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第120話、想定外の炎上


 ラトゥンとエキナは、人の気配のないランサの村を出て、トバルの村へ急ぎ戻った。

 夜が明けて、何食わぬ顔で仲間たちと合流。そしてそのまま蒸気自動車に乗って、ランサの村へ向かう。


「もしもーし、エキナさん?」


 荷台で聖女アリステリアが、エキナに声をかけるのを、ラトゥンが助手席から振り返り言った。


「寝かせておいてやれ」


 昨日は徹夜みたいなものだったから、眠気が凄いのだろう。運転するギプスが後ろに聞こえない程度の声で言った。


「まーた、わしらの知らんところで動いたか」

「夜のデートというやつさ」

「ほほう、朝帰りか。兄妹でよくやるのぅ」

「その設定、まだ生きていたんだ」


 ラトゥンが苦笑すれば、ギプスは目を剥いた。


「改めて設定と言われるとな。正直、どれが本当なのかようわからんかった」


 それで、とギプスは真顔になる。


「ランサの村はどうじゃった? 教会に乗り込んだんじゃろ?」

「そのことで、話がある」


 ラトゥンは、ランサの村聖教会の地下工場と、村人全員が魂を抜き取られ、自動人形兵を動かす道具にされた件を伝えた。一通り説明したところで、ギプスは絶句していた。


「……むごい話じゃ。聖教会がそこまで悪逆非情じゃったとは」

「施設の秘密を知られたから、他の村人に知られる前に全員処理する。……常軌を逸しているな」


 だがそれが、悪魔たちのやり方だ。流行病で村一つが全滅することはよくある話だった。今回も同じように処理するつもりなのだろう。


「アイガーの件もそうだが、あそこにいる自動人形兵もどうしたものか、考えあぐねている」

「もう村人の魂が入っておるんじゃろう?」

「だが元の体は処分されてしまって、戻すこともできない」


 だからといって人形兵を破壊するというのも、心苦しいものがある。罪のない村人が、その中身だと知った今では特に。


「どうしたもんかのぅ……」


 ギプスもまた複雑な表情を浮かべて考えるのだった。



 ・  ・  ・



 結局、村に着くまでよい考えは浮かばなかった。

 だが結果的にその心配はなくなった。それよりも深刻な問題が起きていた。


「おい、なんだ……」

「燃えておるぞ!」


 ギプスも声を張り上げる。ランサの村から、どす黒い煙が立ち上っていた。それぞれの建物に火が放たれたらしく、村全体が燃えているようだった。


 ――どうしてこうなった?


 村の入り口まで来たものの、村全体が炎と煙に包まれているような状態では、車で侵入するのは憚られた。


「これヤバいんじゃないの?」


 クワンが呆気にとられれば、アリステリアはラトゥンに近づいた。


「村の人は? 大丈夫なのかしら!?」

「村人は、表にはいない」


 ラトゥンは答える。だから火の手があがっている家に取り残されているとか、そういう心配はない。……いや、それよろも。


「教会だ!」

「ラトゥン」


 エキナもそれに気づいた。村の教会の地下工場に、アイガーや村人の魂を封入された自動人形兵があったはずだ。


「教会の様子を見てくる。エキナ、ギプスは警戒だ。もしかしたら敵が近くにいるかもしれない!」

「はいっ!」

「敵? 敵って何だ?」


 首を捻るギプス。エキナは答えた。


「聖教会ですよ!」


 無人になっていた村が勝手に燃えるわけがない。一軒どころではなく、ほぼ全ての建物となると、放火以外に考えられない。そして村の状況を考えれば、ここを燃やそうとするのは、聖教会以外あり得ない。


 ラトゥンは熱気と有害な大気の中、姿を暴食のそれに変えて、村の中を突っ切った。暴食の全力走りは、あっという間に目的の教会に到着したが、そこもやはり炎に包まれていた。


『畜生!』


 ラトゥン――暴食は教会に踏み込んだ。長椅子は燃え、礼拝堂の壁も黒く焼け、高温に満たされている。

 素早く中央を駆け抜け、祭壇の地下通路へ飛び込む。広大な地下大工場へ。


『おお……おおぉ』


 燃えていた。工場の機械は炎に熱せられ、金属も溶けかけていた。これはもはや、人では入ることもままならない灼熱地獄。

 それでも暴食の体で、奥へと足を踏み入れる。そして例の部屋へ。


『アイガー! ……っ!』


 エポドスは、全身が炎に包まれていた。四肢を失い、動くことができないその人形は、もはや光はなく、声も発さない。


 内部の部品も燃えて溶けて、その魂も消えてしまったようだった。せめて、足を残しておいたら、自力で逃げれたか。

 あの時は、スレーブサーキットに支配されていた都合上、動きを止めるために必要なことだった。直し方もわからないから、どうしようもなかったのだ。


 工場で製造され、稼働を待っていた人形兵もまた、炎上し、破壊されていた。


『くそっ……!』


 ここに火を放ったのは、聖教会の手のものだろう。仲間との合流のためにラトゥンたちが村を離れた間にやってきたそれは、頭巾の魔術師らが全滅している様を見て、村の設備を破壊して、痕跡を葬ろうとしたのだ。

 村人は全滅し、アイガーから聖教会の情報を獲得する術も失われた。


 ――どこだ。これをやった奴はっ!?


 怒りがラトゥンを突き動かした。まだ助けられたかもしれない。何か方法があったかもしれない。だがそれを見つける前に、灰燼となってしまえば、どうすることもできない。


 ――よくもやりやがったなぁっ!


 まだ、ここに火を放ってさほど時間は経っていないはずだ。村全体に火を放ったことからして、一人ではあるまい。複数人、神殿騎士団の一部隊かもしれない。こうも手が早いのも異常だが、何故、ここにそんな者たちがいたのか。


 グレゴリオ山脈で、ラトゥンを探していた部隊だろうか? いや、それならば追い抜かれているはずだから、ここに来る前に遭遇しているはずだ。トバルの村を夜中に通過して、追い抜かしたとしても、街道を引き返した時にラトゥンとエキナとぶつからないとおかしい。

 礼拝堂に戻ると、天井が崩れ始めていた。外へと向かおうとした時、気配を感じた。何かがいる……!


『おや、オレに気づいたのかい……』


 燃え盛る炎で、何かがちらつき、小馬鹿にしたような声が聞こえた。


『お前も悪魔か。どこの誰だ? こんなところに入って』

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