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第99話、神殿騎士の尋問


 神殿騎士がワイバーンに騎乗している。竜に騎乗というと物語か何かで聞いた気がするが、実際にその光景を見ることになるとは、ラトゥンも思わなかった。


「何で神殿騎士が……!」


 クワンが荷台に引っ込む。


「まさか、おれを追っているとか……」

「かもな」


 ラー・ユガー――聖教会に使われていた盗賊団のボスだったクワンである。世間的に教会と盗賊が癒着していたなんて知られたくないから、口封じしたいという聖教会の思惑はわかる話だ。


 だが、ラー・ユガー盗賊団は壊滅し、その残党を掃除するために神殿騎士を派遣するかと言われると、少し考えてしまうところではある。


 ただ聖教会は悪魔の集団であり、血も涙もない連中だ。だから、一族郎党皆殺しなど平然とすることを考えれば、間違いではない気もしてきた。


 ラトゥンは、武器に手をかけようとして、ふと止まった。現れた神殿騎士が、明確にこちらを『敵』と認識しているのかわからなかったのだ。


 自分が暴食だから、聖教会に追われている身ではあるが、『ラトゥン』の姿で追われているわけではない。反射的に動いて、墓穴を掘る真似はできない。

 ラトゥンは力を抜き、御者台の補助席に座り直した。


「何だって、こんなところを神殿騎士がうろついている?」


 ここから先は、魔女の住む魔境があって、わざわざ神殿騎士が現れるような場所でもないはずだ。

 町や村はないし、何かスタンピード的なモンスター騒動が発生したとして、聖教会が殊勝にも早期排除などするはずがない。被害が出たのを救うほうが、より人々に恩に着せ、騙せるからだ。


「見回りじゃないのか?」


 ギプスは、さほど考えていない調子で言った。彼は、ラトゥンほど聖教会が敵という認識がないので、常識的な意見を言う。


「しかし、これは止まるべきかのぅ」

「ここで逃げたら、余計に怪しまれるだろうな」


 すでにワイバーンの神殿騎士はこちらを発見し、向かってきている。緩やかなその動きは、攻撃的ではないものの、飛竜が飛び込んでくる光景は、それだけで威圧的だ。

 狭い山道で車が止まると、ゆっくりとワイバーンは降りてきた。ご丁寧に、こちらの前を塞いで通せんぼである。


「こんにちは」


 神殿騎士が、よく通る声で声をかけてきた。ガタイがよく屈強。離れているから声が大きいのだが、攻撃的なものははない。田舎で近所の人間に遠くでも構わず挨拶するそれである。


 答えないのも失礼と感じたギプスとラトゥンはそれぞれ片手を挙げて、返事の変わりとした。


「見回りをしている者だが、あなた方、霧の谷から出てきたのか?」


 騎乗したまま神殿騎士が尋ねてきた。ギプスが声を張り上げる。


「そうじゃ!」

「失礼だが、あなた方は何者か?」


 名乗らないといけないのか、とつい文句が口に出そうになるラトゥン。だが相手が中立状態なのに、煽って敵対的にするのも得策ではないので自重する。この姿でいる時は、怪しまれたら以後活動しにくくなるのだ。


「わしはハンターじゃ!」


 答えないラトゥンに代わり、ギプスは答えた。こういう時、代表者が話すもので、ギプスがその役を買って出たから、ラトゥンは成り行きを見守ることにする。


「ハンター!  失礼だが、ハンター証明を」

「ほれ、見えるかのぅ! わしゃドワーフじゃから、小さいぞ」


 今のは種族ジョークだろうか。他の種族からは駄目だが、自虐ならばよし。ラトゥンは声に出さず笑った。

 ギプスが席を立ち、ハンター証を提示する。ワイバーンが少し前進し、その背中に乗る神殿騎士が目を凝らした。


「なるほど、ハンターだったか。そちらの御仁も」

「ハンター証ってか? ないよ、俺は独立傭兵だからな」


 ラトゥンは答えたが、舌先がザラつくのを感じた。神殿騎士に面と向かって独立傭兵を名乗る時は、大抵相手を始末するので、黙ってやり過ごそうとしている今のような状況は違和感だったのだ。


「独立傭兵……」


 かすかに神殿騎士の視線が鋭くなった。


 ――ひょっとして、独立傭兵が怪しまれているのか……?


 神殿騎士団に、独立傭兵としてのラトゥンは手配されていないはずだが、魔女の隠れ家に行っている間に、状況が変わったのではないか。正体バレするようなミスはなかったと思うのだが……。


「そちらの娘もか?」

「はい!」


 後ろで控えていたエキナも、笑顔でそう返した。身分証などありません、でも怪しい者ではありません、という全力スマイルである。さすが元貴族令嬢、よそ向きの笑顔は一級品だ。


「ふむ……。それで先の問いに戻るが、霧の谷から出てきたように見受けたのだが、何をされていたのだ?」


 深く突っ込むなよ、とラトゥンは心の中で悪態をつく。さっさとおさらばしたいが、それを態度に出すと不審がられてしまう。


「未踏破地域の探索じゃよ!」


 ギプスは答えた。


「前々から、この谷の奥がどうなっているのか、知りたいという依頼があってのぅ。それで調査にきたんじゃよ」

「ほう……この谷に」


 神殿騎士は視線を僅かに霧の覆う谷へ向ける。


「確かに、ここは神秘的な場所だ。ただ、中々に厄介なモンスターも多い。……と、それは言わずもがなかな」

「そうじゃな、この有様じゃよ」


 ギプスはニンマリしながら、荷台の上のボロボロの幌を指さした。一見して、大変面倒なことがあったとわかる。


「そのようだな。……死者や怪我人はいるか?」

「幸い、皆生きとるし、怪我もせんかったが、ちょっと気分を悪くして一人寝込んでおるがの」

「……そのようだな」


 見えないはずなのに、幌の中のクワン――誰かいるのがわかったようだった。下手に三人だけですとか言っていれば、危なかったかもしれない。


「もうコリゴリじゃよ。……それで、まだ何かあるか? もう行ってもええかのぅ?」

「……ああ、構わない。邪魔をした。帰りも気をつけて」

「あんがとよ!」


 神殿騎士はワイバーンを操り、飛び上がった。道は開け、一難去ったことで、ラトゥンは一息つく。ギプスは車を出した。


「気のいい奴じゃったの」

「どうかな。……まあ、そういう奴ばかりだといいんだがね」


 ラトゥンは本心ではないことを言った。あの神殿騎士だって、実は悪魔かもしれないと理解しているから。

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