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第143話、呪いが解かれる時


「呪いを解いてほしい」


 クワンは、アリステリアにはっきりと告げた。

 確認するまでもなく、魔女にかけられた呪いのことである。本来は、女性だったクワンことラー・ユガーが、男性にされてしまった呪い。


 その解呪を、聖女であるアリステリアは可能である。だが、事故なく成功させるためには触媒――要するにかなりの量の魔力が必要だった。


「人工魔石を使う、それでいいのですね?」


 アリステリアが、じっとクワンを見つめる。

 聖女である彼女もかなりの魔力を持っているが、それを以てしても強力な魔女の呪いを解くには不足している。その不足を補うための触媒だが、製法自体が呪われている人工魔石を使うことに、常人は躊躇いをおぼえる。


 クワンは頷いた。言い訳はなかった。アリステリアも頷きで返した。


「わかりました……。皆さんもよろしいですね?」

「好きにせい」


 ギプスは、自分には関係ないと視線を逸らした。エキナはラトゥンの判断に委ねるとばかりにそちらを見て、当のラトゥンは。


「反対はしない」


 聖教会や悪党が、それで誰かを害するために使うのでなければ構わない。クワンは悪党ではあるが……。


「もう盗賊はやらないというのなら」

「……あぁ、一般人相手にはやらない」

「一般人には?」


 ギプスが腕を組んで、片方の眉を吊り上げた。クワンは答える


「身の振り方はまだ考えている。自分に何ができるかわからないが、盗みをするにしても悪党からにするよ」

「足を洗うんじゃないんかい!」


 それを期待するのが普通かもしれない。ラトゥンは苦笑する。


「これまでの生き方をいきなり変えるのは難しいさ」


 悪党専門の盗賊は、義賊などというのだったか。その場合でも結局、盗賊だから、ラトゥンが先にいった言葉に反するわけだが、それくらいなら大目に見る。言葉尻をとらえて、ああだこうだ文句をつけるのも大人げない。


 人は悪党に困らされるものだが、その悪党を困らせる存在がいるのは悪いことではないだろう。



  ・  ・  ・



 解呪は、人前で大仰にやるものではない、ということで、宿の部屋で行った。公衆の面前でやれば非常に目立つし、噂は聖教会の耳にも届くだろう。そこからアリステリア――聖女の存在が露見するのも馬鹿らしい。


 ラトゥンとギプスは、解呪の場面にはいなかった。興味深くはあるが、男が女になるという非常に奇異な光景をしげしげと観察するのは、趣味が悪いと思ったのだ。


 呪いを解いている間、何かすることがあるでもなく、野次馬はアリステリアの集中を削ぐことにもなりかねないので、男たちは遠慮するのである。

 部屋の外の通路で、二人は待つ。


「とりあえず、終わったら宿を変えよう」

「何でじゃ?」


 尋ねるギプス。ラトゥンは口元を緩めた。


「宿の人間に奇妙に思われても困るからな。クワンはあれで割とイケメンだからな」

「あー、それがいなくなって、代わりに記憶にない女が泊まっているとなると、確かに不審がられるな」


 そうしよう、とギプスも同意した。


「それで、悪党どもは潰したが、次は大聖堂か?」

「……そうなるな」


 ラトゥンは、ポケットから紙を取り出す。アリステリアとエキナの記憶で描いてもらった大聖堂内の地図だ。わからない部分はあるが、奇跡の石があるとされる場所は、警戒が厳重な地下保管庫にあると思われた。


「内部も大体わかっているし、後はタイミングだろうな」


 ただ報復するだけなら、好きな日時を選べるが、まず奇跡の石を確保することを優先し、その後で聖教会にひと泡吹かせとなると、手順など考える必要があった。


「王都にある貴族の屋敷が吹き飛んで、王都騎士団にしろ、神殿騎士団にしろ警戒をしていると思う」

「朝聞こえてきた話じゃと、男爵の屋敷の捜査は神殿騎士団が引き継いだらしい」

「悪魔が絡んでいるかもしれないから、だったか」


 彼らこそその悪魔なのに、皮肉なことだとラトゥンは思う。


「俺が絡んでいると思っているのかもしれないな。連中は暴食を追っている」

「……」

「王都を捜索しているとなれば、その分、大聖堂にいるはずだった人員が外に出ているということでもある」

「むしろ、忍び込むには打ってつけ、というわけか?」


 ギプスが言ったが、ラトゥンは微妙な顔になる。


「警戒は厳しいだろうな。人数がいない分、注意深くなるだろうし。ただ一度入ってしまえば、人数不足の影響で比較的すんなり行けるはずだ」

「入るまでの難度は上がっておるが、逆に入ってしまえば、隙だらけ、ということか」


 なるほど、とギプスは首肯した。


「で、どうするんじゃ?」

「それを今、考えている」


 ラトゥンは自分の手を枕に壁にもたれる。ギプスは部屋の扉を一瞥した。


「終わったか……?」

「ん?」

「さっきまで中から光が漏れておったんじゃよ。解呪魔法の光じゃろうが」


 それが消えたから終わったのではないか、ということだろう。すると、扉が開いて、エキナが顔を出した。


「お待たせしました。終わりましたよ」

「成功したか?」

「はい」


 エキナはニコリと笑った。ギプスが鼻をならす。


「失敗じゃったら、今頃大騒ぎしておったんじゃなかろうか」

「クワンが当たり散らしてか?」


 軽口を叩きながら部屋に入れば。


「これは……驚いたな」


 クワンであって、クワンではない女性がいた。体つきからして、男ではなく女のそれだ。背が高くて、胸はまあまあ、腰回りは細く、顔も男性的イケメンから女性的美人になっていた。


「解呪は成功のようじゃの。見違えたわい」

「それはいい意味で? それとも悪い意味かい、ギプスの旦那」


 クワンは皮肉げに笑った。声もすっかり女性だった。


「悪い意味のわけがなかろうが」

「よかったじゃないか」


 元に戻れて、と本心から祝えば、クワン――ラー・ユガーは赤面した。


「うん、まあ……ありがと。何か、おかしな気分」

「まだ感情が追いついていないのかもしれませんね」


 アリステリアはにこやかに言ったが、解呪でお疲れなのが表情に出ていた。椅子に座り、仕事の後の一休みである。


「アリステリアもよくやったよ」


 ラトゥンが労えば、クワンも頭を下げた。


「本当にありがとう。この借りは必ず返すよ、聖女様」

「そのうち、追々ね」


 アリステリアは手を振るのだった。

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