ランサの村の地下には、聖教会の自動人形兵の製造工場があった。
それだけならば、武器の大工房と変わらない。しかしその自動人形兵を作るために、人間の魂が使われるとなれば、話は変わってくる。
これまで聖教会の人形として、何も考えず破壊してきたラトゥンは、とりわけ強いショックを受けた。
頭巾の魔術師たちの話から推測すると、人形兵の魂は一般人のものの可能性が高い。魂を抜かれ、人形に閉じ込められるなど、正気の沙汰ではない。そんな魂の入った人形兵を、問答無用で破壊してきたと思うと、やりきれない。
「エキナ」
ラトゥンは低い声を出した。
「一人を残して、あいつらを殲滅する」
「……了解です!」
返事を聞き、ラトゥンは身を隠していた木箱の裏から飛び出した。
ダッ、と踏み出す足音に、頭巾の魔術師たちが振り返り、ギョッとする。怪物マスクの男と処刑人仮面の女が武器を手に迫ってきたからだ。
あっ、と声を上げた時には、一番近くにいた者が、一刀両断された。
「何者!?」
「侵入だ――うわっ」
頭巾の魔術師らが慌てて下がろうとするが、ラトゥンの暗黒剣、エキナのエクセキューショナーズソードが、一人、また一人と切り捨てていく。
「紅蓮なる炎、我が意を受けて――」
「遅いっ!」
詠唱途中の魔術師を、ラトゥンは暗黒剣で一刺しにした。エキナは、魔術師らが別口から逃げないように回り込む。
「エポドス! やれ!」
魔術師の一人が叫ぶ。
「あの侵入者どもを殺せ!」
ギギっ、と音を立てて、重厚な自動人形が動き出した。カートで運搬を担当していたそれは、カートをひっくり返すと、ラトゥンへと向かう。
『排除。排除』
――喋った!?
自動人形も返事ができるのか。それはともかく、人間のそれより一回り大きく、見るからにパワーがありそうなそれ――エポドスが腕を振り上げた。
ラトゥンはそれを躱すが、エポドスの一撃は床に亀裂を走らせる。人間など、軽くミンチにできそうだ。
「こいつも、人間の魂が……?」
これまでの人形兵は喋らなかったが、喋れなかっただけだとしたら? エポドスのように、本当は何か語りかけていたものもあったのではないか。
――それを、俺は……!
破壊した。敵だから。
エポドスが向かってくる。さらに腕を振り上げて。
『排除!』
その腕は、ラトゥンの暗黒剣によって弾かれた。金属の外装は鎧のように硬く、ラトゥンの剣でも両断できなかった。
――こいつは、もう人として受け答えできないのか?
機械が声を発するが、『排除』としか言わない。魂は燃料みたいなもので、既に意識などが存在していなかったなら?
あのまま動かされるより、解放してやるべきではないのか?
「試してみる!」
再び振るわれたエポドスの腕を屈んで回避すると、ラトゥンは声を張り上げた。
「おい! エポドスって言ったな! お前、話はできるのか!?」
敵対しているものの前で、ずいぶんと迂闊なことをしている自覚はある。だがこれは大事なことだ。
「エポドス!」
『オマエ、敵』
違う言葉を発した。人として意思が存在する!
「エポドス、話をしよう! お前は元は人間だったんじゃないのか?」
『ニンゲン……。ニンゲン』
繰り返しつつ、エポドスは腕を叩きつけて、ラトゥンを潰そうとする。
「待てって! 俺はお前の敵じゃあない!」
『オマエは敵だ』
話を聞いているが、敵対は変わらず。ラトゥンは言った。
「俺の敵は聖教会だ。お前は、聖教会の一員なのか?」
『聖教会……』
一瞬、エポドスは止まった。ガタガタと全身が震えだす。
『オレ、は、聖教会の騎士――』
騎士? 神殿騎士か?――ラトゥンは眉をひそめる。
「お前は、神殿騎士なのか?』
『神殿、騎士……オレ、は、神殿騎士、だった……』
神殿騎士なのに、自動人形の中に魂を入れられてしまったのだろうか。嫌な予感がしてきた。
「それはお前が望んだ姿なのか!?」
ラトゥンは投げかける。問うてはいるが、神殿騎士になれるような人間なら、自動人形などよりもよっぽど働ける。人形になりたいという風変わりな思考の持ち主でもなければ。そう考えるなら、魂を人形に入れられるのは懲罰的なものではないか。
『オレ、の、望み……これは、オレの望み――』
声には悩みのようなものが混じっていた。しかし、人形のボディはなお動き、ラトゥンに襲いかかってくる。
「考えるか、攻撃するか、どっちにかにしろ!」
『オレは、侵入者を排除しなければならない。――オレの望みは』
心と体が別々のように感じられる言動。ラトゥンは決めた。
「わかった。それなら話をしようじゃないか!」
人間状態のまま、腕に魔力を通して力を強化。ぶん回された腕を、暗黒剣で叩き切る。外殻を裂き、中の機械、断裂面が露出する。
「次は左!」
両腕を破壊し。次に、右足、そして左足と切り落とし、エポドスは床に落下した。四肢を失い、ひっくり返った亀のように腹をさらせば、人形は抵抗できない。
ちら、と辺りを一瞥すれば、仮面の魔術師は、エキナが一人を残して倒していた。仲間がいてくれてよかった。最後の一人は首に縄を巻かれて、宙づり寸前の状態だった。爪先で何とか立っている有様で、首を絞めないよう頑張っている。
――そいつには、しばらくそのままでいてもらおう。
ラトゥンはエキナに頷くと、倒れているエポドスに向き直った。
「さて、話を続けようか、エポドス。お前は何者だ?」
悪魔と契約する神殿騎士。元から悪魔である場合は違うが、人間が神殿騎士となる場合、強さや力と引き換えに何か強い願望が叶ったことで、魂を悪魔の玩具とされる。
神殿騎士から、悪魔に昇格することもあれば、そのまま使い勝手のいい駒として神殿騎士であり続けることが多い印象だ。
わざわざ自動人形にその魂を使うのは、使い方としてはもったいない。こんな人形よりも、神殿騎士として相対したほうが、普通に面倒だとラトゥンは思うのだ。
だからこそ、知りたい。どうしてこうなったのか?
「エポドス、それはお前の本当の名前か?」
試しに問えば、エポドスの目がチカチカと光った。
『オレの名前、エポドス……エポドス。オレの、なまえ――』
カクカクと首が動く。
『名前――オレの名前――なまえ』
これは大丈夫なのか。見守るラトゥンも少し不安になってきた。四肢を破壊したことで、思考にも悪い影響を与えてしまったのではないか。
頭巾の魔術師の生き残りに尋問対象を変えるべきだろうか。ラトゥンが逡巡した時、エポドスは言った。
『オレの名、まえは――アイガー。そう、アイガー、だ』