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第145話、物盗りの翌日


 アーチス武具店に賊が入った。


 通報を受けて、王都騎士団が店内の現場検証を行う。昨日、貴族の屋敷が爆破されるという騒動があったこともあって、連続しての事件は王都の住民を不安にさせる。同一犯と決まったわけではないが、悪い事というのは何故か連続するものである。


「――店主の姿はなし、と。……誘拐されたのか?」


 年配の騎士長は、部下からの報告にそう呟いた。荒らされた室内。陳列されていた武器、防具が何点か盗まれている痕跡があった。


「強盗か?」

「おそらく……」


 部下が頷いた時、裏口が騒がしくなった。何事かと騎士長が視線をやると、神殿騎士団――カルコス守備隊長が入ってきた。


 ――またか。


 騎士長は顔をしかめる。昨日のゲロート男爵邸爆破事件でも、現場を神殿騎士団に持っていかれたのだ。

 いったい何をしに――と心の中で悪態を付きつつ、騎士長は背筋を伸ばした。


「これは、カルコス隊長」

「よう、昨日ぶりだな」

「今日は何故こちらに?」

「昨日のゲロート男爵の件とな、この店主が関係がありそうなんだよ」


 カルコスは、室内の荒れ具合を見回しながら言った。騎士長の方は見ていない。


「関係……ですか。それは一体――」

「それはお前たちが知るところではない」


 突き放すようなカルコスの言葉に、さすがに騎士長は不快な表情を浮かべる。縄張りを荒らされている感、そして王国騎士団が軽んじられていると感じて、これまでため込んでいたものが表面に出たのだ。

 それに気づいたカルコスは、視線を逸らした。


「まあ、何だ。それについてはこちらも調べている最中でな。明確な答えができんのだ。すまんな」

「いえ……」


 まさか答えてもらえると思わず、騎士長は困惑した。


「失礼しました」

「うむ。……で、その肝心の店主はどうなった?」

「行方不明です。死体はありませんでした。どこかへ遠出をするつもりだったのか、荷物をまとめておったようです。ですが、それらは残されたままなので、それでいないということは――」

「誘拐された、ということか」

「おそらくは」

「なるほど」


 カルコスは頷いた。騎士長は言う。


「現場を引き継がれますか? 神殿騎士団が」

「おお、すまんな。男爵邸の爆破と関係なければ、そちらに任せたんだがな」

「いいんです」


 騎士長は、部下たちに合図して、武具店を後にした。それを見送り、代わりにカルコスの部下たちが室内に入り、検分を始める。


「この店は、フィエブレの系列だ。昨日の今日でここが襲われたとすれば、店主は犯人に会っていて、口封じされた可能性がある」


 カルコスは言い、一人の部下を見た。


「おい、どうだ?」

「……昨夜、入ったのは一人ではないですね」


 その部下は室内の臭いを嗅いでいた。


「この店に馴染みのない臭いが、二人、いや三人」


 バックヤードでのそれは、客ではなく、犯人たちのものと見て間違いないだろう。


「犯人は、金髪の魔術師らしいって話だが、他にも仲間がいるってことか」


 フィエブレのリーダーであるアントラクスは、怪しい奴として、金髪の若い魔術師を挙げていた。もっとも、彼にしてもどの店の証言か知る前に証言主が爆発で死んだため、この店に来たのがカップル組だったことを知らなかったわけだが。



  ・  ・  ・



 その頃、ラトゥンはエキナと、王都大聖堂の周りを回っていた。その格好は、王都に入る時に利用した村人スタイルである。


 昼間、礼拝のために開放されている大聖堂。もちろん礼拝堂以外に入れないが、建物の中であることは間違いない。一般人の礼拝に紛れて、中の様子を観察する。


 なお、くれぐれもそこから施設の奥深くへ潜入するな、とギプスには釘を刺されている。エキナが同行するのも、ある意味ラトゥンへの監視も兼ねている。


 開かれたゲートをくぐる。神官が立っていて、来訪者を見回しながら、神への言葉を口にしている。

 多くもなく、少なくもない参拝者たちの流れに乗って、ラトゥンとエキナは正面から堂々と入る。


「こちらから入るのは、あまりなかったんですけどね」


 かつては、処刑人の仕事上、何度も大聖堂には足を踏み入れているエキナである。


「いつも裏から入ってました」


 表からは、処刑人をやっている以上は入らない。人々から忌み嫌われている職業故に。人の死を扱う職業のうち、死刑執行人ほど、社会的底辺として差別されているものはない。


 話すな、仕事以外で視界に入るな、酒場に来るな――同じ空気を吸っただけで呪われるなどと本気で信じられているのだから、いかに避けられているかわかるだろう。


「じゃあ、ここから入るのは……」

「初めてですね、ええ」


 物珍しそうにエキナは周囲を見渡す。


「それとなく、見張りがいますね」

「そうだな」


 神官たちが、参拝者が礼拝堂以外に入らないように立っている。吹き抜けになっている二階から見下ろしている者も何人かいる。


「上があるのか?」


 吹き抜けの二階からも参拝者らしい人々の気配が感じられる。エキナは顔を上げた。


「下が見下ろせる通路だけですが、一般開放されています」


 ほら、とエキナは正面――礼拝堂の奥にある巨大神像を指さした。


「二階の正面からだと、神のお顔がよく見えるということで、信者には人気らしいです」

「神のお顔か」


 ラトゥンは皮肉げな顔になる。悪魔どもの巣窟である聖教会にある神の像など、ただの飾りではないか。そんなものをありがたがるなど、最高に皮肉だ。


「ラトゥン……」


 少し怒ったような顔をするエキナ。何も知らないとはいえ、本気で神を拝みに来ている人々がいる中で、斜に構えたような言動は慎めと言うのであろう。


「言っていないよ、何もな」

「なら、いいんですが……」


 前の参拝者に倣い、ラトゥンとエキナもまた巨大神像の前まで行き、祈りを捧げる。この場で、悪魔の掲げる神像ではなく、真に神に祈りを捧げているのは自分たちだけだろうとラトゥンは思った。


 祈りの後、他の信心深い信者たちの後に続いて、二階の通路もぐるっと一回りする。巨大神像の顔がよく見えるとはよく言ったものだが、何とも表情がない神像だと感想を抱く。やはり要所要所に見張りに立っている神官らが気になりつつも、エキナに地下への通路や大まかな配置などを聞き、頭に叩き込む。


 特に問題を起こすことなく、ラトゥンとエキナは、大聖堂を後にした。

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