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第95話、魔女の問い


 クワンは、ラー・ユガーだった。

 魔女の口から明かされたそれに、ギプスもエキナも目を剥いた。


 ラー・ユガー盗賊団の幹部を自称していた男が、実は組織の名前を持った当人だった。つまり、幹部ではなく、ボスだった可能性が出てきたのだ。クワンと名乗っていたそれが、嘘であることは、すなわち周りを騙していたことになる。


 ――まあ、こいつが色々嘘をついているのは知っていた。


 ラトゥンは、薄々嘘に気づいていたから、特に表情には出さなかった。さすがにボス本人だったとは思わなかったが。

 ばつの悪い顔をしているクワン。魔女の言葉はどうやら本当のようだと、周りは受け取った。


「おれは――」


 クワンは、些か躊躇い、周りを見ずに魔女を真っ直ぐ見つめた。


「元の体に戻りたい」


 男ではなく、元の女に。その部分は、嘘ではなく本当なのだろう。フードを被り、表情も見えずらい魔女の顔、しかし紅の唇が笑んだ。


「それが君の願いかい? クワン、それともラー・ユガー?」

「どちらでもいい。頼む、元の体に――」

「駄目だ」


 魔女は冷淡に返した。


「駄目……?」

「そうだよ、君は何を勘違いしているのか。私が君の願いを叶えるわけがないじゃないか」

「!? な、何故――!? おれはここに――」

「言わないとわからないのかい? ならば教えてやろう。私は親切だからねぇ」


 魔女は顔を前に出した。


「君は、私の白い毛並みちゃんと戦っていない。それが答えさ」

「!?」

「言うなれば、前と同じさ。誰かを盾にして、ここにきた。それだけで、願いを叶えてやる道理はないよ」


 煙管を吸う魔女。


「今回ペナルティーがないのは、ちゃんと順番を守ってここにきた。白い毛並みちゃんを倒したラトゥンの後にね。今回はちゃんと真っ当にきた。だから私は何もしないよ」


 魔女は紫煙をくゆらせる。


「そういうわけだから、周りの二人――ギプスと、エキナだったか。君たちも何か願いがあったとしても私は何もしない。願うことを許されるのは、白い毛並みちゃんと戦い、それを倒したラトゥンだけだ」


 俺だけ――ラトゥンは、左右のギプス、そしてエキナを見やる。ドワーフは肩をすくめた。


「まあ、そういうルールなら、そうなんじゃろうて。わしは、お前さんたちの案内をしただけじゃから。今さら願いなど――」


 言いかけ、俯いた。


「いや、もしかしたら、とは思っておったが、まあ、個人的なことじゃ、気にするな」


 願いがあるとか、言っていたような気がする。ラトゥンは思い出したが、ギプスがそれ以上言うつもりがないのを察し、黙ることにした。


「わたしは、ラトゥンが願いを叶えられるのなら、それで」


 エキナは迷いもなく、すらすらとそう言った。


「そのために一緒にいたので、わたしは別に願いとかはないです」

「物分かりがよいことだ」


 魔女はニヤニヤしている。


「結構。素直なのは私は好きだよ。さて、ラトゥン――」


 魔女は座り直した。


「聞こうか、君の願いを。……私は気が短い上に、気が変わりやすい。話すのなら、今のうちだよ」

「元の体に戻りたい」


 ラトゥンは単刀直入に言った。


「あんたも戦いを見ていたのならわかるだろう。俺は今、悪魔の体だ。悪魔に乗っ取られつつある。完全に悪魔になる前に、元の……人間の体に戻りたい」

「あれは凄かったね」


 魔女は笑みを崩さなかった。見ていたというのは本当だから、ラトゥンが今さら悪魔だといったところで、驚きもしない。嫌悪や恐怖という、悪魔に対して抱く当たり前の感情も無縁なようだった。


「ただの悪魔でもないね。あの力は、上級悪魔のそれも上回っている。……そうだねぇ、君は、『暴食』だろう?」

「!」


 見てわかるのか、とラトゥンは図星をつかれて驚いた。

 とはいえ、あれだけ派手に、敵――白い毛並みちゃんを腕に取り込んだのだから、知識量もおそらく半端ないだろう魔女にはわかるのかもしれない。


 ラトゥンは表情には出さなかったが、ズバリ言い当てた魔女に、エキナは驚いていた。しかしギプスは――


「暴食? なんじゃそれは」

「最上級悪魔の一つだよ」


 クワンが低い声で答えた。


「確か、聖教会が追っていた最上級悪魔だ。何で悪魔同士で追いかけているのかはわからないが」

「俺が暴食だから何だと言うんだ?」


 ラトゥンは、真っ直ぐ魔女を見据える。


「俺は人間に戻りたい。下級悪魔だろうが、最上級悪魔だろうが、人に戻るなら関係ない。俺があんたに願うことはそれだけだ」

「ふむ……」


 魔女は考え込む。ラトゥンは問いを投げる。


「できないか?」


 願いを叶える魔女の力が頼りだったのだが、限度があったか。期待していただけに、もし叶わないとなると、どうしたらいいのかわからなかった。


「惜しい……」


 ボソリと魔女は言った。


「何だって?」

「……ラトゥン、君は、人間でいた頃よりも、今の方が圧倒的に強い」


 魔女は煙管を置くと、立ち上がる。すると彼女の後ろに青い火の玉のようなものが複数浮かんだ。


「人魂!? 幽霊か――!?」

「これはね、人の魂だよ」


 魔女は笑った。火の玉のようなそれに手を伸ばすと、鳥かごのような小さな檻が当たった。


「私の個人的なコレクションというやつだよ。ちょっと理解が及ばないことに遭遇した時とか、気分を落ち着ける効果があるのさ」


 魔女は、ラトゥンの考えが理解できなかったようだった。特に取り乱した様子もなかったが、精神の安定を図る必要があるほど衝撃だったのか。


「君たちも、落ち着きたい時は真似するといい」

「あいにく、人魂の持ち合わせがなくてね」

「なに、人魂である必要はない。ただの炎でもいい。……いや、今はどうでもいい話さね」


 魔女は話を戻した。


「それで、ラトゥン、君は人間を超えた存在になったのだろう? 何故、人間に戻りたがるのかな? その力を手放して、ただの人間に戻る。それでいいのか?」

「悪いのか?」


 ラトゥンは挑むように言った。


「悪魔は嫌われ者だ。それでいるより、人間の方がいい。……おかしいか?」

「人は、力の魔力に溺れる。一度得たものを失うのを嫌がるものだ」


 魔女は、檻の中の魂を、ペットを愛でるような顔をした。


「だから、おかしいといえばおかしいんだ。だから私は、問うたわけだ。何故、とね」

「誰もが力に溺れるわけじゃない」


 ラトゥンは答えたが、心の中で別の答えが浮かんだ。


「いや、違うな。力があり過ぎる。だからそれが『怖く』もある。このまま力に取り込まれたら、俺は、俺でなくなってしまう。……それが怖いんだ」


 人としてのラトゥン――ラトは消え、心身とも暴食に成り果てる。その力を自在に振るい、まさに悪魔の如く。


「俺は、それを望んでいない」

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