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第96話、願いを叶える力


「力が怖い、か……!」


 魔女は肩をふるわせた。


「いや、失礼。君にとってはとても深刻な問題だったな。自分が取り返しのつかない方向に、望まぬままいってしまうかもしれないという恐怖……。久しく忘れていた感覚だ」

「理解をしてくれてありがとう」


 ラトゥンは感情のこもらない声を出した。


「俺も気が短い方なんだ。そろそろ、答えてもらえないだろうか」

「応えるか、答えるか。どちらだね――ああ、すまない。私も人と会うのが久しぶりで、ついお喋りを楽しんでしまいたくなるんだ。よろしい、結論といこうじゃないか」


 魔女は、魂を玩ぶのをやめ、席に戻った。


「私は願いを叶える魔女と言われているが、もちろん『何でも』というわけではない。私も所詮、神ではないのだから、できないこともある」

「できないのか?」

「結論を急がないでくれたまえよ。まあ、そうではあるのだけれど、ただできないと言うだけでは、君のこれまでの苦労に見合わないだろう? ……個人的なことを言えば、知ったことではないけれど」


 魔女は薄く笑う。自分は自分なのだから、人の苦労などどうでもよい、責任も何もない、と言うのだ。


「私は、君を元の人間に戻すということは……うーん」


 そこで魔女は少し考える。黙ってやりとりを見守っていたギプスが口を開く。


「なんじゃい。勿体ぶるのぅ。できないんじゃろう?」

「いや、できないと言うと嘘になってしまうからね。ただできると確信を持って言えないから、どうしたものかと考えてしまったわけだよ」

「どういうことですか?」


 エキナが尋ねる。魔女は真顔になった。


「私は魔女だ。魔法であれば、大抵のことはできるのだがね……。ただ、必ずしも成功するとは限らない。それがネックなんだよ」


 魔女はラトゥンに視線を戻した。


「魔法と一言でいうと簡単だが、それぞれ難度……難しさがある。ラトゥンが願うそれは、おそろしく高度。成功する可能性より、断然失敗する可能性が高い」


 口元がニヤリと歪む。


「私は悪魔ではないのでね。願いは聞いたと公言し、失敗しても平然としていられるほど、神経が図太くないのだよ」


 失敗の可能性が高い――ラトゥンは視線を下げる。

 暴食で取り込んだ敵から得た魔法も、簡単なものもあれば難しいものもある。術者が苦労して会得した記憶も、少しはあったから、魔女の言っていることも理解はできる。


 取り除こうとしているのは、暴食という最上級悪魔の力。そこらの下級悪魔のそれとは難度も段違いなのかもしれない。


「悪魔に侵食された部分を引き離して、人間だった部分を元通りなんて、いかに私でも魔力がもたないだろうね。中途半端な化け物の姿になるのがオチさね」


 魔女は背筋を伸ばした。


「とまあ、私がいかに責任をとれないかを説明したところで本題だ――」

「まだ本題じゃなかったのか!?」


 ギプスが驚いたが、魔女は続けた。


「私は、苦労してここまで辿り着いた者に、無理と突っぱねるほど白状でもないのでね。願いを叶えるためのヒントを与えてやるのさ」

「ヒント?」

「方法は何も一つだけじゃないということさね」


 他の方法――ラトゥンは、じっと魔女の次の言葉を待った。


「『奇跡の石』というものがある」

「奇跡の、石……?」

「アーティファクト。とても希少な品なんだがね。文字通り、奇跡を引き起こす力を持つ石さ。これがあれば、大抵のことは叶う。悔しいが、叶うかどうかで言えば、私より上さね」

「それを使えば、俺も――」

「悪魔の力――それが暴食であろうとも引き離し、君を元の体に戻すことはできるだろうね」


 元に戻れる。消えかけていた希望が、ラトゥンの中に蘇る。


「その奇跡の石は……ここに?」

「まさか。あればさっきまでのやりとりは茶番になってしまうだろう?」

「わからんぞ、この魔女」


 ギプスが口を挟んだ。


「人に飢えていたみたいじゃったからのぅ。適当にダラダラ喋りたかっただけかもしれんぞい」

「ダラダラとは失礼なドワーフだね。大事な話さね」


 魔女はそっぽを向く。


「石はどこにあるんだ?」


 ラトゥンは問うた。こうなれば意地でも探し出す。どこにいるかもわからない魔女の居場所も、見つけることができたのだ。たとえ、ダンジョンの最深部だろうが見つける覚悟である。


「うーん、まあ、普通なら難しい場所にあるよ」


 魔女は煙管を掴むと、宙を睨んだ。勿体ぶるな、とギプスが苛立ちはじめるが、エキナがそれを黙らせる。


「ただ、ラトゥン……暴食なら、やってできないことはないだろう。奇跡の石は、この国の王都にある」

「王都に?」

「そうさね。王都聖教会、本部大聖堂地下に安置されているって話さ」


 聖教会――! ラトゥンは背中に稲妻が走ったような衝撃を受ける。そのままエキナを見た。


「知っていたか?」

「いえ、初耳です」


 しばし王都で処刑人をしていたエキナである。所属は聖教会で、つまりはそのお膝元に奇跡の石はあると魔女は言ったのだ。


「王都にいたとしても知らないのも無理はないさね。あれは聖教会でもトップシークレットだからね」


 魔女はどこか自慢げだった。それを知っている自分は偉いでしょう、と言わんばかりだ。これまで黙っていたクワンが眉をひそめた。


「何で、あんたは、聖教会のトップシークレットを知っているんだ?」

「簡単さね。聖教会から、奇跡の石のありかを聞かれ、それに答えたのが私だからだよ」


 かつて、奇跡の石を探していたという聖教会。彼らも魔女に頼り、その助力で石を見つけて、保管しているのだという。


「聖教会は、奇跡の石を手に入れてどうしようって言うんだ?」

「さあ、それは私には関係のない話だ。何に使うかなんて知らないさね」

 魔女以上に願いを叶える力を持つ奇跡の石。それを聖教会が手に入れたというのは、嫌な予感しかしなかったのは、ラトゥンだけではない。


「ただ、石は一個しかないからね。叶う願いも一つだ。それを何に使うか、聖教会も決めかねている様子ではあったね。まだ使われていないなら、何に使うか、保留中なのだろうね」


 願いは一つしか叶わない。そうとなれば、何に使うか考えがまとまらないのもわからなくはない。

 ラトゥンのように一つの目的で動いている者ならともかく、組織ともなると様々な人――悪魔がいて、最善は何かで揉めるのも理解できる。


「だから、警戒は厳重なのだろうけど、使われていない奇跡の石を君が手に入れられれば、君の願いは叶えることはできるだろうね、ラトゥン――」

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