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第119話、それは哀れみか


 ランサの村の地下に、自動人形兵の製造工場があった。だが恐るべきは、自動人形を動かすのに、人間の魂が用いられていたこと。


 作業用人形に、正義に燃えた神殿騎士の若者の魂が使われたことに、ラトゥンはショックを受けた。


「何とか助けてやれないものか……」


 悪党の魂を封入する。それが刑罰の一つと聞けば、そんなものかもしれないと一応の理解はできる。しかし、単に組織にとって都合の悪い存在を使用するというのでは、話が違う。

 ……聖教会の悪魔連中を自動人形兵に封じ込めてやりたい。


 怪物マスク――ラトゥンは、捕まえている頭巾の魔術師に詰め寄った。


「お前、人の魂を抜き取る邪法があると言ったな? お前も使えるのか?」

「っ……!」

「どうなんだ!?」

「つ、使えますっ!」


 思った通りだった。そもそもここにいた者たちの格好が、教会の他の場所では見たことがないもの。ここまであからさまな魔術師の姿をしているのは、特別な職、または術者だろうと思っていた。


「その邪法で、この人形から魂を抜き取ることは?」

「か、可能ですっ!」


 完全に怯んだ様子の頭巾の魔術師。


「ですが、抜き取った魂は――」

「とりあえず、このケースに入れるのだろう?」


 そのための輸送用ケースと見た。


「ちなみに、ないとどうなる? ケースに入れないと」

「自然に消滅してしまいます。強い念があれば、ゴースト化しますが、普通はそのまま霧散してしまいます」

「魔女のところに鳥籠のような檻に入っている魂を見た」


 魔女と言葉を出した時、魔術師は「ヒッ」と小さく悲鳴を出した。会ったことがあるのだろうか? あるいは噂か。少なくとも魔女を恐れているような態度だった。


「あれは密閉されていなかったが、消えなかったぞ?」

「そ、それはわかりません。ですが、普通は魂がむき出しでそれを保つことはできないんです。その檻に仕掛けがあるのかも――」


 そう考えるのが妥当だろう。今のところ、この魔術師は全て本当のことを話しているようだった。


「次の質問だ。自動人形は、お前たち聖教会の人間の言うことに従っている。どうして反抗しない?」

「そ、それは、そのように人形に魔力回路が予めセットされているからです。命令には従うように――」


 それで、人の魂が入っているのに、皆、神殿騎士や武装神官の言うことに従順だったわけだ。凶悪犯の魂が、人形兵になったからと言って素直に従うとは考え難い。


 自動人形兵たちの容赦のない行動を見れば、何かで脅されて従っている、という風には感じられなかった。画一的で、だからこそ人形に人の魂が入っているなどと微塵も疑わなかったのだ。


 その従属させている回路をどうにかできれば、体は人形でも、自分の意思で自由に行動できるのではないか? 聖教会に利用され、人形に閉じ込められたアイガーも、わずかながらでも救えるのでは。


「その魔力回路は、とってしまっても問題ないか? どうなんだっ!?」

「はっ、はい! あ、いえ、魔力回路のスレーブサーキットと呼ばれる部品だけです。他の回路まで取ってしまうと、人形が動かなくなったり、最悪、魂が維持できず消滅します!」


 それはよい話を聞いた。知らずにやっていれば、助けようとしたアイガーを殺してしまうところだった。

「そのスレーブサーキットってのは、どこだ?」



  ・  ・  ・



 頭巾の魔術師は、あくまで魔術の使い手であり、機械のことはさほど詳しくはなかった。

 かろうじて、魔力回路内のスレーブサーキットの部品の位置は知っていて、それを取り外すことはできた。


 だが、アイガーのボディとなっているエポドスの修理などの知識はなかった。聞けることを引き出した後、ラトゥンは頭巾の魔術師を暴食の腕に食わせた。


 戦闘の寸前、この魔術師が『あの侵入者どもを殺せ』と叫んだのをラトゥンは忘れていない。指示を出していたいたから指揮官かそれに近い人間だろうと、エキナが判断したのだろう。


「これからどうします、ラトゥン?」


 エキナが尋ねてきた。ラトゥンは工場を見回す。


「本当ならぶっ壊していくのが正解なんだが……」


 視線は、手足を失い沈黙しているエポドスに向く。


「彼をこのままにしておくわけにもいかない。この工場なら、修理だったり、別の人形に変えることもできるかもしれない。それがわかるまで保留する」


 機械なら、ギプス。魂については、解決できるかはわからないがアリステリアに一度相談するのがいいかもしれない。聖女の力で、もしかしたら……。


「ということで、アイガー。また戻ってくるから、そこで大人しく待っていろ」

『手足がないんだ。動けないよ』


 機械音声でエポドス――アイガーは答えた。声は変わらないが、スレーブサーキットを抜き取る前より、喋りが滑らかになったようだった。


『お前たちは、何故、俺を助けようとする? この始末、お前たちは聖教会と敵対しているのだろう?』

「そうだ。本来なら元神殿騎士を助ける道理はないんだが……」


 ラトゥンは、どう言ったものかと少し考え付け加えた。


「敵の敵は味方ともいう。それにお前は王都大聖堂に行ったのだろう? 話を聞きたい」

『俺が、お前たちに協力するとでも?』

「お前は、まだ悪魔どもの仲間でいるのか? そんな体にされてもか?」

『……』


 アイガーは押し黙る。もう従属回路から解放され、もはや聖教会に尽くす義理も残っていないと思ったが、それはラトゥンの見込み違いだっただろうか。


「まだ聖教会に従っているなら、そう言え。この場で破壊してやる」


 まだ敵対するなら、生かしておく理由はない。この若い神殿騎士が、悪魔に騙されているとも知らず、連中に使われていたと知ったからこそ、見逃しただけに過ぎないのだ。


「また戻る。その時まで考えておけ」


 ラトゥンはエキナに合図して、その場を離れる。地下工場を出て、教会の礼拝堂に戻ってきた。


「ラトゥン、あのアイガーという神殿騎士ですか? どこで知り合ったんです?」

「話してなかったか? バウークの町のゴブリン騒動があっただろう? あの時、増援として派遣されてきた神殿騎士団の一員だ」

「そうだったんですか」


 エキナは頷いた。


「神殿騎士を仲間にしようなんて、いい人なんですか?」

「仲間にするとは言っていない。ただ、ああなる前は正義感が強い奴に見えたから、チャンスを与えたのさ」


 しかし――ラトゥンは改めて考える。仮にあのアイガーを助けたとして、その後どうするつもりだろう、と。


 エキナが言ったように仲間にでも引き入れるというのだろうか。そこまで考えていなかったラトゥンであった。

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