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第101話、封鎖線を突破せよ


 蒸気自動車が現れた時、狭い山道を神殿騎士団は封鎖していた。


 青の団長であるシデロスは、もし車に乗っている者――独立傭兵が暴食であるならば、攻撃的態度に出ると考えていた。


 暴食は、聖教会と神殿騎士団に対して報復をする。それはこれまでの奴の行動を見れば自明であった。

 暴食によって、何人の悪魔神父や神官が殺され、騎士が失われたか。


 ――それに、あいつは私と因縁がある。


 シデロスは、あの日の出来事を思い出す。暴食討伐。その最中、弱っていた暴食を倒したがために、新たな暴食として取り込まれた人間のハンター――ラトという男を見ているのだ。


「私を見れば、奴は襲いかかってくる。そうだろう?」

「はっ、何か」


 副長のシュペールが聞き返してきた。実直を絵に描いたような男で、ゴーレムが人間になったよう、などと言われるほど表情が変わらない堅物である。


「独り言だよ、副長」


 もうもうと蒸気の煙を後ろになびかせながらやってきた車は、正面を陣取るバリケードを前に増速――することなく、減速した。


「おや……」


 神殿騎士と見れば、強行突破を図ると思ったシデロスである。車は激突を避け、ゆっくり速度を落とした。


「止まってしまえば、こちらのものだ」

「はっ」


 停車する車の周りを自動人形兵が取り囲む。神殿騎士のグロール――新参の若手騎士が、警戒しながら運転席に近づく。ドワーフの運転手が手を挙げた。


「やあやあ、神殿騎士団ですかい? こんな誰も通らない道を封鎖して、何かあったんですかい?」


 何も知らないといった風のドワーフ。グロールは眉をひそめた。


「独立傭兵を探している? 出てこい」

「あのー、何か御用ですか?」


 銀髪の少女が、何とも緊張感のない声を出した。一瞬、未亡人を連想させる黒ずくめに、グロールは目を剥いた。


「いや、男の方だ。奥にいる奴! 出てこい!」

「そんな怒鳴らなくてても聞こえているよ……」


 のっそりと、クワンが顔を出した。


「でもおれは、独立傭兵じゃないよ?」

「貴様ではないのか!?」

「護身用のナイフしか持っていない独立傭兵がいますかってんだ」

「……それは――いや待て、貴様ら四人組ではなかったのか!? もう一人はどこだ?」

「四人?」


 ドワーフは肩をすくめた。


「何を言っておる? わしらは三人じゃぞ?」

「そんな馬鹿なことがあるか!? 貴様らは四人だと報告を受けている!」


 グロールが声を荒らげると、ドワーフは眉をひそめる。


「そんなことを言っても、荷台にもおらんじゃろ」

「それに報告って――」


 銀髪の女が半ば呆れの表情で、グロールを睨んだ。


「わたしたち、報告されるようなことしました? 意味がわからないんですけど!」

「何の報告からは知らんが、その報告した奴に聞いたらどうじゃ?」


 ドワーフは不満顔をする。

 遠巻きにやりとりを見ていたシデロスは、念話を飛ばす。


「ケイル、一人、例の暴食疑惑のある男の独立傭兵がいない」

『いないのですか?』


 遥か上空を見張っているワイバーン。それに騎乗する神殿騎士ケイルは、不思議そうな調子の念話を返した。


『途中で車から降りた者はおりません。一度も停車しませんでしたから』

「しかし実際に、三人しかいないのだ。降りてこい」

『はっ!』


 点のように小さかったワイバーンがダイブしてくる。それを待つ間、シデロスは副長を見やる。


「ケイルも見ていないらしい」

「もしや、あの蒸気の中に紛れて脱出したのでは?」


 シュペールは真顔でそう指摘した。蒸気が煙幕のようになって、監視から逃れたという可能性。……そんな馬鹿な、とシデロスは首を横に振った。


「考えにくいが、どうしても見つからないというのであれば、そうかもしれん」


 上空からワイバーンが舞い降りた。バリケードを前、蒸気自動車を真ん中に起き、その退路を立つように、ワイバーンが着地。ケイルがその背中から下りると、グロールに合流した。


「ケイル先輩!」

「本当に三人しかいないのか!?」


 ケイルは車中と見て、エキナ、クワン、そしてギプスを順番に確認した。


「四人だったはずだ。もう一人の男は!?」

「何を言っておるんだ、神殿騎士のニィさん」


 ギプスは相好を崩した。


「さっきあんたと会った時も三人じゃったろ?」

「嘘をつくな!? 確かに四人――」

「危ない!?」


 悲鳴じみた警告が聞こえた。直後、車の後ろにいたワイバーンが何かに踏まれて押し倒された。ズシンと響き、一同が困惑する。


「ワイバーンだっ!?」


 武装神官が叫び、車の頭上をワイバーンがすり抜けた。そして前方のバリケードを踏み潰して、障害を破壊すると、自動人形兵を薙ぎ払った。


 耳障りな軋むような咆哮が響いた。

 シデロス、そしてシュペールも剣を抜いた。


「野生のワイバーンが襲ってくるだと!? このタイミングで!」


 この山脈には、ワイバーンが出没する。人が集まり過ぎたことで、呼び込んでしまったか。

 バリケードを破壊したワイバーンは、ふわりと飛び上がると、滞空しながら神殿騎士団を威圧する。


「うわっ、こりゃたまらんわい!」


 ドワーフは運転席についた。


「ワイバーンじゃ! 逃げるぞぃ!」


 蒸気自動車は走り出す。自動人形兵が一台、車にはねられたが、バリケードが破砕され、道が開けたことで、そのまま車は走り去る。


「あ、待て――!」


 武装神官が止めようとするも、頭上からワイバーンに吼えられて怯む。大きく翼をひとかきすることで、突風が起きて、自動人形兵が何体か転倒した。


 逃げる蒸気自動車だが、ワイバーンは逃げるものを本能的に追いかける習性があるのか、追いかけつつ、地上の騎士団を蹴飛ばした。


「団長!」

「わかっている! ケイル――貴様のワイバーンは!?」

「駄目です。やられました!」


 ケイルが報告した。先のワイバーンの奇襲で、ケイルの乗るワイバーンはその命を奪われた。すぐに追跡できる手段を失っていた。

 シデロスはその端正な顔を歪め、舌打ちする。


「隊を二手に分ける。一班は陣に戻り、車に搭乗。先の連中を追跡しろ。暴食の手掛かりかもしれん。残る一班は、暴食とおぼしき独立傭兵を捜索。車を囮に逃げた可能性がある!」


 青の部隊は動き出した。

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