魔女との面談は終わった。
ここで、暴食と分離して、元の人間に戻れるのでは、と期待していたラトゥン。しかし、魔女には確実性に欠けるからと、その願いを断られた。
これに落胆していないといえば嘘になる。だが魔女は、道を示した。その点に限れば、ラトゥンの願いを叶えるための一助になったわけで、これまでの道中は無駄ではなかった。
しかしそれは、決して楽な道のりではない。
「これから俺は王都を目指す」
魔女の館を出て、二階のバルコニーからの階段を降りながら、ラトゥンは告げた。
「奇跡の石とやらを手に入れるために、聖教会の本拠地に行く。だが、これは俺の目的だ。お前たちに同行しろとは言わない」
「そうじゃな。これはお主の目的じゃ」
ギプスは認めた。
「元々、ここまで案内するという約束じゃったからのぅ。その先のことは、何も話していなかったな」
いささか肩を落とし、疲れた表情のギプス。かつて届かなかった魔女の隠れ家に辿り着き、願いを叶えられるのでは、と期待していたようだった。しかし魔女に認められたのは、ラトゥンだけだった。これには、彼もがっかりしたのだろう。……何を願うつもりだったかは知らないが、あるとは言っていた。
「じゃあ、ここまでだな、ギプス」
「まあ、王都に送るまではするさ」
ドワーフはウインクする。
「まさかここで、はい、サヨナラは白状過ぎるじゃろうて」
「すまんな」
「いいってことよ」
「わたしは、ラトゥンと行きますよ」
エキナは淀みなく言った。ノータイム、まさに迷いは欠片もない。
「あなたの行くところは、どこまでもお供します」
「……そうか」
この中で一番ラトゥンの事情を知っているエキナだ。危険を承知でなおもついてくるというのだから、それ以上言うことはなかった。注意しても、今さらである。
ラトゥンは立ち止まる。視線は、あからさまに気の抜けているクワンに向く。
「お前はどうするんだ、クワン。……いや、ラー・ユガー?」
「……」
力ない視線が返ってくる。魔女に、男の体から元の女の体に戻してもらう――そのつもりでここまできた。しかし魔女は、取り合わなかった。ギプス以上に切実だったから、ショックもまた大きいのだろう。
「こいつ、よくもこれまで黙っておったの!」
ギプスは眉を怒らせた。
「盗賊団の首領じゃったのだろう!? 幹部とはよくも嘘をつきおったの!」
「……」
「こいつが嘘つきなのは、今に始まったことじゃない」
ラトゥンは、ギプスを諫めた。元の体に戻れないという衝撃について、道筋すらないクワンには、ラトゥン以上に辛いはずだった。多少なりとも理解できるから、ラトゥンは責める気にはならなかった。
「旦那……」
絞り出すようにクワンが言った。
「あんたは、王都に……聖教会の大聖堂に行くんだよな?」
「そう言った」
改めて確認されるまでもない。
「それはつまり、聖教会と戦うってことだよな?」
「そうだ。……お前も知っているだろう? 暴食は、聖教会に指名手配されてるって」
確か、魔女との面談中に、ギプスにそう説明していたクワンである。ラー・ユガーは聖教会の悪魔とも繋がりがあった。そこで聖教会が暴食を追っている話を知っていたわけだ。
「どの道、戦うことになる。というか、戦ってきた。それは変わらない」
「だが、王都大聖堂といや、そこらの教会とは規模も戦力も違うぜ?」
「だろうな。……何が言いたい?」
「いくらあんたが強くも多勢に無勢ってことさ。願いを叶えるためなら、何も正面から殴り込むこともない。おれを利用しろ」
「つまり?」
ラトゥンは腕を組み、先を促した。
「おれは盗賊だ。忍び込むのと盗むのは、ちょっとしたものだ。あんたが奇跡の石を手に入れるのに、手を貸す」
「……」
「こいつ!」
ギプスが突然、クワンの膝裏を蹴り、その場に膝をつかせた。
「お主、そんなことを言って、石を掠めとるつもりじゃな!? そして石の力で、自分の願いを叶える! そうじゃろ!?」
「……っ!?」
「そうなのか?」
ラトゥンは冷ややかに、クワンを見下ろす。図星だったのか、何を言っても信じられないと感じたか、クワンは視線を逸らした。言い訳の言葉すら出てこないか。
「あのー」
エキナが、何とも気の抜けた調子で割り込んだ。周りがギクシャクしているだけに、一瞬空気が和らいだ。
「クワンの、ラー・ユガーの――ああもう、どっちで呼んだらいいですか?」
「どちらでもいいじゃろ?」
「どちらでもいいだろう」
ギプスとラトゥンが言えば、エキナは背筋を伸ばした。
「じゃあ、クワンで。――クワンの今の状態って、魔女の魔法とか呪いによるものなんですよね?」
「呪いだな」
クワンは首を振る。
「それが何だって言うんだ? 魔女は、おれの願いは叶えない。おれはこのまま――!」
「それなんですけど……呪いなら、何も魔女じゃなくてもいいのでは?」
「は……?」
呆然とするクワン。何を言っているのかわからないという顔だ。エキナは、さも当然のような顔をした。
「呪いといえば、教会の高位聖職者が解呪の魔法を使えます。……そうですよね、ラトゥン」
「あぁ、そうだな」
そんなことも教会はやっていた。ハンター時代には、お世話になっている者を何人か見た。
ただし高額の寄付を求められる。悪魔の巣窟である聖教会で解呪というのもおかしな話だが、中には人間の術者もいる。善意で治療もあれば、わざと呪いをかけ、その呪いを解くという悪質なやり口もあると聞く。
「……なるほど、まともな術者に呪いを解いてもらうというのもありか」
「そうです。王都なら聖女様もいらっしゃいますし、あの方なら、魔女の呪いも解けるのではないでしょうか」
エキナが手を叩けば、クワンは顔を上げる。
「呪いが解ける……? 元に戻れる?」
それは希望だった。エキナは小首をかしげる。
「おそらく、聖女様は悪魔ではないとは思いますが、癒しの使い手として、多くの人を救っていますから、頼ってみるのもありだと思いますよ」
まさかの救いの手であった。その時のクワンの安堵したような顔は、今まで見た中で一番感情が出ていた。
クワンには、エキナが女神のように見えたのではないだろうか。