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第146話、手配書


「よう、兄弟。初めて見るけど、どこから来たんだい?」


 男は突然、そう声をかけてきた。ハンターギルドのクエスト掲示板を眺めていたギプスは、胡散臭そうにその男――若いハンターを見上げた。


「わしに人間の兄弟なんぞおらん」

「まあ、そう言いなさんな。同じハンターじゃないか。だったら皆、兄弟よ」


 伸ばした髪、その顔立ちは生意気な小僧を思わせる。人懐こさを滲ませているが、よくよく見れば目元に若干の皺があって、案外中年の域に達しているようにも感じられた。


 戦士だろう。鉄の肩当て、革の鎧など、薄汚れているように見えて、ずいぶんと年季が入っている。そこそこランクの高いハンターかもしれない、とギプスは男を評価した。


「お主、ここらじゃ顔役か?」

「あ、わかる? まあ、そんなところさ。オレはドリトル」


 ハンター証を見せてきたので、ギプスもそれに答える。


「ギプスじゃ」


 本当は偽名を名乗りたいところだが、あいにくとハンター証を見れば、すぐに露見してしまう嘘になる。かえって勘ぐられるので、嘘がつけないのが、ハンターの辛いところであった。


「ギプスねぇ」


 へぇ、とドリトルはニヤリとした。


「あんた、素人じゃないな。王都には何をしに?」

「ハンター証を持つ者が、わけもなくギルドをぶらつくと思うかの?」

「ほっ、確かに、それはねえわな」


 ドリトルは、からからと笑う。変に黙るのも怪しまれるから、ギプスも世間話をするように自然に振る舞う。


「拠点を移したんじゃよ。ここのところゴブリンだらけで飽き飽きだったからのぅ」

「ゴブリンかぁ。まあ、あいつら弱いくせに数だけは多いからなぁ」

「知っとるか? ドワーフはゴブリンが死ぬほど嫌いなんじゃ」

「そうなのかい? なんで?」

「あいつら、わしらの住処と同じような環境を好む。反吐が出るが、まあ、競合するからじゃよ」

「あー、なるほど!」


 ドリトルは笑った。二、三世間話をしたのち、その男は手を振った。


「――あんた、気にいったぜ。何か困ったことがあれば、オレに言いな。じゃあ、またな」


 そう言って立ち去るドリトル。その背中を見やり、ギプスは場の空気が変わっていることに気づく。

 何人かのハンターが、ギプスの方を見ていた。視線を合わせるとあからさまに顔を逸らしたり、仲間と会話する。何やら、ひそひそ話している者もいるような……。


 ――妙な感じじゃ……。


 歴戦の勘。嫌な予感というものだ。これは何かわからないが、無視するのもよろしくないのを経験上、ギプスは知っている。

 原因は何か。ギプスは視線を走らせる。すっとこちらを見ている大柄のハンターに目が止まる。


 何故そこを見たのか。スキンヘッドの大柄なハンターが気持ち悪い笑みを浮かべているからか? ふと、その男の後ろにあるのが手配書であることに気づく。そこの中に見慣れた顔があって、ドキリとする。


 独立傭兵の姿のラトゥン、それとエキナの手配書があったのだ。よく見れば、さらにラー・ユガーとして男の時のクワンの似顔絵まである。


 ――えらいこっちゃ……!


 何故、ハンターギルドの手配書に仲間たちがあるのか。エキナは王都にいた頃は仮面で顔を覆っていたから素顔がバレていないと言っていたのに――


 それはそれとして、そこまで似顔絵が出ていて、何故自分のがないのか、ギプスは気になった。クワンまで手配されていて、何故自分がないのかわからない。


 そこで再び、スキンヘッドのハンターと目線があった。そして察する。こいつの後ろ、陰になって見えない手配書が、自分――ギプスではないかと。


「これは、マズい」


 そう呟きつつ、大柄のハンターに向かってギプスはニヤリと白い歯を見せてやった。思考と表情の不一致。何故ニヤつかれたのかわからず、男は困惑したようだった。

 ギプスはプイと顔を背けると、さっさとギルドフロアを後にした。


 ――さあて困った。……おそらく尾行がつくじゃろう。


 あのドリトルという男。さてはギプスが本人か探りを入れてきたかもしれない。ハンター証を持ってはいるが、まだ王都では依頼を受けていないから、ギルドのスタッフに覚えられていないとは思うが、何故目をつけられたのか。


