蒸気自動車が現れた時、狭い山道を神殿騎士団は封鎖していた。
青の団長であるシデロスは、もし車に乗っている者――独立傭兵が暴食であるならば、攻撃的態度に出ると考えていた。
暴食は、聖教会と神殿騎士団に対して報復をする。それはこれまでの奴の行動を見れば自明であった。
暴食によって、何人の悪魔神父や神官が殺され、騎士が失われたか。
――それに、あいつは私と因縁がある。
シデロスは、あの日の出来事を思い出す。暴食討伐。その最中、弱っていた暴食を倒したがために、新たな暴食として取り込まれた人間のハンター――ラトという男を見ているのだ。
「私を見れば、奴は襲いかかってくる。そうだろう?」
「はっ、何か」
副長のシュペールが聞き返してきた。実直を絵に描いたような男で、ゴーレムが人間になったよう、などと言われるほど表情が変わらない堅物である。
「独り言だよ、副長」
もうもうと蒸気の煙を後ろになびかせながらやってきた車は、正面を陣取るバリケードを前に増速――することなく、減速した。
「おや……」
神殿騎士と見れば、強行突破を図ると思ったシデロスである。車は激突を避け、ゆっくり速度を落とした。
「止まってしまえば、こちらのものだ」
「はっ」
停車する車の周りを自動人形兵が取り囲む。神殿騎士のグロール――新参の若手騎士が、警戒しながら運転席に近づく。ドワーフの運転手が手を挙げた。
「やあやあ、神殿騎士団ですかい? こんな誰も通らない道を封鎖して、何かあったんですかい?」
何も知らないといった風のドワーフ。グロールは眉をひそめた。
「独立傭兵を探している? 出てこい」
「あのー、何か御用ですか?」
銀髪の少女が、何とも緊張感のない声を出した。一瞬、未亡人を連想させる黒ずくめに、グロールは目を剥いた。
「いや、男の方だ。奥にいる奴! 出てこい!」
「そんな怒鳴らなくてても聞こえているよ……」
のっそりと、クワンが顔を出した。
「でもおれは、独立傭兵じゃないよ?」
「貴様ではないのか!?」
「護身用のナイフしか持っていない独立傭兵がいますかってんだ」
「……それは――いや待て、貴様ら四人組ではなかったのか!? もう一人はどこだ?」
「四人?」
ドワーフは肩をすくめた。
「何を言っておる? わしらは三人じゃぞ?」
「そんな馬鹿なことがあるか!? 貴様らは四人だと報告を受けている!」
グロールが声を荒らげると、ドワーフは眉をひそめる。
「そんなことを言っても、荷台にもおらんじゃろ」
「それに報告って――」
銀髪の女が半ば呆れの表情で、グロールを睨んだ。
「わたしたち、報告されるようなことしました? 意味がわからないんですけど!」
「何の報告からは知らんが、その報告した奴に聞いたらどうじゃ?」
ドワーフは不満顔をする。
遠巻きにやりとりを見ていたシデロスは、念話を飛ばす。
「ケイル、一人、例の暴食疑惑のある男の独立傭兵がいない」
『いないのですか?』
遥か上空を見張っているワイバーン。それに騎乗する神殿騎士ケイルは、不思議そうな調子の念話を返した。
『途中で車から降りた者はおりません。一度も停車しませんでしたから』
「しかし実際に、三人しかいないのだ。降りてこい」
『はっ!』
点のように小さかったワイバーンがダイブしてくる。それを待つ間、シデロスは副長を見やる。
「ケイルも見ていないらしい」
「もしや、あの蒸気の中に紛れて脱出したのでは?」
シュペールは真顔でそう指摘した。蒸気が煙幕のようになって、監視から逃れたという可能性。……そんな馬鹿な、とシデロスは首を横に振った。
「考えにくいが、どうしても見つからないというのであれば、そうかもしれん」
上空からワイバーンが舞い降りた。バリケードを前、蒸気自動車を真ん中に起き、その退路を立つように、ワイバーンが着地。ケイルがその背中から下りると、グロールに合流した。
「ケイル先輩!」
「本当に三人しかいないのか!?」
ケイルは車中と見て、エキナ、クワン、そしてギプスを順番に確認した。
「四人だったはずだ。もう一人の男は!?」
「何を言っておるんだ、神殿騎士のニィさん」
ギプスは相好を崩した。
「さっきあんたと会った時も三人じゃったろ?」
「嘘をつくな!? 確かに四人――」
「危ない!?」
悲鳴じみた警告が聞こえた。直後、車の後ろにいたワイバーンが何かに踏まれて押し倒された。ズシンと響き、一同が困惑する。
「ワイバーンだっ!?」
武装神官が叫び、車の頭上をワイバーンがすり抜けた。そして前方のバリケードを踏み潰して、障害を破壊すると、自動人形兵を薙ぎ払った。
耳障りな軋むような咆哮が響いた。
シデロス、そしてシュペールも剣を抜いた。
「野生のワイバーンが襲ってくるだと!? このタイミングで!」
この山脈には、ワイバーンが出没する。人が集まり過ぎたことで、呼び込んでしまったか。
バリケードを破壊したワイバーンは、ふわりと飛び上がると、滞空しながら神殿騎士団を威圧する。
「うわっ、こりゃたまらんわい!」
ドワーフは運転席についた。
「ワイバーンじゃ! 逃げるぞぃ!」
蒸気自動車は走り出す。自動人形兵が一台、車にはねられたが、バリケードが破砕され、道が開けたことで、そのまま車は走り去る。
「あ、待て――!」
武装神官が止めようとするも、頭上からワイバーンに吼えられて怯む。大きく翼をひとかきすることで、突風が起きて、自動人形兵が何体か転倒した。
逃げる蒸気自動車だが、ワイバーンは逃げるものを本能的に追いかける習性があるのか、追いかけつつ、地上の騎士団を蹴飛ばした。
「団長!」
「わかっている! ケイル――貴様のワイバーンは!?」
「駄目です。やられました!」
ケイルが報告した。先のワイバーンの奇襲で、ケイルの乗るワイバーンはその命を奪われた。すぐに追跡できる手段を失っていた。
シデロスはその端正な顔を歪め、舌打ちする。
「隊を二手に分ける。一班は陣に戻り、車に搭乗。先の連中を追跡しろ。暴食の手掛かりかもしれん。残る一班は、暴食とおぼしき独立傭兵を捜索。車を囮に逃げた可能性がある!」
青の部隊は動き出した。