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第116話、地下工場の秘密


 聖教会の建てた教会というのは、細部は異なれど、基本的な構造は似通っている。


 どこに転任しても、すぐに慣れるようにという配慮なのかもしれない。それか宗教上の理由で、同じような構造で作らないといけない決まりでもあるのかもしれない。


 礼拝堂の祭壇の裏に、地下へ通じる階段があって通路が伸びている。ここまではいつもと同じようだった。


「この音は何だ……?」


 カーン、カーンと金属が打ち付けられるような音と、低く何かが振動しているような音がずっと鳴っている。エキナは首を捻った。


「機械が動いているような感じですね。ほら、ギプスさんの車のエンジンがかかっている時みたいな」

「あれとは音が違うが……何かしら機械が、というのは当たりかもしれないな」


 用心しつつ先を目指す。音に紛れるとはいえ、あまり大きな足音を立てるのもよろしくない。こちらは不法侵入をしている身だ。今まで誰とも遭遇していないとはいえ、一度でも会えば、荒事になるのは確定している。


「ラトゥン。この先――」

「赤いな」


 ぼんやりと、赤みがかる光で室内が照らされている。真っ赤ではないが、オレンジに近いかもしれない。


「表は同じようなのに、地下はどこも違うんだな」


 最近入ったパトリの町の教会地下は、途中から地下洞窟になっていた。しかしここは――


「何だ、これは……」

「大きいですね」


 エキナも息を呑む。

 広がっているのは大空洞。しかしそこには機械があって――


「ラトゥン、あれは……!」

「自動人形兵……」


 しばし言葉を失う。そこは聖教会の使っている自動人形の製造工場だった。自動化されているのか、流れ作業で自動人形兵が組み立てられていて、完成したものから並べられている。


「人がいないのに勝手に作られているのか……!」

「これも悪魔の魔法技術なのでしょうか?」


 エキナも驚きを画せないようだった。処刑人として王都にいたことがある彼女も、こういう施設のことは知らなかったようである。先日、アリステリアが部門が違う云々言っていたから、そういうものかもしれない。


「こういうの、知っていたか? 自動人形兵がどうやって作られていたか」

「いいえ。今まで気にもしていませんでした。もっと疑問に思うべきだったかもしれません」


 階段を下る。聖教会の人間、悪魔の姿は見当たらない。にもかかわらず、巨大な機械は、自動人形を作り続けている。まるで、この空間内にあるもの全てが、一つの生き物の体の中のようだった。


「気味が悪いな。勝手に動く機械なんて」

「それ、自動人形兵も当てはまりますね」

「……そう言えば、そうだな。あれは、どうやって動いているんだろうな。魔法かそれに近い何かだと思っていたんだが」

「そういえば……そうですね」


 神殿騎士や武装神官らと行動を共にし、命令どおりに動く自動人形。一応の戦闘や作業をこなせるが、強いかと言われると、大の大人でも抵抗可能で、熟練のハンターなどからすれば単独であたる分には雑魚である。


「よく考えたら、あれを動かすのって簡単ではないと思うんですけど。ハイレベルな人形使い、職人たちが作るものなんでしょうか」

「外見については、答えが出たわけだ」


 機械によって量産されていく自動人形兵。ただ、これら人形兵はピクリとも動かず、まだ中身は実装されていないようだった。


「あれから、どうやって動くのか気になるな」


 その光景を拝んでみたいと思うラトゥンである。もっともそれを知ったからどうということもないのだが。敵として相対したら、叩き壊すだけだ。

 その時、ゴウンと重い音がして、自動人形兵を作っていた機械が止まった。騒がしかったものが、急に静かになり、ラトゥンとエキナはより警戒した。

 もしかしたら、侵入に気付かれたか……?


「……! エキナ」


 ラトゥンは近くの機械に隠れるよう合図した。

 機械の駆動音と足音が聞こえたのだ。人間や悪魔のそれではないが、歩行している、つまり別に動いているものがあるということである。監視用の自動人形かもしれない。


 それはやたら重厚な自動人形だった。量産型人形兵より一回り大きいそれは、機械を操作する。すると外装は完成して、並べられている自動人形の一列が持ち上がり、カートによって自動で運ばれた。目の前に止まったカートの取っ手を掴むと、重厚自動人形は運搬を始めた。


 どこへ運ぶつもりだ?――ラトゥンはエキナに頷き、慎重に後を追った。ドアのない入り口、そのアーチをくぐって隣の部屋に入ると、そこにようやく人がいた。


 頭巾を被った怪しげな黒服の魔術師たちは、重厚な自動人形が運んできた自動人形兵を見ると、テーブルの上に置かれ、積まれた筒状の透明ケースを手に取り始めた。


 近くの木箱の裏に、身を潜めるラトゥンとエキナ。頭巾の魔術師たちが持っているケースの中身は、青白い炎。エキナが息を呑んだ。


「ラトゥン、あれって――」

「魂だ、たぶん」


 魔女の館で見たそれ。人魂、人間の魂。魔女はコレクションだと言っていたが、それと同じようなものが、透明ケースに入られて運ばれている。


「……」


 魔術師たちは、自動人形兵の胸に透明ケースを押し付ける。すると中の魂が、すっと自動人形兵に吸い込まれた。ギンと、人形の目が光る。


「……!」


 ラトゥンは絶句する。まさか、自動人形兵が動く理由は、魂を封入したからなのか。


 ――それなら、今まで破壊してきた人形兵は……。


 人間だったものが入っていた。そうとは知らず、機械だからと壊し回ったが。


「何の魂でしょうか……?」


 エキナが囁くような小声で言った。何の――一瞬、意味がわからなかったラトゥンだが、彼女の言わんとしていることに気づく。


 人魂のように見えるが、何も人間のものと決まっていないのではないか? そこらの動物、いや動作などを考えたらゴブリンなどの下級亜人の魂が使われているので、と彼女は言っているのだ。

 だが現実は非情だった。


「――しかし、馬鹿なことをしたものだ。この施設に忍び込むとは」

「子供というのはどこにでも入り込みますからな」

「おかげで村人全員が、人形落ちだ。まったく」

「高くつきましたな」

「秘密を知られたからには、疑わしい者は全員裁く。それが機密保持の鉄則だ」


 魔術師たちの会話に、ラトゥンは目元が暗くなった。あいつらは村人の魂を、あの人形兵に入れたようだ。つまり、自動人形兵は人の魂で動いているのだ。


 どうやら、この施設を村の子供が目撃し、聖教会は口封じのために村人全員を、自動人形兵の素材にしてしまったようだった。


 ――聖教会め……!


 ラトゥンの中で、憤りが迸った。

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