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第103話、井戸の村


 ワイバーンに変身したラトゥンは、追撃する神殿騎士団の車をことごとく破壊した後、ギプスの蒸気車に追いついた。


「お疲れさまでした」


 エキナが笑顔で迎える。最近では、それを見ると安心するラトゥンである。ギプスはニヤリとした。


「思ったより早かったのぅ」

「そうか?」

「お主、聖教会に恨みがあるんじゃろう? もっと徹底的にやっつけてくるんじゃないかって、話しておったんじゃよ」


 ドワーフは後ろのエキナを一瞥する。その彼女は頷いた。


「ラトゥンはこれまでがこれまでなので……」

「そうかもな」


 今までを振り返れば、聖教会と見れば潰し、神殿騎士と見れば処分してきた。だからエキナの見方は否定できない。


 復讐。暴食が取り憑くことを黙っており、ラトゥン――ラトに暴食を宿らせ、それを目撃した仲間たちを口封じに殺した。


 ラトが、弱っている暴食にトドメを刺さなければ、取り憑かれることはなかった。だが自業自得ではない。予め知らされていたなら、神殿騎士団に処理を任せていたし、当時のラトではなくても、他のハンターがトドメを刺して、憑依されていたかもしれない。


「今回、見逃した理由は?」


 クワンが尋ねてきた。何故か――ラトゥンは皮肉げな笑みを浮かべる。


「今回、俺たちが疑われていたからな」


 最大の理由をあげれば、それである。


「俺たち、というより俺ではあるけど、お前たちに迷惑はかけたくないからな」

「もう半分、目をつけられていたと思うんだけど」

「それは否定しない」


 神殿騎士団はこんな僻地にまで追いかけてきたのだ。ある程度、目星をつけていなれば、あんな場所で警戒線など張らない。


「だが、あの騒動の顛末なら、暴食とは関係が薄い、それか無関係と思われる可能性はあるだろう?」

「それはまあ、そうなんだけどさ。いっそ始末したほうがよかったかも、って思って」

「どこまで疑われているかわからないからな」


 ラトゥンは腕を組んだ。


「現場判断だったのなら、確かにあそこで騎士団全滅させたほうが確実だっただろうが、他の騎士団や教会に、俺たちの話が伝えられていたら、どうなる?」

「全滅させると、かえって怪しまれる」


 エキナが言った。


「その通り」


 これから誰々が怪しいので確認に行きます――そう言って出かけた者が帰ってこなかったら、必然的に容疑者筆頭になってしまうだろう。


「だから敢えて、手を出さなかった……」

「俺の今までが全滅させてきたから、奴らも、手口が違うと暴食ではないと思う可能性は充分にある」


 神殿騎士団は暴食を追っているのだ。暴食でない者を追うことはない。少なくとも、その可能性の低い者への追跡の手は、かなり少ないものになるだろう。


「これから聖教会の大聖堂に乗り込むんだ。それまでは、目立つ行動は控えるさ」


 もちろん、今までもそのつもりでやってきた。しかし村や町を巡るたびに教会の悪魔を暴き、潰していれば世間では大事件となっているに違いない。


 聖教会を狙った連続襲撃事件、それに暴食が絡んでいるようだから神殿騎士団が動いているわけで、事件解決の捜査をしていれば、たとえ目立たなくても遅かれ早かれ、疑われるだろうことは、わかっていた。



  ・  ・  ・



 グレゴリオ山脈を西に抜け、ようやくまともな街道に出る。早々にジャグランキャットという大山猫に遭遇したが、車にびびって逃げていった。

 道なりに進めばパトリの町――ではなく、トバルの村に到着する。初めて訪れたラトゥンは、村の中央にある筒状の建物を見上げた。


「石の塔か……?」

「井戸じゃよ」


 ギプスは、村の手前の馬車用の駐車スペースに車を止める。ラトゥンは耳を疑った。


「井戸?」

「井戸ですね」


 エキナが頷けば、クワンも何でもないように言う。


「井戸だな」

「……」


 井戸というのは地面を掘り進んでいくもので、天にそびえるように高くするものではない。

 他の三人はこの村に来たことがあるのか、さも当然のような顔をしていて、ラトゥンはわずかに眉をひそめるのだった。


「俺だけ、常識から取り残されているらしい。あれが井戸なら、中は空っぽということか?」

「そういうことです」


 車から降りたエキナが、塔に見える井戸を指さした。


「中は空洞なので、登るための階段は外側にしかないんですよ。中に入るのは、上まで登る必要はあります。……ただ」

「好き好んで入るもんじゃないぜ」


 クワンが不景気な表情を浮かべた。


「あそこに入ったら……いや、落とされたら、二度と帰ってこられない。罪人落としのための井戸なのさ」


 いわゆる処刑場。わずかにエキナが顔を曇らせたのは、執行人の過去を思い起こさせたからか。

 ギプスがタオルでハンドルを握っていた手を拭いながら言う。


「このトバルという言葉も『井戸』という意味なんじゃよ。井戸の村。まあ、そういうことじゃよ」


 村の特徴であり、その井戸は処刑場の一つ。それを聞いて、ラトゥンは首を捻る。


「ただの村かと思ったが、案外不吉なところなんだな」

「いや、普通じゃよ。一般人にとってはな」


 ギプスは一同を見回した。


「で、とりあえず休憩じゃ。これからのことなんじゃが、今日はどうする? 村で一泊するなら宿に行くし、野宿でもええと言うなら、食料の調達だけで済ませるが」

「泊まっていかないのですか?」


 エキナが小首をかしげれば、ギプスは片方の目を閉じた。


「グレゴリオ山脈で神殿騎士団と出くわしたからのぅ。あやつらはまだ追いつけないじゃろうが、事前に連絡を受けた別の奴らが来たら面倒じゃろう? もちろん、来るかどうか知らんが」


 用心して先を急ぐか、今後のことを考えて、休める時にきちんと宿で休むか。ラトゥンは少し考え、そして言った。


「宿が取れるなら、一泊もいいんじゃないか? あくまで普通の旅人らしく振る舞ったほうがいいだろう」

「普通、ね……」

「何だ?」

「何でもないわい」


 そう言って、ギプスは手を振った。

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