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第114話、聖女と呪いの行方


 知れば、行動を共にしてもらうことになる。暗に、別れるなら今だぞ、と滲ませたラトゥンだったが、アリステリアは迷いがほとんどなかった。


「いいわよ。どの道ね、わたくしに選んでいる余裕なんてないの」


 一人では生きられないし、聖教会と遭遇したら身を守る術がない。それならば、聖教会と敵対するラトゥンたちと行動したほうがよい、という。


「かえって狙われません?」


 エキナが指摘したが、アリステリアは肩をすくめる。


「表世界で見つかれば、どちらにしろ聖教会は狙ってくるわ」


 今は、カラド神父ら聖女がトバルの村にいた聖教会構成員が全滅しているので、聖女の行方も、聖教会は把握していない。このまま正体を隠せば、特に追っ手がつくこともない。


「バレさえしなければ、あなた達にも迷惑はかからないと思うわ。バレたら大変だけれど、それは何もわたくしに限らず、あなた達もそうでしょ?」


 それはそうだった。暴食とラトゥンが結びつけられてしまえば、即追っ手がつくのは間違いない。それでなくても、近頃怪しまれている気配がある。


「でも、危険ですよ?」


 エキナは告げた。


「敵の総本山に乗り込むわけですから」


 ラトゥンのこれまでの行動を考えれば、きっと王都大聖堂も潰すだろう、とエキナは想像していた。彼は周囲を巻き込まないようにしているが、エキナの本心を言えば、もっと頼ってほしいし、頼られなくても参戦する気でいた。


 つまり、荒事不可避である。アリステリアがついてくるというのであれば、それを承知でなければ困る。


「つまり、小さな反乱軍というわけですね」


 アリステリアは、小さく笑みを浮かべた。


「現行の聖教会が存続するなら、わたくしも一生追われる身になるわけですから、聖教会打倒は、わたくしの未来にも関わります。力を、貸しましょう」

「いいのか?」

「ええ。わたくしたちのこの出会いは、きっと運命だと思うの」


 アリステリアは自身の胸に手を当てた。


「わたくしの絶対運は、よい方向に転がった結果、この出会いをもたらした。わたくしは、そう信じます」

「何を信じるかは自由だが、面倒を承知なら、それでいいだろう」


 ラトゥンも腹を決めた。


「エキナもそれでいいか?」

「はい。ラトゥンがそう決めたのなら」


 彼女は頷いた。


「それじゃあ、ギプスさんたちと合流しましょうか。心配しているでしょうし、クワンさんは、それとは別に聖女様に会いたいと思いますし」

「呪いの件か」


 ラトゥンは思い出す。エキナが言っていたことだが、クワンの呪いも、聖女ならば解くことができるかもしれない。


「呪い?」


 小首をかしげるアリステリア。ラトゥンは告げた。


「あんたに診てもらいたい奴がいる。性別転換というのかな、その呪いで悩んでいる奴なんだが――」



  ・  ・  ・



 ギプスが村に宿をとっていたが、エキナは、ドワーフとクワンを、聖教会が使っていた家に呼びつけた。


 聖女を保護したので、その説明をしなくてはいけない。だが村の誰かに聞かれて、騒ぎになれば、聖教会に生存話が伝わってしまう可能性が高い。だから、主のいなくなった家の中で話すのだ。

 やってきた二人に、井戸の底の冒険と聖教会、そして聖女の話をした。


「聖女! まさか、そんな――」


 案の定、クワンは驚き、ニコニコしているアリステリアの前に跪いた。


「お願いだ、聖女様。おれ、私の呪いを解いてほしい」

「少し、視させてもらいますね」


 アリステリアは、じっとクワンを見つめた。あまりにまじまじと見るので、クワンは少々居心地が悪そうだった。人が正面からの注視に耐えられる時間というのは、案外短いのだ。

 やがて、アリステリアは背筋を伸ばして、椅子に座り直した。


「いい話と悪い話があります。……あなたはどちらから聞きたいですか?」

「いい、悪い話?」


 猛烈に嫌な予感がしたのか、クワンは息を呑む。まさか、呪いは解けないと言われてしまうのではないか。不安がその心に広がっていく。


「どちらがいいですか?」

「……ちなみに、悪い話というのは、どれくらいヤバいのかな?」


 クワンが日和った。その問いかけは、実質、悪い方の内容に片足を突っ込んでいるようなものだ。

 そんな本人にとっては苦渋の問いかけに、全然深刻さの欠片もない調子でアリステリアは言った。


「では、いいお話から。……まず、あなたの呪いは、解けます。元に戻れるでしょう」

「……ほっ、よかった」


 クワンが心底安堵した。後ろで黙って聞いていたギプスは、どこか不満そうな顔になって、ラトゥンとエキナへ視線を向けた。


「それで……悪い話というのは?」

「今すぐというわけにはいかないことです」

「どういうこと?」

「この強烈な呪いを解くには、それ相応の魔力が必要なんです。それで、現状、わたくし単独の魔力では、一度に解呪ができません」


 いま呪いを解こうとすると、中途半端な状態で中断せねばならない。それだけ魔力の消費が大きく、実行すればアリステリアも一週間程度動けなくなるだろうという。


 その間、今よりさらに男か女かわからない状態になって待ち続けることができるか、と言われたら、クワンもさすがに首を横に振った。


「つまり……どうすればいいんだ?」

「解呪のために、魔力を蓄えている触媒、というか道具があれば、わたくしの魔力と足して、一度で行けるのではないか、と思います」

「つまり……?」

「儀式に使うような魔術師や聖職者の杖みたいなものを、別に用意する必要があるということです」


 アリステリアは、今は着ているもの以外、持ち物がない。エルレインの涙は拾い物の上、効果が怪しいので除外すれば、どこかで魔法用の杖や指輪など、調達しないといけない。


「誰か、そういうアイテムになりそうな物はありますか?」


 聖女に問いに、ラトゥン、ギプス、エキナは顔を見合わせる。

「ない」


 ギプスは答えた。蒸気自動車に、魔石が積まれているが、それも代用にならないかとラトゥンは気づいたが、ギプスが許すとは思えず黙る。ここにきて車が使えなくなるのも面倒であるから。

 そこでエキナが「あ」と声を上げた。


「ここ、聖教会の悪魔たちが拠点にしていました。ここにあるものを探れば、そういう杖とか、魔力の足しになるもの、ないでしょうか?」


 灯台もと暗し、である。ラトゥンたちは、さっそく家の中の物色を始めた。

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