。あるいは顔に出ていたのかもしれないが。
「さあさ、座っておくれ。白い毛並みちゃんを倒してやってきたんだ。苦労した分、見返りがあってもよいだろう」
何もなかった場所に椅子が四つ現れた。そこに座れということだろう。ラトゥンたちは、それぞれ近い位置に座って、魔女と向き合った。
「自己紹介はいらんね。私は紅の魔女と呼ばれている者。……君らがおそらくここへ来た理由というやつだろう」
「俺は――」
口を開くラトゥンだが、魔女はすっと手を出して、それを遮った。
「自己紹介はいらないと言った。君はラトゥン。エキナ、ギプス」
一人ずつ指さしていく。
「そして――」
最後に魔女はクワンを指さした。
「ラ・ユガー」
「!?」
エキナとギプスが驚く。ほのかな光源に照らされたクワンの顔に、冷や汗が浮かぶ。
何を言っているんだ、と否定の言葉が出るのが自然だったが、図星だったのか、クワンは微動だにしない。
魔女の怖さを知るクワンは、嘘だと否定できなかったのだ。
「失礼、今はクワンと名乗っていたな。……君のことは覚えているんだよ、私は。以前、一度、ここにきたね」
いつの間にか煙管を持った魔女は、それを吸うと、紫煙を吐き出した。
「その様子だと、君は周りに自分が何者か、伝えていなかったようだね。また他人を利用して、ちゃっかりここに入り込んだのかい? 懲りないねぇ」