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第139話、フィエブレへの報復


 シーカーが不意を衝かれた。不自然に上半身を食いちぎられ、死亡。護衛についていたフィエブレの構成員の目の前で起きた事件であった。


「てめぇっ!」


 腕を瞬時に悪魔のそれに変えて、構成員はバーのマスターだったそれに殴りかかる。無感動な目。それは彼が知るマスターのそれと違う。


「いったい何者だッ?」


 爪で引き裂く寸前、シーカーを喰らったドラゴンが横合いから飛び込んできて、構成員の半身を喰らった。


「ぐおっ、がああぁっ!」


 体の半分が持っていかれた。構成員には何が何だかわからなかった。体勢が崩れ、その場に倒れる。


「畜生! てめぇ、何しやがった……!?」

「犯人は犯行現場に戻る、という言葉を聞いたことはあるかな?」

「な、何だと……!? て、てめぇがやったってのか!?」

「フィエブレは、俺を探しているんだろう?」


 マスターの姿をしたそれは言った。これだけ騒いでも、表にいる護衛構成員の部下たちが、現れない。すでに始末されてしまったのだ。


「ボスの居場所を聞こうと思ったんだが、その必要はなくなったな」

「てめぇ、マスターじゃねえな!? 何者だ!?」

「さっきからそればかりだな。他に聞くことはないはないのか?」


 動けない構成員に、マスターに化けているそれは言った。


「名乗るつもりはない。お前もここで喰われるんだからな」


 左腕のドラゴンが、護衛構成員の残りを喰らった。


「さて……」


 マスターに化けたそれ――ラトゥンは、他に敵が残っていないか確かめる。

 暴食が喰ったフィエブレの構成員の記憶で、フィエブレのアジトやボスの姿がイメージで浮かぶ。もうここに敵が残っていないようなら、長居は無用だ。



  ・  ・  ・



 王都北地区にあるゲロート男爵の屋敷。そこがフィエブレの王都活動の本拠地だった。


「ここにいる連中は、悪魔とその悪魔の協力者だ」


 ラトゥンは、その屋敷が見える酒場――の宿の三階屋上に上がって屋敷を望む。

 夜の風が吹き抜ける。かすかに酒場の喧騒が漏れ聞こえる。本来は宿に宿泊した者が二階より上を利用するので、部外者が屋上に入り込むことはない。宿泊客に擬装し、酒場で飲んだ後、しれっと上がってきたのである。

 閑話休題。同じく屋上にやってきたギプスが尋ねた。


「で、どう攻めるんだ?」

「馬鹿正直に乗り込むとしても、構成員全員を相手にするのは、さすがに多勢に無勢だ。手っ取り早く、吹き飛ばしたい」


 ラトゥンはギプスを見やる。


「あんたは魔石の扱い方に心得があるだろう?」


 魔力式蒸気自動車、それを動かすのに魔石が用いられている。彼が自作したという車なのだから、魔石の扱いも当然知っているはずだ。


「魔石……?」


 嫌な予感がしたのか、ギプスの表情が曇る。ラトゥンは反論覚悟で言った。


「人工魔石の魔力を解放して、爆発させることはできるか?」


 場の空気が凍ったようだった。エキナ、クワン、アリステリアは後ろで息を呑む。ギプスはたっぷり躊躇ったのち、沈黙に耐えきれず口を開いた。


「魔石を爆発させることはできる。ドワーフは、魔石の使い方で発破術を学ぶからのぅ」


 鉱山や地下で岩盤を爆破するなど、地下の開拓に関して、ドワーフにとって炎と爆発の扱いは、基礎知識である。


「あの人工魔石であれば……まあ、あの屋敷を吹き飛ばすくらいはできるじゃろうよ。じゃが……よいのか?」


 人が加工されたものである。どういう経緯でそうなったか実際に見たわけではないが、手口からして、何も知らない旅人などが悪魔の店に入ったところを捕まり、魔石になってしまったと思われる。いわば犠牲者である。


「元に戻す方法があるのならともかく、そうでないなら、もう普通の魔石と同様に使うしかない」


 ラトゥンは、フィエブレの本拠地である屋敷を睨む。


「それとも、宝石のように飾っておくとでも? そちらのほうが惨いじゃないか?」


 戦利品のように、装飾品のように。人だったものを飾っておく。たとえその気がなくても、考えようによっては悪趣味の極みではないか。


「この状態で人としての意識が残っているのなら、確かに残酷かもしれない。だけど、元に戻れなくて、あいつらに利用され、消費されるくらいなら、せめて一矢報いたいと……もちろん、俺だったらそう思うだけだ。実際の犠牲者たちがどう思っていたかなんて、本当のところはわからないが」

「魔石になりたくない、って思っただろうよ」


 クワンがボソリと言った。


「そうさ、誰だって魔石になんか加工されたくない。もし意識が残ってるなんてことがあったら、地獄だよ。絶望しかない。むしろ、早く解放してくれって思うんじゃないか……」

「意識が残っておるかなんぞ、わかるものか」


 ギプスは鼻をならす。


「もうこうなった時点で、人としての意識など残っておらんじゃろうよ。石じゃぞ? 頭も、心臓もなくなって、どうして意識が残るんじゃ?」


 ドワーフは小さく首を横に振った。


「聖教会もこの人工魔石を使っておるんじゃろ? どうせろくな使い方をされとらんじゃろう。そしてフィエブレは、こいつを使って金儲けをしていて、放っておけば犠牲者が増える。なら、自分たちが利用している人工魔石に滅ぼされるのは自業自得というもんじゃろ」


 やるぞ、とギプスは声に力を込めた。


「これも供養じゃ。仇討ちじゃ!」

「……すまんな。ありがとう」


 本当は、人工魔石に関わるのも嫌だろうに、ラトゥンの考えに賛同してくれた。一方で、エキナは難しい顔で黙り込んでいる。


「君は反対か?」

「え? いえ、それは……」


 一瞬詰まったが、すぐに彼女は首を振る。


「反対はしません」


 エキナは言わなかった。もしかしたら、人工魔石にされた人を元に戻すことができるかもしれない、と考えが過ったからだ。


 それは、聖教会大聖堂の地下にあるという奇跡の石を使うこと。奇跡を起こす力を持つ石は、大抵の願いが叶う。人工魔石の人々も――そう考え、だがエキナは迷った。


 奇跡の石は一つ、願いも一つ。人工魔石にされた人を戻すことができたとして、ラトゥン願う、暴食を体から引き離し人間になることが叶わないことを意味する。ラトゥンが元のラトに戻れなくなる。それはこれまでの聖教会との戦い、旅の目的を無駄にしてしまう。


 何より、それを口に出してしまったら、優しいラトは自分のことを諦め、見ず知らずの人のために奇跡の石を使おうとしてしまうのではないか。

 そう感じたから、エキナは言えなかったのだ。


 それに人工魔石の人全員が戻れるわけではない。奇跡の石の力が一人限定だったなら、どの人工魔石を戻すかで結局選択を強いられる。他の魔石の人は見捨てることになるのだ。


 それで奇跡の石は、ラトゥンが使おうという流れになったとしても、その案を一言でも言ってしまえば、彼はずっとそのことを心に引きずることになる。


 ――これは、わたしの胸の奥に秘めておこう。


 エキナは固く誓った。

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