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第141話、フィエブレ壊滅


 その爆発は、王都の住民を叩き落とすだけの大音響だった。夜を昼と見まがうほどの光が瞬いたのも、それに拍車をかけた。


「ひゃあ……スゲぇ、威力」


 ゲロート男爵の屋敷が吹き飛ぶ様を遠く、とある宿の屋上から見ていたクワンは、そう声を上げた。


 図ったように屋敷の敷地だけを破壊する爆発。そこで発生した衝撃波や破片は、近隣の建物の窓を叩いたり、壁を傷つけたりはしたものの、巻き添えで吹き飛ばされるものはなかった。


「まさにピンポイントだな」

「当たり前じゃい。被害が出ないように、爆発を調整したんじゃからのぅ」


 ギプスが憮然とした表情のまま言った。クワンは、そんなドワーフを一瞥する。


「ラトゥンの旦那に渡す前に、かなり弄っていたようだけど、そういう制御もできるんだな」

「こちとら魔力式機械を動かすのに、ウン十年、魔石に触れてきたんじゃ。細かな調整もできんで、自動車を動かせるかい」


 ギプスの蒸気自動車は、魔力式で魔石が用いられている。その魔石の発動する熱だったり、あるいは水量だったりが適切であるように、予め手を加えている。


 自然のまま、ただ魔力を通しただけでは、車を動かすに適切なエネルギーを生み出すのは難しい。調整できれば、適合した魔石以外のものも、機械に使うことができるのだ。


「だいぶ騒がしくなってきているな……」


 クワンは屋上から建物の周りを見渡す。酒場の客も何の爆発だったのか気になって外に出てきているし、それは住民たちも同じだ。


「こちらにも来ますね」


 アリステリアが振り返る。屋上に宿か、あるいは酒場の客が何人か現れる。高いところから爆発のあった場所を探そうというのだろう。


 ここからは大事なことは言わない、とばかりに、エキナは口元に指を立てた。さすがに人工魔石や、男爵の屋敷、フィエブレなど、犯行を臭わせる単語を口にするわけにはいかない。


 とはいえ、すぐに立ち去るのも怪しまれるので、しばし野次馬を決め込む四人。同じく物見にきた客と、爆発についてあれこれ話した後、適当に場を離れるのであった。

 間もなく、王国の騎士団が、男爵の屋敷に駆けつけた。



 ・  ・  ・



「おう、邪魔するぞ」

「や、これはカルコス殿」


 王都トレランティア騎士団の騎士は、やってきた神殿騎士団王都守備隊のカルコス隊長の登場に背筋を伸ばした。


「大司教猊下の命を受けて、捜査するように言われてきた」


 カルコスは大男である。神殿騎士の姿をしていなければ、熊か山賊の首領かと思えるような顔つきをしている。

 神殿騎士の登場に、現場の指揮を任されていた年配の騎士長がやってくる。


「ご苦労様です」

「まさか王都でこんな惨事が起きるとはなぁ」


 カルコスは腕を組んだ。世間一般には、聖教会の騎士団より、王国の騎士団の方が立場は上という印象だが、悪魔が活発に活動している王都では、むしろ神殿騎士団の方が強かった。


「で、何があったか、わかったのかい?」

「爆発があった……というのは、多くの目撃者の証言の通りです」


 カルコスより二回りも年上だろう騎士長は答えた。


「魔法の暴発、と見るには少々威力が大き過ぎる……。騎士団の魔術師曰く、もし魔法であるなら、王国でも指折りの術者でないと無理な規模とのことです」

「魔法なのか?」

「他に考えつかなかったもので。なにぶん男爵の屋敷の周りの壁がありますから、外部から中で何が起きたか、見た者がおらんのです」

「……だろうな」

「ただ、何やら人が集まっていたというのは、壁の外を通った者もわかったようで。何か、儀式のようなものをしていたんですかね?」

「フン……」


 カルコスは腕を組んだまま、倒壊した屋敷を眺める。ここが自警団フィエブレの本拠地であることは、当然ながらカルコスは知っている。

 集会でもしていたらしいという話だったが、そこまでは神殿騎士団も把握していない。


「わかった。いやわからんのだが、この件は、少々不可解なものがある。もしかしたら、悪魔が関わっているかもしれん。現場は神殿騎士団が預かるが、よろしいか?」


「……そうですな。悪魔が関わっているのなら、我々より、神殿騎士団の方が専門ですからな」


 騎士長は、原因がわからないまま引き取るように言われたことに、少しムッとしたが、王国騎士団と聖教会の力関係の前に、強く出ることはできなかった。


 もっとも、原因が正体不明の大爆発とあれば、人間技であるかも怪しく、悪魔の仕業とあらば、言い訳は立つかと騎士長は思った。


 王国騎士団が立ち去ると、現場は神殿騎士団が固め、現場検証が行われる。


「……おお、いたいた」


 カルコスは庭を見渡し、黒焦げの遺体のようなものを見つけ、駆け寄った。


「アントラクスか。生きているか?」


 尋ねれば、炭のようになっていたそれが、ブルリと動き、その姿を人型に戻した。


「あぁ、酷い目にあった」

「貴様が再生状態で固まっていたところからみて、相当なものだったんだな。……何があった?」


 カルコスは、まだ再生途中のアントラクスを見やる。フィエブレのボスは、不機嫌さを隠そうともしなかった。


「何者かは、知らないが攻撃を受けた。やった奴は、魔道具屋から人工魔石を奪った奴だ」

「どういうことだ?」


 アントラクスは、昼間、系列の魔道具屋が襲撃を受けて、人工魔石を盗まれたことを告げた。犯人を見つけ出し、魔石の奪回と報復のために人を集めたところを、敵は奪った人工魔石を爆弾として使ったのだ。


「なるほど、人工魔石の爆発か」


 カルコスは、屋敷の破壊をもたらしたそれの正体に合点がいった。アントラクスは続ける。


「フィエブレを壊滅させようとする奴の仕業だ! 人工魔石を手に入れ、それをここにぶつけてくる……。業界に詳しい奴の犯行だ!」

「誰か見当はついているのか?」

「いや……。ここまで大それたことをしでかす奴に心当たりはない」


 アントラクスは気に入らないと鼻をならす。


「だが、実行した奴は、おそらく魔術師だ。二十代半ばの若い金髪魔術師。うちの系列店から魔道具屋を知り、そこで人工魔石を奪った後、ここで使ったに違いない! 魔術師なら魔石を爆弾にする方法も知っているだろう」

「金髪の魔術師か……。何者だ……?」

「知らねぇ。だがタダじゃおかねえ! 必ず償いをさせてやる!」


 アントラクスはそう息巻くのだった。

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