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第136話、人工魔石の使い道


 エキナが戻ってきた。

 彼女は、王都の大聖堂の周りと、教会関係施設を遠巻きに観察してきた。処刑人として聖教会にいたから、その時の違いなどを見てきたが。


「わたしがいた頃と、変わったところはなかったように思います」


 そう言った彼女だが、一日見ただけだから断言はできないと付け加えた。ただその見た範囲で言えば、別段警備が強化されたとか、何か新しい施設が増築されたとか、入り込むにあたって障害になる要素は増えてはいなかった。


「王都自体は、平和だってことなんだろうな」


 ラトゥンは、先にギプスから聞いた話を引き合いに出して言う。警備状況が相変わらずなのは、警戒すべき騒動などが起きていないからとも言える。


「てっきり、俺が王都に近づいているから、警備が増えているかと思ったんだがな」


 聖教会や神殿騎士団も、少しずつ暴食が王都に近づいていると考えていた節がある。ランサの村から王都への道中で、ラトゥンらの乗る車を、教会の異端審問官のグループが追ってきたから、悪魔たちもまったく無警戒ではないはずだが。


「暴食が王都に来るのは、まだ先だと思っているとか?」


 アリステリアは首をかしげた。ラトゥンも肩をすくめる。


「どうかな。警戒はしているはずなんだ。それでも大聖堂あたりの警備状況が変わっていないのは……」

「怪しい、か……?」


 ギプスは鼻をならす。


「暴食が王都に接近していると思うておるなら、いつ来るかわからん時点で警備体制を強化するもんじゃろう。外はガラガラ、しかし中は警戒厳重の可能性はあるぞい」

「王都の住人に知られず、こっそり暴食を始末したいと考えるなら……そうだよな」


 ラトゥンも頷いた。


「むしろ大聖堂に入ってこい、と。そこで罠を張っている可能性は高いな」

「もう少し、偵察しますか? 今度は情報を探るために敷地内に入って」


 エキナが尋ねた。ラトゥンは考える。


「どうせ潜入するなら、そのまま奥に行って奇跡の石を手に入れるまで進んだほうがいいんじゃないか?」


 偵察目的で潜入したとて、敵に察知されたら二度目はない。より警戒が厳重になるだけに留まらず、王都中で暴食探しが始まるだろう。この宿も割り出されてしまうかもしれない。


「もう少し、考えるか」


 安易に飛び込むのは避けるべきだろう。今回は、失敗したら余所でいいや、とはいかない。何せ聖教会の総本山である。他はないのだ。


「そう言って抜け駆けするんじゃなかろうな?」


 ギプスが睨んできたので、ラトゥンは首を横に振る。


「安易に突っ込むな、と言ったのはあんただぞ」


 本当か、と疑わしそうな目。ギプスだけでなく、エキナも、アリステリアでさえもそれである。


「それにしても、クワンは遅いな」

「そうですね」


 殊勝にもまだ情報収集をしているのか、トラブったのか。エキナが眉をひそめた。


「まさか、捕まったとか?」

「一応あれで、指名手配じゃからのぅ。あるいは、逃げた、とか」

「聖教会に見つかったから?」


 前向きなフォローを入れるラトゥン。大聖堂に突っ込もうとしているラトゥンたちと一緒にいると命が危ないから、一人逃げたというパターンもあり得るのだが、それを口にするのは憚れた。嘘つきではあるが、魔女の谷ほか修羅場をくぐり抜けた仲ではある。


「待つ間に、エキナにも情報共有しておこう」


 ギプスの仕入れた王都の噂。人間を加工する魔道具屋と、フィエブレなる謎組織。エキナ、そしてギプスにも、地下で回収してきた人工魔石の実物を見せる。


「これが、人だったものですか……」


 信じられないという顔をするエキナ。ギプスは実際に手に取る。


「ふむ、見た目、触り心地……。確かに魔石じゃが……なんじゃろな、石にしては軽いか」


 難しい顔をして黙り込むギプス。石には詳しいドワーフがその様子では、言われなければ人工魔石と実際の魔石の見分けは、素人には判断できないだろう。

 そこでエキナが扉の方を見た。誰かがやってくる気配。そして扉が開き、クワンが現れた。


「ただいま。おれが一番最後かい」

「遅かったな」

「そりゃあ、バレたら命に関わるんでね。歩くにも細心の注意を払ったのさ。……おっ、それは!」


 ギプスが手に乗せ、難しい顔で睨んでいる人工魔石を、クワンは手にとった。


「これ魔石か? すっげぇ大きいな。呪いを解ける触媒を見つけてくれていたんだなぁ」


 魔女の呪いを解く儀式に必要な魔力。聖女アリステリアが解呪を試みる不足する魔力を補う触媒の入手は、クワンの願いを達成に欠かせない。

 しかしギプスは険しい顔を崩さない。


「お主、それを使うつもりか?」

「? どういうことだよ。儀式に使うための魔石だろう? 使わないなら、何であるの?」

「それ、人間を加工したもんじゃぞ」

「え?」


 聞き違いかとクワンは確認する。ギプスは唸るように言った。


「それは人工魔石じゃ。生きた人間を、悪魔が魔法で魔石に加工したもんじゃ。――それでもお主は使うつもりか?」

「人間を、加工って……冗談だろ?」


 たちの悪い冗談だと思いたかった。しかしラトゥンも、エキナも、アリステリアでさえ無言だった。


「本当なのかよ……」

「悪魔の犠牲者、その成れの果てだ」


 ラトゥンが言えば、アリステリアはどこか寂しげに告げる。


「いくつか人工魔石がありますから、これを使えば、解呪の儀式は行えますけれど……」

「……」


 気が進まないのはアリステリアの表情を見ればわかる。悪魔によって魔石にされてしまった人間、その犠牲者たちなのだ。自動人形兵に封入された人たちと同じ、強制的にこうなってしまったものである。


「使うかどうかは、お主が判断せい」


 ギプスは、どこか突き放すように言った。


「魔力というのは、生き物の残り香。生命エネルギーの一部という説もある。わしらが普段使っておる魔石も、人間ではないにしろ何かの生き物じゃったものが含まれておるかもしれん。それと同じじゃ」

「同じ、なのか……?」


 クワンは、何とも言えない表情で手元の人工魔石を見つめる。


「これは、元の人間に戻す方法は……あるのか?」

「わからない」


 ラトゥンが首を横に振れば、ギプスは剣呑な顔つきで言った。


「まあ、普通に考えれば、元には戻れんじゃろう。聖女様だって知らないんじゃ。どうにもならんよ」


 残念そうに首を振るアリステリア。呪いの類いとは違う悪魔の術、その所業である。ギプスは言う。


「人工じゃろうがなんじゃろうが、魔石は魔石じゃ。まあ、よく考えることじゃな」

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