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第137話、フィエブレとは何者か


 人工魔石を使うか否か、クワンは迷って結論を保留した。

 ラトゥンは、その判断を少し意外に感じた。盗賊団を率いていた人物なのだから、というと偏見だが、人が素材だろうが魔石は魔石。人間に戻せないのなら、使ってしまえと言うのではないか、と思った。


 ――どうせ戻せないのなら、有意義に使ってもバチは当たらないのではないか?


 それはラトゥン自身の意思なのか、それとも浸食する暴食の意識だったのか、わからない。

 だが、クワンが悩ましげな顔をしているのを尻目に、ラトゥンの中では人工魔石を使っても構わないのではないか、という思いがふつふつと湧いていくのであった。


 話を変えるように、クワンは本日の情報収集の成果について報告した。もっとも、その内容については、ギプスとエキナが仕入れてきたものとほぼ変わらなかったが。


「その話なら、もう知っておる」


 ギプスは不満そうな顔をするが、ラトゥンは言うのである。


「情報が重なるということは、確度が高いということだ」


 いわゆる裏付け、クロスチェックである。

 情報源が一つだと、その信憑性は怪しいが、違う場所で同じ情報が出れば、偽情報の可能性は下がる。情報を集めた当人が嘘をついているかもしれない、というより敵が偽情報をばらまいているという線もあるから、複数同じ情報があったとしても、鵜呑みにするのは危険ではあるが……。嘘か真実か、慎重に探る必要はある。


 一通りの説明の後、ラトゥンはクワンに尋ねた。


「フィエブレって知っているか?」

「っ!」


 クワンが傍目にもわかるほど、ビクリとした。


「知っているんだな?」

「ああ、裏に関わっている人間で、王都近辺にいたら知らない奴はまずいない。いたらそいつは素人以下だ」


 王都の周りでは有名な集団らしい。ラトゥンは目を鋭くさせた。


「じゃあ、王都のことに疎い俺のような素人にも教えてくれよ。フィエブレって何だ?」

「表の人間で、フィエブレの実態を知っている奴はそうはいないよ。拗ねないでくれ」

「一応、俺もアングラなつもりなんだがね」


 悪魔であることを隠して、裏から聖教会に挑んでいるわけだから。そう言えば、クワンは首を小さく横に振った。


「あんたは王都は初めてでしょうが。知らなくても仕方ないさ」


 クワンは席に座る。長話になりそうな雰囲気だった。


「最初に言っておくと、フィエブレはヤバい組織だ。おれら盗賊だって遠慮するくらいだ。こいつらには絶対関わらないほうがいい」

「もうすでにつま先で引っかけている状態だ」

「何をしたの!?」


 クワンの驚きがいちいち大きい。それだけフィエブレが危険な存在なのだろう。


「この人工魔石を作っていた魔道具屋が、フィエブレの傘下だったらしい。面倒に巻き込まれたんでね、魔道具屋は潰した」

「……マジか」


 天を仰ぐクワン。


「連中にあんたのことバレた?」

「店にいた者は全滅させた。だが出入りしたところを見られたとか、魔法か何かで追跡できるのならわからん」

「確かにな。じゃあ、まだ大丈夫だが、時間の問題と考えたほうがいいな」


 ちら、とクワンはギプスを見た。


「宿を変えたほうがいいかもしれない」

「そんなに危険な奴らなのか?」


 ギプスが聞けば、クワンは力強く頷いた。


「そうだよ、危ないんだよ。王都で揉め事を起こしたら、まず皆殺しにされるってくらい危ないんだよ」

「そうか」


 ラトゥンの返事はそっけなかった。


「どの道、潰すか迷っていたんだ。向こうが放っておく気がないなら、潰すだけだ」


 聖教会との戦いが控えているのだ。邪魔立てするならば排除するまでである。


「淡白だねぇ、旦那」

「そりゃあ仕掛けてきたのは、向こうだ。こっちは被害者だ」


 武具屋が紹介しなければ、あの魔道具屋には行かなかった。全ては旅人を人工魔石にしてしまおうという悪徳業者のせいだ。こちらには何の後ろめたさもない。


「で、何者だ、フィエブレって」

「王都を裏で牛耳る『自警団』。悪いことをしている奴らを束ねて、荒事だったり、手酷い商売をやっている連中だよ」

「自警団……」

「自称な。裏社会で名乗る時、自分たちが何者かって表す時に『自警団』って名乗ってる」


 そこでエキナが口を開いた。


「聖教会は、フィエブレについて知っているんですか?」

「そりゃあ知ってるよ。聖教会が公にできない仕事を代わりにやっているのがフィエブレってぐらいだからな。ズブの関係よ」


 さすが悪魔の巣窟である聖教会。大抵の悪党とは繋がりがあるということだ。というよりも――


「魔道具屋も悪魔どもの店だったからな。もしかしたらフィエブレは、聖教会の一組織なのかもしれない」


 繋がりというより、部署の一つの可能性もある。フィエブレもまた聖教会。悪魔がゴロゴロしているかもしれない。


「その可能性はありますね」


 エキナが同意した。アリステリアは一人わからないという顔をしている。


「しかし、そうなると困ったな……」

「何がだ、ラトゥンの旦那?」

「フィエブレが聖教会と密接に関係していれるほど、フィエブレを潰した時に、聖教会にこちらのことが伝わる」


 これから大聖堂に殴り込みをかけようとしている時に、フィエブレを壊滅させたとなれば、聖教会に暴食対策をする時間を与えてしまう可能性もなくはない。

 ギプスが眉をひそめる。


「じゃが、手をこまねいておっても、フィエブレ何とかが向こうから攻めてくるかもしれんのじゃろう? そうなったら結局バレるんじゃないか?」

「そうなんだよな……」


 あまり時間がない。そして状況を考えれば――


「聖教会はまだこちらを掴んでいないが、フィエブレは俺たちを探している可能性が高い。もちろんバレていない可能性もあるが――」

「旦那、それを期待しちゃいけない。そういう奴らじゃないから」


 クワンが釘を刺す。ケチをつけられたらどこまでも追って報復する。それがフィエブレである。

 わかっているとラトゥンは頷いた。


「そういうことだから、どの道、避けて通れない。なら、聖教会はひとまず置いておいて、フィエブレを叩かないと話にならないということだ」


 奇跡の石を手に入れる意味でも、聖教会に復讐するためにも。障害は潰す。そうやってここまでやってきたのだ。

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