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第102話、二兎を追う者


「ひゃーはっはっはっー!」


 ギプスはハンドルを握りながら歓声を上げた。


「上手くいきおったのぅ!」

「上手く、いったのかなぁ……?」


 助手席で首を捻るのはエキナである。


「物凄く強引だったじゃないですか」

「強行突破とは違うじゃろう?」


 ニヤリとするギプス。


「お話の途中、ワイバーンが現れたから逃げた。何もおかしなことはないじゃろう。普通は、あの場面では逃げるもんじゃ」


 村や町だったなら、住人たちも蜘蛛の子を散らすように逃げるに違いない。不自然なことはない。

 クワンがため息をついた。


「そりゃそうだけどさ、ギプスの旦那。あれも充分、強行突破だろうよ」


 神殿騎士団の封鎖線を突破したのだから。


「あれが事故というなら、あそこまで戻る気ある? そのままトンズラこくつもりじゃないの?」

「おお、何を言っておるんじゃ若いの」


 ドワーフは終始ご機嫌である。すっと右手を挙げ、人差し指を上に向けた。


「わしらは、まだワイバーンに追われておる。絶賛、逃走中じゃ! こりゃ逃げんといかんじゃろ!」


 すっと頭上から影がよぎった。ワイバーンが、蒸気自動車にピタリと並走し、獲物を狙う機会を窺うように飛んでいる。


「神殿騎士団もこのさまを見れば、わしらのことを責めることはできんて。……というより、神殿騎士団は何をやっとるんじゃ! わしら一般人がワイバーンに襲われておるのに助けもせんのか!」

「神殿騎士様、助けてー」


 エキナが、あからさまな演技をする。このノリにのっかってみて、楽しくなったのか、彼女は声をあげて笑った。

 ギプスもガハハと笑い、クワンは再び嘆息した。


「それにしても、ラトゥンの旦那もよくやるよ……」


 荷台の最後尾に移動し、近くを飛んでいるワイバーンを見やる。


「どう見たって、本物にしか見えない」


 そう、今も並走しているこのワイバーン。ラトゥンが変身した姿であるのだ。

 魔女の隠れ家の前で、暴食という悪魔であることを明かしたラトゥン。皆それを知り、受け入れている今、彼は誰にも遠慮しなくなった。


 神殿騎士団の警戒を突破するに辺り、ラトゥンは仲間たちが直接、聖教会に刃向かうことなく、切り抜けられる策を考えた。


 それがワイバーンに襲われたドサクサに紛れて、封鎖を突破するというもの。もちろん、野生のワイバーンを都合よく襲わせるのはできないので、ラトゥンが化けてワイバーン役をやることになった。


 走行中、わざと蒸気が出るように制御し、ラトゥン自身、煙幕の魔法で足した状態で、煙に紛れて、車から降りる。それが遙か上空から監視していた神殿騎士を欺いたところで、後からワイバーンに変身して現れる。


 一番厄介である神殿騎士の乗るワイバーンを真っ先に排除し、追っ手と監視を潰したところで、あとは襲撃から逃げるフリして車は逃走。ワイバーンがそれをしつこく追いかける……。


 それは今のところ上手くいっている。それは間違いないとクワンも認めるが、そんな簡単なものではないと思うのだ。


「……お!」


 後ろを眺めていたら案の定、複数の蒸気自動車が追いかけてくるのが見えた。こんな魔境に、徒歩で来るとは思っていなかったが、やはり神殿騎士団も車を使っていたのだ。


「旦那! 神殿騎士団が追ってくる!」

「おーおー、ようやく助けに来たのか!」


 ギプスが下手くそな芝居をする。


「遅いのぅ。もっと早く助けにこんかい!」

「何言ってんの?」


 割と真顔で言うクワンである。ワイバーンが離れた。反転すると、追ってくる神殿騎士団の車両群へ突っ込む。


「あー、あー……」


 クワンは何とも言えない顔になる。先頭の車がワイバーンに踏みつぶされ、後続も混乱する。


「いいのかなぁ、こんなあからさまに、こっちを放って向こうに行って」


 これではワイバーンとグルだと見られてしまうのではないか。


「ワイバーンも、音の大きい方にかかったんじゃろな」


 気のない口調のギプス。エキナも。


「たくさんいる方が獲物に不自由しないと考えたのかもしれませんねー」

「……」


 クワンは視線を戻す。ラトゥンが化けたワイバーンは、追いかけてくる車を次々に潰し、蹴飛ばして大暴れしている。哀れ粉々になる自動人形兵。加減を知らない子供に翻弄される木の玩具だった。


「この分なら、追っ手の心配はしなくて済みそうだ」


 もうどうにでもなれ、という気分になり、クワンは腰を落ち着けた。何はともあれ、この様子では当面、面倒なことにはならないだろう。



  ・  ・  ・



 車両を追尾した部隊が、ワイバーンに蹂躙された。

 車を追わせた神殿騎士ガラーからの念話に、青の団長であるシデロスは思わず顔をしかめた。


「やられたのか?」

『申し訳ありません、団長』


 ガラーの念話は、痛みに耐えているせいか揺らいでいるように聞こえた。


『私めの車両は山道から崖に転落しました。他の車両は、おそらく全滅したかと』

「……ワイバーンは?」

『ひとしきり荒らした後、飛び去りました』

「わかった」


 シデロスは、ここ最近で一番の渋面を作った。


「生存者を連れて、戻ってこい』

『はっ、承知しました!』


 念話を切る。副長のシュペールが、じっとシデロスを見ている。


「ガラーだ。ワイバーンに車両部隊は全滅したらしい」

「面倒なことになりました」

「まったくだ」


 独立傭兵を捜索するため、部隊を展開している青の団である。このままではドワーフらを乗せた車は追跡できない。


「如何いたしますか?」

「どちらだと思う?」


 シデロスは宙を睨んだ。


「奴は、この付近に潜み、我々が車を追って手薄になっているのを待っている。それか、車の方にいて、我々が捜索しているうちにまんまと逃げおおせるか」


 こちらの姿を見れば、暴食ならば挑んでくると思っていたのだが、件の独立傭兵は暴食でないのか?


 あれだけ聖教会と神殿騎士団に執拗に攻撃を仕掛けてきた暴食にしては、違和感しかなかった。

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