「探しましたよ、ラトゥン」
エキナは武装神官を葬ると、朗らかな笑みを浮かべてやってきた。待ち合わせしたのに来ないので心配しましたよ、という顔である。
日は相当傾き、間もなく夜となる。ラトゥンは、これでは仲間たちが探しにくるのも仕方ないと自嘲した。
「ちなみに、ここはどこだ? 村の中ではなさそうだが」
改めて当たりを見回せば、自分たちが出てきた地下出口以外、木々に囲まれた空き地のような場所で、民家は見当たらなかった。
「そうですね、村の外ですよ。そっちの林を抜けると、村が見えます」
エキナは明朗に答えた。ラトゥンは頷く。地下をだいぶ歩いたが、やはりというべきか、村の外まで通じていたらしい。
「それで、ですね……」
つかつかと、エキナが早足でラトゥンに詰め寄った。顔は笑っているが、何故か圧迫感があった。
「どうして、あちらに聖女様がいらっしゃるんです!」
声を落として、聖女――アリステリアに聞こえないに、かつ離れている彼女にわからないように問いかける。
「わかる?」
「聖女様のことですか? ええ、見ればわかりますよ! わからないのは、どうして王都にいるはずの彼女が、ここにいるかってことです……!」
「あのー、もしもーし」
そのアリステリアが、こちらに声をかけてきた。反応してエキナが振り返り、ラトゥンもそちらを見れば、聖女は手を振っている。わたくしのことを忘れないで――と言っているようだった。
「場所を変えよう」
ラトゥンは提案した。武装神官に扮した悪魔たちの死体がある中で、立ち話もなんだから。
「そこに空き家があります」
エキナは林の向こうを指さした。
「たぶん、空き家です。ひとまずそこで詳しく聞きましょうか」
「……ギプスたちと合流するのは駄目か?」
どうせそちらでも同じ話をする羽目になりそうだからと、ラトゥンは提案したが、エキナは笑顔のまま。
「聖女様がどういう立ち位置か把握してからです。……ほら、クワンさんは聖女様に用があるので、絶対話の腰を折られますって」
「……それもそうだな」
ラトゥンは同意した。アリステリアは疲れたのか、その場でしゃがみ込んで、こちらの様子を眺めていた。
・ ・ ・
「――空き家だって?」
ラトゥンは、エキナに誘導された家を見回して、口を曲げた。
明らかについ先ほどまで人がいたのがわかる。誰かがいて、生活していた。しかも、聖教会に関係する品や祭壇、神官服などもある。
「空き家ですよ。空き家になりました」
エキナはまったく悪びれない。
「村で、武装神官を見かけたので、後をつけて始末しました。だから空き家です」
「……」
表にいたカラド神父とその部下も全滅したので、空き家確定だろう。どうやらここが、彼らの隠れ家、拠点だったようだ。井戸の底に落としたアリステリアが戻ってくるまで、じっくり待つための。
「ということで」
エキナは改まると、アリステリアに一礼した。
「ご無礼を、聖女様。このような場所でお会いするとは思いませんでしたが」
「……ええ、またお見かけするとは思いませんでした、しかもこのような場所で」
アリステリアが教会の人間らしく振る舞いながら言えば、エキナはわずかに驚いた。
「わたしのことをご存じでしたか?」
「ええ、直接話したことはありませんが、以前、王都で何度かお見かけしました。……仮面、つけていらっしゃいましたね?」
「! ……はい」
処刑人であることを知っている。エキナは古傷に触れられたように、わずかに表情を固くした。これからも彼女は、過去に触れられるたびに、気まずい思いをすることになるのか。
「お名前、聞いてもよろしいかしら?」
「エキナと申します」
「そう、エキナ。よろしくね」
アリステリアは微笑んだ。エキナが処刑人だったとしても、差別もなければ、気にもしていないようだった。
「では、どこから話せばいいのかな?」
少し砕けた調子で、アリステリアは言った。現在の立場、彼女がトバルの村の井戸に落とされた理由。カラド神父の発言からわかったことを説明する。
「エルレインの涙……?」
「そう、これ」
アリステリアは、黄色く輝く宝玉を見せた。
「アーティファクトらしいのだけれど、カラド神父はこれを探していたらしいの。それでわたくしを井戸に落とすなんて、酷い話だわ。普通なら死んでいるわよ」
「まったくですね。……よく生きていましたね」
「そこは聖女ですから」
胸を張るアリステリア。
「それはそれとして、どこかへ通じる鍵らしいのだけれど、よくわからないのよね」
聖教会がそれを欲していた理由。悪魔たちが向かおうとしている場所。ラトゥンは、どうせろくなものではないと思う。できれば知りたくはないが、それがよからぬ企みであるなら、阻止する必要があった。
せっかく手に入れたエルレインの涙。これを聖教会に渡さないようにしなくてはならない。
「大体の事情はわかりました」
すっと、エキナは背筋を伸ばした。
「宝玉の件はとりあえず置いておくとして、これから聖女様はどうされますか? もう聖教会に戻るつもりは、ないんですよね?」
「ええ、さすがに、ああいう使われ方をしてしまうとね……。利用価値がある限りは、生かされるんでしょうけど、次同じようなことをやられたらさすがに死ぬと思うし」
アリステリアは、視線を彷徨わせた後、ラトゥンを見た。
「せっかく、教会から出られたんですもの。このまま雲隠れ……と行きたいところだけれど、わたくし、よそに伝手がないのよね」
暗に『守ってくれないかな』、という願望込みの視線。ラトゥンは腕を組んだ。
「確かに、あんたを聖教会の手元に置いておくというのはよろしくないな。護衛として雇いたいというのなら、報酬次第か」
「独立傭兵でしたっけ。……うーん、わたくし、手持ちがないのよね」
「それにですね――」
エキナが口を挟んだ。
「わたしたち、これから王都に行くので、聖女様的には真逆じゃないかなって思います」
「王都へ? 一体何をしに?」
「ラトゥン」
話してもいいんですか、とエキナが確認してくる。話せば後戻りできない。むしろ情報を明かせば、それこそ敵に話がいかないよう、アリステリアを放置できなくなる。
「聞けば、事が済むまで俺たちと一緒に行動することになるが……それでも聞くか?」