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第115話、聖教会荒らし


「かーっ、教会を名乗っておるくせに、ろくなもんがないのぅ」


 ギプスが悪態をつくのも仕方がなかった。

 聖教会員たちの隠れ家。そこで彼らが持ち込んだだろう品物を漁ったが、魔力を蓄えた杖など、マジックアイテム的なものは見つからなかった。


「一応、聖職者の杖はありましたけど……」


 エキナが、アリステリアに杖を見せた。金の飾りがついた如何にも高級そうなものだったが、聖女は首を横に振った。


「これでは足しにならないですね。祭事の際に、偉い人の見栄えがよくなるように持つ飾りです」

「見た目だけか」


 ラトゥンが苦笑すれば、ギプスも鼻で笑った。


「あやつらは人に化けておる悪魔なのじゃろう? 本当に神聖な力を持った杖なぞ、持っておるものか」

「……真面目に探してる!?」


 クワンが声を上げた。自分の呪いのことだから真剣なのはわかるが――


「探しておるじゃろうが」


 ギプスが噛みつくように返した。手を動かしていれば、間違っても八つ当たりされるおぼえはない。


「残念ながら、ここに頼りになりそうなものはなさそうだ」


 ラトゥンは探すのをやめて立ち上がった。


「とりあえず、聖教会の教会でも襲撃するか。地下に、もしかしたら、儀式用の魔力の元になりそうなものがあるかもしれないし」

「とりあえず――」


 アリステリアは複雑な笑みを浮かべた。


「とりあえず、でやることではないんですよね……」

「言葉にすると凄いですよね」


 エキナが同意した。


「世間から見たら、やってること、悪党ですもん」

「聖教会が悪魔の巣窟と知れば、その見方は百八十度変わるだろうよ」


 ラトゥンは皮肉った。


「それで、この村に教会は?」

「ないぞ」


 ギプスは答えた。


「ここから西にちょっと言ったところにあるランサの村にあったはずじゃ。……王都までの通り道じゃよ」

「じゃあ、そこにお邪魔することにしよう」


 方針が定まったので、今日はもう休むことになった。すでに日は落ち、夜の闇が村を包み込んでいた。



  ・  ・  ・



「……まさかそのまま夜中に動かないわけないですよね、ラトゥン?」


 知っていますとばかりにエキナは言うのだ。

 真夜中である。ラトゥンは肩をすくめた。


「真っ昼間に教会を襲撃するわけにはいかないからなぁ。夜のうちに仕掛けて、朝までに戻れば、俺たちが怪しまれることはないだろう」

「ですね。襲われた後に、たまたま通りかかった、ですから」


 エキナは共犯者の笑みを浮かべる。

 本当は一人で行くつもりのラトゥンだったが、それはお見通しのエキナが、ついてきた。こっそり抜け出そうとしたが、今度こそ捕まった。


「じゃあ、行くか」


 前々からラトゥンの一人行動に不満を見せていたエキナである。自覚があったから、ラトゥンは今更どうこうは言わない。


 大狼に変身したラトゥンは、エキナを背中に乗せて、次の村であるランサを目指して道を辿った。


「飛んだほうが早くないですか? ワイバーンとか」


 エキナは、以前ラトゥンが飛竜に化けたのを知っているからそう指摘した。大狼は首を振った。


『あれは意外に疲れるんだ』

「ああ……」


 彼女は納得した。この辺りの地理に詳しくないラトゥン――大狼は、道に沿って走ることで目的の村を目指した。王都にいたことのあるエキナも一緒だから、万が一間違えることがあっても修正できる。


 そして長距離疾走を続けること1時間ほど、夜闇に包まれる集落に到着した。


『人の気配がないな』

「そりゃあ、真夜中ですから。村人は寝静まっているでしょう」


 村へ近づく。モンスター防止用の壁が建っていて、その高さは1メートル半というところ。ラトゥンは変身を解いて、石壁から村の中を覗き見る。


「……エキナ、見えるか?」


 声を落とし、ざっと眺めるラトゥンの隣で、同じくエキナも壁に張り付いて見張る。


「月明かりで、何とか。……出歩いている人はいないようです」

「監視塔がある」


 村の中央近くに建っているそれは、他の建物より高い。奥の方に見える村の教会よりも。


「でも見張りはいないな」


 明かりもなく、人の気配もない。夜は視界が限られるから、監視役がいないのか。


「無用心だ。それとも、この辺りは治安がいいのかな?」

「単に人がいないのかもしれないです」


 エキナは首を振った。


「前に来た時は、もっと普通だったんです。でも今、傷んでいる家が多いように見えます」

「人がいなくなったから、か」


 壊れたまま放置ということはそういうことか。過疎化が進んだ結果だろうか。グレゴリオ山脈への通り道程度では、価値が低いということか。


「やることは変わらない。顔は隠せるか?」

「仮面、持ってます」


 処刑人時代の仮面をつけるエキナ。


「ラトゥンは?」

「俺はこれ」


 頭蓋骨を模したマスクを被る。魔力で生成したものなので、解除すれば消えるし、必要とあれば別の形に変わる優れ物だ。


 ラトゥンは壁に手をつき、村に入り込んだ。人はいなくても聖教会があって、悪魔たちがいるなら、まったく無防備ということもないはずだった。

 警戒しつつ、ラトゥンとエキナは村の家と家の間を進み、聖教会へ。


「妙だな。……静か過ぎる」


 教会も静粛の中にあって、窓から明かりが漏れることもなく、廃墟かと錯覚しそうだった。


「この村、実は人っ子一人いないってか」


 教会の敷地内を素早く駆け抜け、裏手へと回る。


「正面から行かないんですね」

「教会の周りを観察したい」


 本当に無人なのか。何か人の痕跡がないのか。用心を重ね、ぐるりと敷地を一周するが、やはり何もなかった。

 裏口の扉のノブを捻れば、あっさりと開いた。


「今回はこちらから入ろう。この村は相当、治安がいいんだな」


 泥棒も出ないから、鍵は必要ない。そう思える。埃の積もった室内。普段から使っていないのが見てとれた。

 中から礼拝堂の方へ回る。ラトゥンは口元に指を立てた。エキナがさらに声を絞った。


「何です……?」

「音が聞こえる」


 祭壇下、いつものように地下があって、そこから金属を叩くような音が微かに漏れ聞こえていた。


「悪魔どもは、ちゃんといたようだ」


 そこも無人だったら来た意味がなかった、と思うところだった。違う意味でホッとしつつ、ラトゥンは礼拝堂を横切ると祭壇そばの地下への階段を見つけた。

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