 ――決まっておる。わしがドワーフじゃからだ。


 王都にドワーフがまったくいないわけではないが、見かければ割と目立つ。元々の住人であるなら気にならないだろうが、ギプスのように最近現れた者については、自然とマークがついたのだろう。


 案の定、ギルドから何人か、ギプスの後をつけていた。下手な尾行である。これはもしかしてわざとやっているのではないか。

 あからさまに餌を蒔いて、それを振り切ってこちらを安心させたところに、本命が追跡を続ける。二重三重の追跡方法だ。


「さっすがは、聖教会のお膝元の王都じゃ。仕事が早いのぅ」


 どうしたものか。馬鹿正直に宿に、連中を案内するわけにもいかない。そう考え、なるほど、追尾者たちはギプスを、ラトゥンやエキナたちの元まで案内させようとしているのだと気づく。


 こちらが尾行に気づいて、あからさまに道を変えれば追尾をやめて捕まえにくる。尋問なり拷問なりして、仲間たちの居場所を吐かせるつもりに違いない。


 どうする――?

 決断は早くしないといけない。


 ――というより、この状況、危ないのは大聖堂の下見に行ったラトゥンたちではないか?


 ギプスはさらに迷う。大聖堂に行って、上手く合流して二人に手配されていることを知らせるか? いやそれでは追尾している連中を案内してしまうことになるのではないか?


 不意に口笛が聞こえた。犬などを呼ぶような鋭い音に、とっさにギプスは、近くの路地に視線が吸い込まれた。

 クワンがいた。こっちへ来い、と手招きすると、クワンは何かを投げつけ、それが道の真ん中にボンと炸裂した。吹き出した煙、煙幕だ。


 その煙に巻かれる瞬間、ギプスは走った。方向だけを頼りに煙を突っ切り、路地に飛び込むと、クワンは手招きしつつ、さらに奥へと誘導した。



  ・  ・  ・



 しばし路地裏を走り回った後、ようやくクワンは止まった。ギプスもゼェゼェ言いながら、ようやく呼吸を整える。


「ようやってくれた。尾行されておったからのぅ」

「旦那、手配書が出ていたぞ」


 クワンは開口一番そう言った。ギプスは頷く。


「おう。お主と、ラトゥン、嬢ちゃんもじゃ」

「アリステリアは?」

「いや……そういえば見てないのぅ。見たのか?」

「いや、聖女様の手配書はなかった。……まあ、もし出ていたらもっと大騒ぎだったんだろうけど」


 クワンは考える仕草をとる。ギプスは眉間に皺を寄せた。


「何故、バレたんじゃ? 嬢ちゃんなんぞ、顔バレまでしておったぞ!?」

「わからない。わからないけど、王都で手配書が出ているのは確か」


 クワンも唸る。


「幸い、あたしは男の時の顔で手配書だから、旦那たちよりはマシだけどさ」

「タイミングがよかったのぅ」


 男が女に、はさすがに誰も想像できないだろう。いいタイミングで元の体に戻ったと言っても過言ではない。


「それはともかく、ラトゥンと嬢ちゃんは何も知らんじゃろう」

「たぶん、アリステリアも」

「何でじゃ? 手配書はなかったじゃろう?」

「名前バレしているドワーフが泊まっている宿にいるんだ。芋づる式に捕まる可能性があるってことさ!」


 クワンはきっぱりと告げた。ギプスは顔面蒼白になる。


「それは、かなりマズいんじゃないのか?」

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