目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第147話、尾行者


 大聖堂の下見をしたラトゥンは、どう忍び込むがあれこれ考えながら王都を歩いていた。だが考えに没頭しながら、背中に嫌な感触を感じていて、意識をそちらに向ける。


 誰かに見られているという感覚。尾行の類いならば、ここで慌てて振り返って確かめたりするのはよくない。……尾行者がいた場合、その者をより警戒させてしまうからだ。


 ――いるな。……尾行が。


 踏み込むには、やや遠い位置から、こちらに意識を向けている者の気配。これも悪魔の気配察知の一種だ。そんなに生の感情をぶつけてくれば、気づきやすいというものである。


 エキナは気づいているだろうか?

 隣を歩く彼女にちら、と視線をやれば、エキナと目が合った。


「お兄さん!」


 すっと腕を絡めて、ラトゥンの肩にもたれかかる彼女。突然のことに吃驚する。


「……尾行されているみたいです」


 小声で彼女は言った。身を寄せることで、尾行者に他愛のない話をしているように芝居をしているのだ。


「……気づいたか」

「二人、でしょうか。人の流れに乗ってついてきています」


 大通りは、人の往来が多い。雑踏に紛れたつもりだったが、そもそもどこで追っ手がついたのか。


「いつからだ?」

「大聖堂を出た辺りからかと」


 エキナは身を寄せたまま言った。


「行きの時点では、ついていませんでしたし」


 大聖堂と聞いて、ラトゥンの表情が歪む。よりによって敵の本拠地の帰りとは。まさかこちらの正体が露見してしまったのではないか。


 ――バレるようなヘマはしていないはずなんだが。


 どこかに落ち度があったのでは、とラトゥンの眉間に皺が寄る。


「ちょっと失礼しますね」


 小声で言ったエキナが身を放すと、ラトゥンの前に出て、はしゃぐ村娘のように笑顔でぐるりと回って見せた。


 ――いきなり何だ?


 はしゃいだ彼女は、またラトゥンの腕をとって元の位置に戻った。


「一人は旅人風の男。もう一人は、聖教会の巡回神官です」


 今のわずかな回転の間に、尾行者をエキナは特定したのだ。それとわからないように演技した上で。


 片方は、あからさまに教会の人間。もう片方は覆面神官かもしれない。巡回神官に気を取られ尾行を巻こうとしても、覆面の方が変わらずついてくる……と言ったところか。


「前々から聖教会は、独立傭兵をマークしている節はあった」


 だから今回は村人スタイルで、戦士風味を消してきたのだが、どうやら無駄になったようだ。


「どこでバレた?」

「大聖堂で、じゃないんですか?」

「そういう意味ではなくて――」


 言葉足らずだったとラトゥンが説明を付け加えとしたが、エキナは気づいた。


「確かにそうですよね。わたしたち、今変装しているんですもんね」


 服装だけだが。しかし顔はバレていないはずだった。だがここで追われているということは、顔が割れてしまっているということになる。

 だから、『どこでバレた』である。


「本当にバレたのでしょうか?」


 エキナが疑問を口にした。


「もしかしたら、別の意図で、たまたまわたしたちが尾行されている、という可能性はないですか?」

「偶然、たとえば誰かに間違えられたとか……?」


 なるほど、それは考えなかったとラトゥンは思った。だが、それなら尾行などせず、早々に仲間を呼ぶなりして取り押さえるなどすればよい気もする。尾行をするにしても、すぐには手を出せない何かがあるからではないか。


「いや、だとしたら用心が過ぎる。絶対の法である聖教会が、強権を発動せずに様子見を寄越すのだから、俺の正体がバレたと考えたほうがいい」


 暴食であることを察知したのであれば、町中で手を出さない理由に説明がつく。戦闘となったら周辺の被害がどれほど大きくなるかわかったものではない。一応、法を守る側についている聖教会が、白昼堂々と大乱闘を引き起こすのは難しい。


 特に相手が暴食であると王都に知れ渡れば、大パニックになり、収拾がつかなくなる恐れもある。


「バレたとしたら、このまま宿に戻るのは危険ではないですか?」


 エキナは指摘した。ラトゥンは頷く。ギプスやクワンは情報収集に出ているが、留守番をしているアリステリアの存在が、聖教会に発覚してしまうかもしれない。せっかくここまで隠れて連れているのに、聖女が戻ったことを敵に知られるのはよくなかった。


「尾行を何とかしないとな……」


 ふと、ラトゥンは、ハンターらしき男と目が合った。じっと見ているそれに、違和感を持つ。


 ――ハンターから監視されている……?


 ラトゥンが視線をエキナに戻すと、彼女は小首をかしげる。


「何です……?」

「いま、ハンターに見られていた」

「ハンター」


 ちら、とエキナがそれとなく、そちらへ目をやる。


「何か紙を見て……あ、こっちと見比べているような……」

「手配書だ……!」


 元ハンターであるラトゥンは察した。


「理由はわからんが、ハンターギルドに俺の手配書が出たんだ……!」

「! どうして!?」

「わからないと言った」


 だが、手配書でなければわざわざラトゥンを見て、見比べたりはしないだろう。他人の空似かもしれないが、ここは聖教会のお膝元である王都。正体はわからずとも、不審に思っていた独立傭兵を捕らえて、暴食との関連を調べるつもりなのかもしれない。


「どうします?」

「もちろん、一度追跡を振り切る」


 そこで姿を変えて宿に戻る。今のままでは、あまりに危険だ。金目当てのハンターが、ただ通報するだけでなく、実力行使に出てくる可能性は大いにある。そこでハンターを返り討ちにでもすれば、王都中が危険地帯となる。


 ラトゥンとエキナは大通りをそれとなく端に寄り、そして路地裏へと入った。視線が切れたところで、二人は駆けて別の通りへ。斜めに道を横切り、また次の路地へ。それとなく後方も警戒すれば。


「旅人風の男……!」


 エキナが報告した。やはり尾行者だった。振り切られると慌てたのか、駆けてきたのをばっちり目撃される。

 いっそ、尾行者を逆に捕まえて、情報を引き出すか。ラトゥンは、尾行者が恐ろしくバツの悪そうな顔で視線を泳がせているのを見て思う。と、そこへ先のハンターがやってきた。


「どけよ」


 尾行している者と気づかず、旅人風の男の肩を当てると、ハンターは走ってきた。


「逃がさんぞ、懸賞金!」

「それを言ってしまうか」


 聖教会とは別口だから、同じく追尾していた者がいたことに気づいていなかったようだ。だがこれはこれで面倒なことになった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?