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第138話、現場検証


「魔道具屋がやられた」


 フィエブレの首領、アントラクスはギョロリとした目で、報告に来た部下を睨んだ。

「人工魔石は?」

「全て奪われました」

「チッ」


 アントラクスは舌打ちをする。

 本来は巨漢なのだが、ひどい猫背のせいで、人並みの身長の男に見える。横幅があるように見えるのもそのせいで、背筋がピンと伸びれば、身長二メートルを軽く越える大男になるであろう。顔つきは凶相そのもので、盗賊の頭と言われても信じてしまえそうなほどであった。


 ただ服装はパーティーに出席しても違和感のない正装であり、綺麗好きである。惜しむらくは、やはり猫背で姿勢が悪いことか。


「店にいた奴は?」

「皆殺しです」

「人工魔石を奪われ、その場にいた奴らは全滅……」


 アントラクスはゆったりとした椅子に腰掛けた。


「誰にそんなことができる? ハンターか?」

「それならハンターギルドで騒ぎになっているはずです」


 話を聞いていた幹部の一人が口を開いた。


「ギルドには、魔道具屋に悪魔がどうのって話や、討伐依頼はないでしょう。あればいの一番に報告が来るはずですから」

「じゃあ何者だ? 余所から流れて、オレたちのシマを争うって馬鹿は」

「正体は不明ではありますが――」


 報告にきた部下は言った。


「目撃者がいないか聞き込みをやらせていて、さらにシーカーを現場に送りました。やった奴の姿も、直にわかるでしょう」

「よーし……。とりあえず、動ける奴全員に招集をかけとけ」

「はい」


 部下は頭を下げると、その場を後にした。幹部が眉間にしわを寄せた。


「全員ですか?」

「敵は、その場にいた悪魔を全滅できる奴だぞ」


 アントラクスは苛立ちを露わにする。


「あそこには、博士と、その魔法生物もいたはずだ。それもやられちまったってことは、相手はただ者じゃねえ」


 人工魔石を作ることができる職人――通称『博士』と、彼が作り出した人工悪魔。その喪失は、フィエブレにとって痛かった。


「うちのモンに手を出したらどういうことになるか、思い知らせてやらんとな。場にいるモンは皆殺しだ! 盗んだものを取り戻し、バラバラにして、サハギンのエサにしてやるっ!」


 アントラクスは声を荒げるのだった。



  ・  ・  ・



 シーカーと呼ばれる悪魔は、魔道具屋の地下にいた。室内の荒れ具合は少々といったところ。


「……これは物取り目的で入ったわけじゃなさそうだ」

「そうなんですかい?」


 シーカーの呟きに、護衛として同行するフィエブレの構成員は首をかしげた。


「地下工房は、焼け焦げて真っ黒。人工魔石も奪われたんでしょ?」

「つまり、博士とそのペットと戦った跡はあるわけだ」


 口元を緩めるシーカー。


「しかも工房で、だ。工房で戦闘になる……これが意味するところは」


 人間を人工魔石に加工するために工房に連れ込んだ。だがそこで抵抗され、しかもそれはただの人間ではなかった。


「おい、人をやって、系列店にここを紹介した奴がいないか聞き込みをさせろ。おそらく、紹介されてこの店に来た奴がここを襲ったんだ」

「わかりやした。――おい」


 護衛は、待機している同僚の一人を呼び、シーカーの言った内容を伝え、伝令に走らせた。


「つまりは、どういうことなんですかい? シーカーの兄貴」

「つまりだ、ここを襲った奴は最初からここを襲うつもりはなかったということだ。旅人と思って引き込んだら、返り討ちにあった、というところだろうな」

「幻視しないでもわかるんですね、兄貴には」


 護衛は肩をすくめた。シーカーの得意とする術は、過去に何があったかを覗き見る。だから現場に来れば、事件当時のヴィジョンを見て、犯人を割り出すことができた。


 だが、シーカー本人に言わせれば、そう簡単な話でもない。


「使い放題ではないからな。一度使うと、次に幻視が使えるまで最低一時間は掛かる。こういう事が起きた時、組織やボスは早く犯人を知りたがるものだからな。外れを引いて犯人の姿が見えなかったら、一時間待たせることになる」

「そいつは勘弁ですなぁ。ボスの機嫌が悪ければ、こっちまでとばっちりを食らいそうだ」


 あはは、と護衛は笑った。


「それで、どこがいいボジションなのか、探しているんですね、兄貴?」

「そういうことだ。幻視中は、位置を動かせないからな」


 シーカーは、室内を移動しながら、どう見えるかシミュレートを重ねる。護衛は付き添うが、シーカーは中々位置を決められない。


「どうしたんです?」

「博士を殺したところか、このバーでマスターを殺したところか、どっちを見るべきかと迷っている」


 地下一階と地下二階で、現場が異なるため、一度の幻視では片方しか見えない。


「博士の方じゃないんですかい?」

「そうなんだが、ペットが暴れたせいで、いまいち死体の位置が定まっていないというか、巻き添えを受けてズレてしまっているようなんだ」

「あ、もしかして位置によっては、犯人の背中しか見えないなんてことも……?」

「あるなぁ。どっちが正しい位置か掴みかねている。それならバーのマスターの方かとも思ったんだが……」


 シーカーはそこで首をかしげた。


「ところで、マスターの死体。頭はどこだ?」

「それが、ないんですよ」


 護衛は背筋を伸ばした。


「妙なんですけどね。現場の確認に入った奴らも、マスターの首がないことに気づいて探したらしいんですが、やっぱり見つからなかった、と」

「犯人が持ち去った?」

「じゃないですかね。それ以外、ちょっと考えられませんぜ」


 そんなことあるか?――シーカーは頭を悩ませるのである。

 ここでの戦闘は事故みたいなものと解釈している。犯人は、悪魔を倒せるほどの強者だが、偶発的戦闘で、倒した相手の首を持ち去るなど奇妙過ぎる。まるでフィエブレと対立する別派閥の奴らのやり口のようである。


 ――いや、それもないか。


 それでは悪魔同士の戦争ではないか。互いにしのぎを削るとはいえ、抗争沙汰にするようなことはこれまではなかった。

 そこで、誰かの気配がした。一階から降りてくる者がいる。


「やー、これは参ったね」


 そう言って現れたのは、バーのマスターだった。これには護衛もシーカーも吃驚する。


「マスター!? 生きていたんですかい!?」


 でも死体はそこに――護衛が指さすところには、確かにマスターとおぼしき死体があって。


「フィエブレの皆さん、お疲れさまです。――あー、それね。それ、ちょっと取りにきたんだよ……」


 その瞬間、マスターの腕が肥大化し、黒い竜となってシーカーに襲いかかった。


「え……?」


 シーカーの半身が喰われた。

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