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第98話、魔女の谷を抜けて


 魔女の隠れ家を離れて、霧の谷を引き返す。ゴーレム地帯を突っ切ったり、蛇の川を踏み越え――


「歩くキノコどもが、大挙して道を塞いでいるんだが?」


 来る時に何故だかキノコの集団に追いかけられた。それらは蛇の川に突っ込んで食われたと思ったが、まだまだ数がいたようで。

 ギプスはブレーキを踏んで、キノコのバリケードより離れた位置に車を止めた。


「どうするんだ、ギプス?」

「こいつを使う」


 ラトゥンは言えば、ギプスは機関銃を引っ張り出した。


「たぶん、倒せば胞子をまき散らすじゃろう。だから離れたところから撃ちまくる!」


 近づきたくないという意識がヒシヒシと伝わる。後ろの荷台から、クワンがひょっこり顔を出した。


「この距離で大丈夫か? 案外、胞子って目に見えないほど小さいから、倒したやつから飛んだのが、ここまで風に乗って届くかも」

「ラトゥン。お主、魔法か何かで風を起こして、こっちに飛んだこないようにできんか?」

「そう都合よくは……いけそうだ」


 取り込んだ魔術師の魔法に風を起こすものがあった。ラトゥンは席を立ち、左手を挙げる。風は目に見えないが、キノコの壁の上に漂っていた粉のようなもの――おそらく胞子の類いが流されていった。


「いいぞ」

「よーし!」


 ギプスは力強く機関銃を構え、そして引き金を引いた。久々の騒音に、エキナとクワンが両耳を塞いだ。

 ダダダダッ、と連続して放たれる銃弾は、ズボズボとキノコを撃ち抜き、その胴体を吹き飛ばしていく。


 サクサクとキノコが抉られていく様は、ある種、爽快だった。大量に、敷き詰めるくらい大挙密集していたキノコの壁にどんどん穴が空き――そして宙に胞子を撒き散らした。


「ふはははははっ! ふははぁーっ!」


 相変わらず、銃を撃つと人が変わるギプスである。あまりにサクサクと倒せてしまうので、楽しくて仕方がないようだった。


「ラトゥンの旦那、見てみなよ……」


 クワンが片方の手を耳から放して、キノコのバリケードの上を指さした。


「すっげぇ黄色。めちゃくちゃ胞子が飛んでる」

「……さすがにあれは、通りたくないな」


 毒性がどこまであるかわからないが、全身に浴びたら、体からキノコが生えてくるのではないだろうか。濃厚な胞子の数に、宙に色がついているように見える。


「ふははははっ! かかってこい雑魚どもがーっ!」

「来てほしくないな」


 ラトゥンは正直だった。

 ギプスの機関銃は魔力装填式というもので、魔力がある限り弾の心配をしなくて済む代物である。彼は景気よくキノコの壁を撃ちまくったが、次から次へとキノコが出てきてようで、一向に道が開けない。


「というより、前に出てきていませんか?」


 エキナの指摘に、ラトゥンは頷く。


「出てるな。そうでなきゃ、壁の位置が変わらないわけがない」


 銃弾が貫通して後ろのキノコにも当たっているようだが、それでも倒した次からキノコが壁を埋めているのだから、後ろから前へ駆けて迫っているのだろう。

 距離が縮まらないのは、ギプスの機関銃の掃射で前列が次々に蹴散らされているからだ。


「……いつまで続くかなこれ」


 左腕をいつまで挙げておかないといけないのか。


「頑張れー、ラトゥンの旦那」


 クワンが応援したが、ラトゥンはとうとう座った。


「どうせ斜めに向けるんだ。立ってなくてもいいだろう」



  ・  ・  ・



 機関銃は、歩くキノコを残らず叩き潰した。撃ちまくったことですっきりしたのか、ギプスは朗らかだった。

 しかし、倒したキノコのまき散らした胞子で、進路上が黄一色になっていたのは、ラトゥンたちに諦めの表情を浮かべさせるに充分だった。


 魔法の風で遠方に散らして、完全に視界が戻ってなお、少し様子を見てから、車は再び走り出した。

 霧の中をのろのろと進み、ようやく谷の出口についた。ラトゥンが大きく息をつけば、ギプスは眉をひそめる。


「何じゃい?」

「いや、ようやく脱出できたな、と思ってな」


 色々思うところはあったが、道中それを口にすると何かよくないことが起こるのではないか、という気になっていたので黙っていた。


「言うと、その通りになることってないか?」

「どうかのぅ。口は災いの元、という言葉はあってな。迂闊なことは言わんほうがええってことだな」

「何をもって迂闊なのか、判断に困るな。いつも考えながら発言するわけでもないだろうし」

「言ったことが災難を招く、という意味では、お主が言った、言葉通りになるとは、そういうことではないのか?」

「かもしれないな……」


 適当なお喋りをして退屈を紛らせようと思ったが、少し考えて話したほうがよさそうな雰囲気だった。仕方ないので、割と真面目な話を振ろうと、ラトゥンは思った。


「俺は、王都に行ったことがないんだけど……この中で、王都に行ったことがあるやつは? エキナはいたよな?」

「ええ、一年、二年くらいいました」

「へぇ、意外だなぁ」


 クワンが話に加わる。


「王都に住んでいたんだ。向こうでは何をしていたんだ? 旦那が王都に行ったことないって言うなら、独立傭兵になる前だよな」

「……」


 エキナが黙り込んでしまう。聖教会の処刑人として、罪人の首を落としていた。今はそれを離れ、独立傭兵を名乗っているが、過去とはいえ処刑人だったことを公言すれば、それは呪いとなって迫害される。


 ――話題を間違った。


 ラトゥンは後悔する。ギプスが言った通り、迂闊な発言がエキナの立場を苦しくした。まさに口は災いの元だ。


「エキナは、今も昔も独立傭兵だよ」


 ラトゥンは言った。


「同業者だったから組んでいるんだ」

「へぇ、そうなんだ」


 クワンが納得する。ギプスは、眉をひそめた。


「お主ら、兄妹じゃなかったのか?」


 当初信じていなかった癖に、ここでそれを突っ込むのか。ラトゥン天を仰いだ。

 その時、空にワイバーンらしきものが飛んでいるのが見えた。


「あーあ。言わなかったら、出てこないかと思っていたんだけどな」

「うん?」

「ギプス、頭上、ワイバーンだ!」

「!?」


 上空からワイバーンが降下してくる。噂もしていないのに現れるとは。ラトゥンは魔法で先制すべく左腕を構え、狙いを定める。ある程度近づくまで待ち、凝視する。そして異変に気づいた。


「誰か乗っている……!」


 ワイバーンの背中に人――騎士がいた。その鎧と紋章は――


「神殿騎士!?」


 何故、ここに聖教会の神殿騎士が……?

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