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第121話、炎を喰らう


 揺らめく炎。ランサの村の教会は崩れかかっていた。

 その中で、業火の中から声が響いた。


『お前、何者だ? 地下を知ってるってことは、教会の所属か? だがそのツラ、見たことがねえ』

『お前がこの村を焼き払ったのか?』


 暴食――ラトゥンは、その炎を凝視した。姿ははっきりしないが、おそらく悪魔がそこにいる。


『だったらどうした? オレのこの姿を見て、火を消しにきたように見えるか? ひゃはっ』


 少々頭のネジが飛んでいるようなテンションの声。それまでの不敵なそれとの落差に驚く。


『同じ問いはこれで最後だ。答えな。お前は何者だ?』

『聖教会の敵だ』


 暴食は構えた。


『それで、わかるだろう? 聖教会の悪魔なら』

『わっかんねえな。手配されている悪魔か、お前』


 炎がまたも揺らいだ。


『あー、最近手配されたヤツで、暴食ってのがいたな。お前がそうか?』

『だったらどうした?』


 ラトゥンは、そう返した。教会を燃やし、地下の人形たち、その魂ごと燃やしたこの炎の悪魔に激しい憎悪の感情が滾る。


『こうするのよっ!!』


 火の玉が飛んできた。ファイアーボールの魔法か。炎の悪魔らしい攻撃だ。暴食は左手を前に突き出し、火の玉を喰らう。そしてお返しにライトニングスピアーの魔法を撃ち返す。

 電撃弾は、それがいる炎に吸い込まれ、歪ませた。いや――


『すり抜けた!?』

『オレにそんな攻撃が通用するかよ。お前は灼熱の炎を掴むことができるのかァ!?』


 人の形をした炎が飛び出した。これが本体か。まさしく炎。全身炎の塊が向かってくる。

 左手から暗黒剣を取り出し、飛び込んできたところを一閃。剣は炎を真っ二つにしたが、不思議なことに手応えがなかった。


 ――まるで空気を切るよう……!


 つまり相手を斬った感触がなかった。


『オレに触れようとしたって無駄だ。つーか、初撃で分かれよ。鈍いヤツだな』


 炎の人型は分裂すると、三人となってそれぞれ暴食に体当たりしてきた。肌を刺すような超高温。悪魔の肌をもってしても、たちまち燃え上がる。


『炎そのもののオレと違って、お前にゃこの熱は耐えられないだろう? この灼熱の教会でも平然としていた暴食さんよ!』


 三方向から攻め立てた炎の悪魔は、暴食の死角からまず組み付き、振り払おうとしたところで追い打ちのように抱きついた。


『燃えろ! 灰にしてやるぜっ!』


 悪魔は激しく燃え盛る。暴食を炎の中に引きずり込み、蝋燭のように燃やし、溶かす。


『いくら暴食の力でも、触れられなければ意味はねえ! ――って! うおっ!?」


 取りついていた炎が、暴食の左手に吸い込まれるように喰われると、残っていた部位と共に炎の悪魔は引いた。


『おいおい、マジかよ……。炎に触れるのかよ、あの悪魔……』


 予想外だったらしく、炎の悪魔は呆れる。暴食は荒い息をつく。その肌は溶けるほどの火傷だったが、悪魔の再生力がゆっくりと元に戻していく。


『何故、燃やした……?』


 呟くような低い声だった。暴食の問いに、炎の悪魔は怪訝に思う。


『あ……?』

『お前は聖教会の悪魔だろう。何故、ここを燃やした?』

『んなもん、決まってるだろ。ここは表に出来ない秘密の工場だぜ。外部のヤツに知られたらマスいからに決まっているだろうが!」


 炎の悪魔は、失われた炎を回復させ、さらに力を蓄える。周りの炎が、力を与える。暴食に対して、再生させる間もなく溶かすためのエネルギーを集める。


『それで燃やしたのか……。地下の自動人形も』

『あ? ああ、あの安物のガラクタか。そりゃあ燃やしたさ。あれこそ、中身について外部に漏れたらマスいからなぁ』


 炎の悪魔は、わずかに頭を傾けた。


『つーか、お前も悪魔だろ。人間の魂が入ったガラクタがどうしたってんだ? あんなもの、ただの道具だぜ』

『エポドスには、若い神殿騎士の魂が入っていたんだぞ?』


 暴食は低い声を出した。


『仲間じゃないのか……?』

『あ? 神殿騎士だぁ? 知らねえよ』


 炎の悪魔はとぼけているのか、本気でわからないのか、曖昧な調子になった。


『元人間だろ、んなもん、どうでもいいだろうがよ。あー、お前さぁ、聖教会に反発してんの、まさか人間に肩入れしてるってのかよ、ウケるぜ。ハッハーっ!』

『……』

『おい、マジかよ、勘弁しろよな』


 炎の悪魔は急に真面目なトーンになる。


『人間に味方しようってのは、どういう了見だ? ペットでも飼う気分か? それとも暴食って名前なんだから、食料ってか?』

『……』

『ダンマリかよ。まあ、何でもいいや。悪魔にも変態はいるもんなぁ……!』


 もう充分エネルギーを溜めた。


『これで溶けちまいナァァァ!』


 必殺の一撃を放つ。石材の床が触れずして溶ける業火。触れれば悪魔といえど確実に燃え落ちる。骨も残さず、再生すらさせない。


 炎の悪魔は勝利を確信した。視界いっぱいの巨大火球を避けることは不可能!

 その瞬間、フッと火球が消えた。炎の悪魔は目を疑った。


『あ……?』


 どうして火球が消えて、そこから暴食が飛び出してくるのか。奴の左手――


『喰ったってのか!? アレを――』


 影が差す。炎の悪魔の目には、突き出した暴食の手が、まるで巨大ドラゴンが大きく口を開いているように見えた。

 目の錯覚? 否、実際にその腕は巨大だった。


『底抜けの食欲ってか。さすがは――』


 暴食――炎の悪魔は、暗黒のドラゴンに喰われた。



  ・  ・  ・



 熱い……。

 この熱は何なのか、ラトゥンは、ぼんやり霧がかかったような中、思考する。


 今しがた食らった悪魔の熱か。

 それとも、全身からマグマのように噴き出す憤怒の感情のせいか。


 血液が沸騰し、神経が高ぶる。自分の体温を調べられたら、人間のそれなら耐えられないほどの熱を発しているのではないか。


 ――消さなきゃ。炎を。


 どうしてそう考えたのか、ラトゥンにはわからない。だがそうしろと何かが背中を押しているようだった。


 ラトゥンは、炎ごと教会を食らった。そして村の燃える建物もまた喰らった。足りない、まだ、足りない。視界で炎を求め、そして喰らい続けた。そこに深い意味も見いだせず。

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