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第144話、クワンの決意


 宿を変えた。クワンが男から女になった結果、宿泊客の変化に宿側が不審を抱く前に、早々に出るのである。


「あたしが美人だから?」


 からかうようにクワンは言うのだ。性別が戻ったからか、一人称も変わった。


「そうだよ。戻る前から美形寄りだったけどな」


 ラトゥンがそう返すと、クワンは神妙な表情を浮かべるのだ。


「いやまあ、そう……」

「何を照れておるんじゃ」


 ギプスからは皮肉げに言われる。エキナは覗き込むような姿勢になった。


「実際、クワンさんって美人ですよね。背が高いし」

「よせやい、エキナ。キミだって綺麗で可愛いよ。……背の高さはあんまりプラスじゃないし。あたしもエキナくらいでよかったなー」


 女性になったからか、実に自然にクワンはエキナを褒めるのだ。男性だった頃は、あまり言わなかったから、配慮していたのかもしれない。

 アリステリアは口を開いた。


「それで、これからどうするの?」


 聖教会大聖堂への侵入。フィエブレという寄り道をさせられたが、ラトゥンの目的はそれだ。


「情報収集じゃないですか?」


 エキナは答えた。


「フィエブレの件で、王都が少しざわついていますし。神殿騎士団の動きも気になりますし」

「そうじゃな。じゃが、あまり時間をかけると、フィエブレ壊滅の犯人探しで、わしらがとばっちりを受ける可能性もあるじゃろ」


 ギプスは自身の髭をなでつける。聖教会も、爆破の犯人を追っていることだろう。その捜索の最中、別件とはいえ独立傭兵とその仲間を警戒している彼らが、ラトゥンたちを見つけても面倒というわけだ。


「やるなら急いだほうがええかもしれん」

「それなら、とりあえずあたしも装備を整えたいな」


 クワンは自身の腰にポンポンと手を当てた。


「さすがに護身ナイフ一本じゃ、キツい」

「なんじゃ、お主。急に戦士みたいなことを言いおって」


 不審げな目を向けるギプスである。これまで戦闘要員として見ていなかったクワンが、突然やる気を出したように映ったのだろう。


「これでも戦いの心得はあるんだよ。伊達に盗賊の頭を張ってたわけじゃない」


 クワンは挑むように言う。男だった頃に比べて、ずいぶんと積極的だ。ラトゥンは尋ねる。


「心変わりの理由は?」

「え? まあ、今までは元の体に戻ることを優先して、怪我とかしないようにしていたって言うのがあるけど――」


 じー、とギプスとエキナが非難げな視線を投げる。これまで手を抜いていたのか、という顔である。


「男の体と、あたしの戦闘スタイルが合わなかったというのがあるんだよ。どうも動きがぎこちなくて、変に出しゃばったら足を引っ張るって思ったから」

「男性と女性では、体の動かし方、違うものね」


 アリステリアが理解を示した。クワンが片目を閉じた。


「ラトゥンやギプスの旦那に比べたら雑魚だけどさ。元の体に戻ったことだし、あたしなりに精一杯働くからさ。大目に見て、ね?」

「あざとい……」


 ギプスが唸るが、さほど怒っている様子もない。


「元に戻れたんなら、さっさとわしらの前から消えて、どこかへ行くかと思うとったんじゃがな」

「割と酷くない? ギプスの旦那」


 クワンは口を尖らせた。


「そりゃあまあ、いざとなったら逃げるつもりだったよ、これまでは。でも皆には借りもあるし、正直ここを抜けて、どうしたいってのもあまり思いつかないんだよね。……どこへ逃げても、悪魔と聖教会の影がちらついているし」


 いつになく真面目ぶるクワン。


「だから、あたしはラトゥンに手を貸すよ。ここ居心地悪くないし……ああもう、慣れないなぁこういうの!」


 勝手に赤くなるクワンである。


「恩義があるって言うんだよ! それだけだ!」

「よう、わからんのぅ。お主わかったか、ラトゥン?」

「まあ、なんとなく」


 ラトゥンは言葉を濁す。言葉通りに受け取るなら、今の仲間たちの雰囲気がいいということなのだろう。盗賊のリーダーをやっていた頃や、聖教会の悪魔たちに利用されていた頃と比較しても。


「そういうことにしておくさ。それでいいだろう?」

「そうじゃな」

「そうですね」


 皆、納得したようだった。



  ・  ・  ・



 その日の夜、ラトゥンたちは王都にある武具店に侵入した。

 正しく言えば、静かに踏み込んだ。裏口のノブを破壊して中に入ると、荷物をまとめていた店主を取り押さえた。


「な、何だお前たちは!?」

「強盗だ。……俺の顔に見覚えがあるだろう?」

「あっ、お前は、昨日、魔道具屋に行くように案内したカップルの――」

「正解だ、この悪魔野郎!」


 ラトゥンは店主の首根っこを捕まえ、壁に叩きつけた。人工魔石を作っていた悪魔たちのアジトを、そうとは知らない旅人を案内し、犠牲者を量産していた一人。危うくアリステリアがその犠牲者に加えられるところだった。

 少なくとも、この場に、店主に同情する者はいない。


「いや、おれは無関係だ! 何も知らないんだ!」

「フィエブレの傘下だろう? わかってるんだ」


 ラトゥンは語気を強める。フィエブレの構成員らを喰らうことで、誰が連中の仲間で、誰がただ脅されていた人間かの見分けがつく。


「知らない! おれは本当に――」

「へえ、高飛びする準備はしているんだ……」


 クワンが、店主がまとめていた荷物を開けて言った。


「フィエブレが潰れて、逃げ出そうとしていたんでしょ? 組織を潰した奴が、自分のもとに現れたら怖いからさ。でも残念だったねー。少し遅かったよ」

「……!」

「フィエブレを潰したのは俺たちだ」


 ラトゥンは店主の首を絞める。


「さっさと化けの皮を取れよ、下級悪魔」


 みるみる店主の顔が、人間のそれから悪魔へと変わる。次の瞬間、ゴキリと首がへし折れた音がした。下級悪魔は、上級と違い、あっさり絶命する。


「これで、こいつに人間が騙されることもなくなったな」


 ラトゥンは、人工魔石にさせられた人々の無念を晴らした。


「クワン、店主が罪滅ぼしに、店の商品を全部無料放出だとさ。好きなものを選んでいいぞ」

「わーい、やった。嬉しいー」


 どこか棒読みなクワンである。元々そういう予定であるから、今のやりとりは小芝居みたいなものであった。

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