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第142話、忍び寄る影


 ゲラート男爵の屋敷が爆破された。

 この話は、あっという間に王都中に広まった。深夜とはいえ、あれだけ大きな爆発騒動だ。叩き起こされた住民も少なくない。王都騎士団や聖教会が詳細について口を噤もうとも、噂にならない方がおかしい。


 宿の食堂で、朝食を取るラトゥンたち。それでも聞こえてくるのは、貴族の邸宅が吹き飛ばされた事件の話題ばかりだった。


「ゲラート男爵ってあれ、だろ? フィエブレの――」

「しーっ、その名前は出すな。後が怖いんだから……」

「集会をやってるところを吹き飛ばされたって話だ。フィ――何とかも、もうおしまいじゃないかね」

「いったい何だったんだろうね、あの爆発」

「爆破されたって話だ――」

「神殿騎士団が出張ってきたってよ」

「――悪魔のしわざかもしれないって」


 朝から活発なことだった。ラトゥンは、宿の客たちの話を小耳に挟みつつ、これからのことを考える。


 人工魔石を使った爆弾の威力は、かなりのものだ。あれを使えば、悪魔の巣窟である王都大聖堂の破壊も不可能ではない。

 例の魔道具屋の話では、人工魔石については聖教会も取引先に入っているらしいから、魔石にされてしまった人の無念を晴らす――復讐の標的として間違っていないだろう。


 ――だいぶ、都合よく考えているな、俺は。


 人間だったものを武器にして使う。何も思わないわけではないが、大手を振って使うとなると、何かしらの遠慮のような感情が込み上げる。


 だが、元に戻す方法はないと言い聞かせることで、ネガティブになりがちな気持ちを戻す。


「ねえ」


 アリステリアが唐突に言った。


「みんな、暗くない?」

「そうですか?」


 エキナが返したが、確かにいつもに比べると四分の一ほど暗い気がした。ギプスはむっつり黙り込んでいるし、クワンも眉間に皺が寄っている。


「皆それぞれ考えているんだよ」


 ラトゥンが答えると、アリステリアは小首をかしげた。


「あら、じゃあわたくしが何も考えていないみたいじゃない」

「考えているのか?」

「えー、それはちょっと酷くないかしら?」


 からかうようにアリステリアは言う。ラトゥンは肩をすくめる。


「気を悪くしたなら謝るよ。ちょっと聞いてみただけだ。他意はない」

「じゃあ、ラトゥン。あなたが考えていること、教えてよ」


 アリステリアは尋ねた。


「わたくし、相談に乗るのは得意よ」


 職業柄、人の話をよく聞く聖女様である。


「俺の悩みはここでは言えないな」


 大聖堂を攻撃する。その前に忍び込んで奇跡の石を手に入れる云々とは。聖教会を標的にした計画を、周囲の客に聞かれて通報されても困る。


「俺より、他の奴の悩みを聞いてあげなよ」

「ギプス」

「わしはいい」


 ドワーフは首を横に振った。


「聖女さんに会うのが、もっと昔だったら……な」


 身内の死。魔女に縋ろうとして、しかし果たされなかったこと。その時にもしアリステリアがいたなら、人生変わっていたかもしれない。だがそれは過去の話なのだ。


「アリス」


 クワンが深刻な顔のまま言った。周囲を気にして、アリステリアとは呼ばなかったが、その真っ直ぐな視線は、周りが見えていないくらい真摯なものだった。


「大事な話だ」

「結婚してくれ、は無理だからね。――そういう話ではないわね。ふざけてごめんなさい。……聞きましょう」


 すっとアリステリアは背筋を伸ばした。


「あなたの決意を」



  ・  ・  ・



 王都大聖堂、聖教会会議室は、冷厳な空気に満たされていた。

 長テーブルの上座に、王都聖教会のトップであるヒュイオス大司教が鎮座し、役員である司教らそれぞれ席についている。


 立っているのは、神殿騎士団王都守備隊のカルコス隊長と、フィエブレのアントラクスのみだった。


「――報告は、以上でよろしいか?」


 大司教の席に一番近い老司教――ガハバトが確認すれば、アントラクスは頭を下げた。


「はい」


 ゲラート男爵の屋敷が破壊された件について、王都ということもありヒュイオス大司教が同席した上での事情聴取である。聖教会と結びついているフィエブレの壊滅的被害は、他人事ではなかった。

 ガハバトは、同席する司教らを見回す。


「どなたか、意見はございますか?」


 互いに顔を見合わせる中、一人、我関せずという空気をまとっていた女性司教が口を開いた。


「共有事項があります。皆様には直截関係がない可能性があるのですが、神殿騎士団、特にカルコス卿は聞いておいてほしいのですが――」

「はっ」


 カルコスは踵を鳴らした。女性司教サピロスは事務的に告げた。


「例の暴食に関係があると思われる独立傭兵とその一味の件です」


 暴食と聞いて、場にいる一同の視線が鋭くなった。目下、聖教会が追っている最上級悪魔、その所在について関心は深いものがある。


「紅の報告では、独立傭兵の名はラトゥン。その男こそ、暴食の仮の姿」


 おおっ――ついに暴食を突き止めたのか、と場は騒然となる。


「そして暴食は、王都に向かっているとのこと。もしかすれば、すでに潜入している可能性もあります」


 王都に――ざわつく司教たち。カルコスは口を開いた。


「では、そのラトゥンを捜索します」

「彼には仲間が同行しています。かつて処刑人として活動していたエキナ」


 処刑人――またも司教たちはどよめいた。素顔は知らないが、その名を知らぬ司教たちではなかった。


「ギプスという名のドワーフ。それとラー・ユガー盗賊団の頭目であるラー・ユガーもまた、暴食と行動を共にしています」


 サピロスは淡々と告げた。


「捜索の際は、ドワーフを含む四人組で探したほうが早いかもしれません」

「承知いたしました。では早速――」


 カルコスは司教らに頭を下げると退出した。アントラクスも慌てて一礼すると、その後を追った。


「――もしかしたら、フィエブレへの攻撃も暴食が裏で糸を引いているとか?」


 司教の一人が言えば、ガハバトはサピロスを見た。


「どう思う、サピロス司教?」

「アントラクスのいう金髪の魔術師については暴食の仲間にいませんが……。暴食の変身の可能性もありますれば」

「そうか、姿を変えてくるか。……悪魔だからな」


 ガハバトが頷けば、それまで黙していたヒュイオス大司教が口を開いた。


「暴食、か」

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