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第118話、自動人形兵としての末路


 アイガー、と自動人形は名乗った。


 その名前に、ラトゥンはおぼえがった。

 銀の悪魔アルギューロスの部隊にいた若い神殿騎士だ。聖教会が悪魔の運営する組織と知らず、神を信じ、代行する者として世の悪を倒すと信じている人間。……そのはずだった。


「お前は、神殿騎士のアイガーか?」


 確認するように、ラトゥンは問うた。


「アルギューロスの部下だった、あのアイガーか?」

『……アルギューロス――隊長――』


 エポドスの目は点滅を繰り返している。


 これの中身がアイガーという若者だったのなら、彼は王都に向かったはずだった。ラトゥンが、副隊長のスヴァーチになりすまし、聖教会の秘密を暴露。それが真実かどうか、自分の目で確かめてこいと、見逃したのだ。

 それが――


「なんで、こんなことに……」


 正義を信じて、騎士としてあろうとした彼が、金属の塊に成り果てて。

 哀れであり、悪いことがあったのでは、と察してしまう。送り出したラトゥンとしても、気分がよいものではなかった。


 怒りが、首を吊られかかっている頭巾の魔術師に向く。ラトゥンはそちらに詰め寄った。


「おい! これはどういうことだ!? 何故、神殿騎士が人形の中に入っている!?」

「し、知らない! 私は知らない――」


 魔術師は動けないなりに首を小刻みに横に振った。


「あれは、作業用の自動人形だ。中の魂が誰かなんて、知らない!」

「こいつは神殿騎士だったんだぞ!」


 ラトゥンは顔を近づける。化け物マスクが間近にあって、魔術師は震える。


「神殿騎士が人形に入れられるのは、よくあることなのか!?」

「それは……わからない! 少なくとも私は初めて聞いたんだ、嘘じゃない!」


 本当のことを話していると強く主張する魔術師。そこへエキナが割って入るように、ラトゥンの肩を押さえた。


「落ち着いてください、怪物マスクさん」


 誰が怪物マスクだ――言いかけ、そういえばこれでも正体を隠しているわけで、互いに名前を呼べない状況なのを思い出した。聖教会の魔術師がいる前で、つい彼女を名前で呼んでしまうところだった。

 自分でも熱くなっていると自覚し、ラトゥンは小さく息を吐いた。


「……大丈夫。大丈夫だ」

「何があったんですか?」

「ちょっとした知り合いだ」


 ラトゥンは嘘ではないが、尋問の途中でもあって説明は略した。


「人間だったところを知っていたからな」

「そうでしたか……」


 仮面ごしにはわからないが、エキナの表情はおそらく曇っているだろう。ラトゥンは魔術師に近づいた。


「ここは自動人形兵を作っていた。そうだな?」

「そ、そうだ!」


 頷くように目を上下させる魔術師である。相変わらずロープのせいで、爪先立ちだが、だいぶきついのかプルプル震えている。ここまで正直に話しているようだが、そうさせるのもこの苦しい体勢のせいかもしれない。


「そこに転がっている――」


 戦闘のせいで、場が荒らされた結果、壊れた自動人形兵や魔術師らの死体、そして透明ケースが落ちていた。


「ケースの中にあったのは、人の魂のようだったが……そうなのか?」

「……っ!」

「どうなんだ!?」

「そ、そうです! 人間の魂ですっ!」


 脅しつけたら、魔術師は声を張り上げた。ラトゥンは畳み掛ける。


「この村の人間もか?」

「……は、はい。この施設の秘密が知られたので、く、口封じに」

「村人は?」

「は……?」

「魂を抜き取った後の体は?」


 その問いは答えにくいものだったようで、魔術師は躊躇った。だがラトゥンが胴を小突けば、彼は観念した。


「しょ、処分しました! 魂がなくなった体は死んでいるのと同じ状態なので、腐敗がひどくなる前に……」


 人形から助ける方法があれば、と思ったラトゥンだが、少なくともこの場で村人を救えないことがわかった。苛立ちが募る。


「魂を抜き取られたら、その体は死ぬ。助ける方法はないのか?」

「さほど時間を置かず、すぐに魂を戻せれば……。でも時間が経つと、体のほうが腐敗を始めてしまうので」


 エキナは落ちている透明ケースを拾う。何やら円が刻まれているが、先ほど自動人形兵に魂を移す時、その円の部分を押しつけていたような――


「魂は、どうやって抜き取る?」


 怪物マスクごしに睨みつけると魔術師は怯んだ。



「魂抜きの邪法があ、ありまして、それを使って、人体から魂を抜き取り、ます……!」

「このケースを押しつけた程度では、抜けないか」


 ラトゥンもケースを取り、魔術師の体に円のついた部分を押しつけてみる。


「そうなります。その円は中に封じた魂を外に出すためのものなので、逆は、な、ないです……」

「それは命拾いしたな」


 もしこのケースで魂を抜けるなら、試してやろうと思ったが。この村の住民から魂を抜き出し、道具に利用したように。


 そこでエキナが尋ねた。


「体を失って魂になってしまった人は、助けられないのですか?」

「他に魂が宿れる肉体があるなら、移すことはできるが……。魂は自動人形兵に刻まれた命令に従属するから、もう人としての意識があるかは怪しい、です」


 魔術師は、ラトゥン以上にエキナに対してびびっていた。エポドスを相手にしていたラトゥンと違い、彼女は魔術師の仲間たちを皆殺しにしているからだろう。


 ラトゥンは眉間にしわを寄せる。魂が封入されたら、自動人形兵として動かされる。自由もなく喋ることもできず、何より人としての意思も奪われる。考え得る限り、最悪の状態の一つだろう。


「自動人形兵に入れられる魂は、犯罪者で……。強制労働、厳罰の一つで……その、本来は――」


 魔術師の声は段々小さくなる。村人を犯罪者として扱い、人形兵にしたの正当性を認めることはできないラトゥンである。


 刑罰執行という点では、なるほど自動人形に魂を封じるというのは、強制労働刑と考えれば、ある意味合点がいく。死刑にされて当然な犯罪者に対して執行されるというのであれば、案外世間は認めるかもしれない。


 だが実態は、自分たちの都合の悪い存在を葬るための手段として、聖教会が利用している。ラトゥンは、床に横たわるエポドスを見下ろす。


「自動人形に人としての意識があるか怪しいと言ったが、こいつはどうなんだ?」

「そ、それは……意識あるかも、です、はい……」


 魔術師もわからないという調子だった。ここまでの証言からすると、アイガーは聖教会の真実の姿を探ろうとして、悪魔たちにやられ、その魂をエポドスに封じられた、というところだろう。


「なんてことを……」

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