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第140話、またたく光


「なに? シーカーがいなくなった?」


 フィエブレの首領、アントラクスは眉をひそめた。


「どういうことだ? 幻視で、魔道具屋をやった奴を突き止めたのか?」

「それが、護衛についていた連中もいなくなったようで」


 部下は続ける。


「シーカー兄貴の指示で、聞き込みに出たんですが、戻ってみたら誰もいやせんでした。普通、移動するにしても伝言役を残しておくもんですが、それもなく――」

「黙っていなくなるのも、おかしな話じゃないか」

「まさに」


 魔道具屋の職人を殺し、人工魔石を奪った犯人の手掛かりを追うはずが、肝心の追跡屋の行方が不明。


「魔道具屋をやった奴が戻ってきて、シーカーを始末しやがったか……?」


 アントラクスは不機嫌さを隠そうともしない。


「それでシーカーの指示で、聞き込みをしたというのは?」

「はい。魔道具屋に誘導された人間が、店を襲ったと兄貴が推理しまして――」


 なるほど。追跡屋はそう見立て、襲撃犯についての情報収集にあたらせたらしい。すると、犯人は旅のハンターか、それに比肩しうる実力者ということだ。王都にいてフィエブレに何らかの妨害をしようとしていた者、という線は低くなった。


 たまたま起きてしまった不幸な事故。恐るべき不運だったのは、相手は悪魔も屠れる実力者だったということだ。


「シーカーが戻らねぇんじゃ、ヤった奴の顔もわからねえ。それで、聞き込みの結果は?」

「系列の店にあたったところ、魔道具屋を紹介したのは三人でさぁ」


 部下は言った。


「一人は初級の魔術師らしい男です。金髪で、歳は二十歳前後。人当たりが良さそうな雰囲気だったそうです」


 聞くところによると、近くの町から出てきた新人魔術師らしい。そんな男が、悪魔を倒せるとは思えないが、実際に見たわけではないから何とも言えない。素人のフリをした上級魔術師の可能性もなくはないのだ。


「で、残り二人なんですが、若いカップルのようで――」


 カップルと聞いた時点で、アントラクスが冷めたような顔になった。部下はそれに気づいたが、報告をやめるわけにもいかない。


「一人は、ハンターか戦士といった雰囲気の男です。黒髪に、がっちりした体格。酷く無愛想だったとか」

「……ハンターか戦士」

「その連れが、いたく可愛い娘だったそうで。金髪で若い娘で、田舎から出てきたという割には上品な雰囲気だったそうで。カップルというより、どこぞの町長の娘とその護衛のようにも見えたと」

「ふうん、それが魔道具屋に行った奴らか」


 アントラクスは自身の顎に手を当てる。カップル、二人組と聞いて、魔道具屋を襲った奴ではないだろうと、無意識に思いかかっていたが、戦士、護衛っぽいと聞いて認識を改めた。どこぞのお嬢様とそのお付きであれば、腕がよい可能性は充分にある。


 この二人組が襲撃犯だったら、本当に不幸な正面衝突だったとしかいいようがない。


「まだ情報が足りないが、人海戦術でいくしかあるまい。野郎どもに、人相、背格好について教えて、探させろ。あと何人か王都中の宿にやって、例の二人組と、金髪の魔術師が宿泊していないかを調べさせろ」

「わかりやした!」

「あと、シーカーも探させろ。まだ襲撃犯を探しているだけかもしれんが、もしかしたら敵に捕まっているかもしれん」

「敵ってのは……」

「それくらい察しろ、馬鹿め!」


 アントラクスは怒鳴り、部下たちを走らせた。まったく、と呟きかけた時、突然の轟音と吹き込んだ衝撃波が部屋の窓を破壊した。


「うおっ――!?」


 壁が破壊され、強烈な熱が室内に流れ込んでくる。外に出ようとして部下たちは光に呑み込まれた。

 何だ?――声を出す間もなかった。



  ・  ・  ・



 それは空から降ってきた。

 夜空を一羽の大鷹が飛び抜ける。その眼下にはゲロート男爵の屋敷。庭には、如何にもガラの悪さばかりが目立つ男たちが大勢集まっていた。


 アントラクスの招集を受けたフィエブレの構成員たちだ。それぞれの得物を持って、討ち入りにでも行くかのように士気が高かったが、突然落ちてきたもの――人工魔石が全てを焼き払った。


 爆裂の魔法が仕込まれた魔石は、落下の衝撃が伝わった瞬間、その力を解放。圧倒的な熱と光が、あっという間に構成員たちを燃やし尽くして、骨すら残さなかった。


 まさに圧倒的。ギプスによって範囲を調整された人工魔石は、その効果範囲内での威力に魔力の全てを注がれたのだ。


 庭での爆発は、屋敷と敷地を囲む壁にもダメージを与えた。男爵の屋敷の壁も吹き飛ばし、室内にいた者たちも半分ほどが爆発の直撃を受けて、庭にいた者たちと同様の運命を辿った。


 地上は阿鼻叫喚の地獄と化した。一般の下級悪魔や、そうとは知らず所属していた人間は、その爆発で消滅、もしくは塵となったが、ランクの高い悪魔は瀕死で踏みとどまり、しかしろくに動ける者などほとんどいない。


 むしろ半壊した屋敷に生存者がいて、それらが何人か飛び出し、死の淵で呻いている者たちの元へ駆け寄ったり、負傷した同僚を引っ張り出していた。


 そして生存者の中には、アントラクスもいた。衝撃波で吹き飛び、背中を強かに打ちつけたが、その程度で済んだ。


「畜生めっ! いったい全体、これは何だぁ……?」


 屋敷の庭にいた者たちはほぼやられてしまった。フィエブレの強者たちが、一瞬のうちに壊滅してしまったのだ。


 どうしてこうなった? アントラクスの当然の疑問も、しかしそれに答える者はいない。

 昼間の魔道具屋襲撃は、フィエブレに対する本格的な攻撃の前触れだったのかもしれない。


「……いったい誰が」


 フィエブレを攻撃するというのか。個人でこの組織に対する恨みを持っている者は少なくない。その自覚はあるのだが、その報復など一人、二人を殺す程度が精々。ここまでの破壊をもたらせる者など、そこらの上級悪魔にだって中々できないだろう。


 わからない。ほぼ一瞬の間に、起きた破壊。これは魔法の一瞬か。


「……魔法」


 聞き込みの情報にあった金髪の若い魔術師とやらが浮かんだ。そいつが刺客だったのか。

 アントラクスが、湧き上がって怒りを声に出そうとした時、何かがキラリと光って落ちてくるのが見えた。


 ――何だ……? 魔石?


 人工魔石のようだと思ったその時、地面に落ちたそれが再び猛烈な光と熱を放出し、庭にいた瀕死の者、生存者たち、そしてアントラクスを呑み込む。


「なにぃーっ!?」


 今度こそ、アントラクスの体は超高温によって焼かれたのであった。

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