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第135話、王都の噂話


 宿に戻ったラトゥンとアリステリア。


 エキナにギプス、クワンは戻っていなかった。情報収集にしっかり時間をかけているようで、手持ち無沙汰となる。


「あいつら、無茶をしていないといいんだが……」


 ラトゥンが不安を口にすると、アリステリアはクスリと笑った。


「あなたがそれを言っちゃうんだ」

「どういう意味だ?」

「他の三人も、あなたのことには同じように思っているんじゃないかなー、と思って」


 役割を決めた時のやりとりを思い出し、ラトゥンは渋い表情になる。アリステリアの指摘は、おそらくそうだろう。


「いや、クワンはそうは思っていないかも」

「そうなの?」

「そこまで親しくない」

「本人が聞いたら傷つくだろうなぁ」


 アリステリアの言葉に、そうだろうか、とラトゥンは首を捻る。

 仲間たちを待つ間、二人は他愛ない昔話で時間を潰した。最初に戻ったのはギプスだった。酒臭かった。


「昼間から飲んだんだな」

「情報収集とくれば酒場じゃ」


 ギプスはご機嫌だった。


「酒場で酒を飲まないのは怪し過ぎるじゃろうて。……あー、まあ、町や村でもなけりゃ飲めないんじゃ、大目に見るんじゃ」

「ドワーフにとって酒は水だもんな」

「そういうこと」


 ギプスはどっかり椅子に腰掛けた。ギシリと音が鳴った。


「聞いた話じゃと、王都で緊急性の高い話題は特になかった。端的に言えば、いつも通り。特に住民を脅かす問題もなく、平和と言うことじゃな」

「平和ね……」


 王都には、悪魔どもの巣窟である聖教会の本部大聖堂がある。裏で悪魔たちが暗躍しているだろうに、王都の住人たちは、それに気づいていない。


「都会の人間は、何とも呑気なものなんだな」


 ラトゥンが皮肉ると、ギプスは口元を緩めた。


「それだけ聖教会がバレんよう上手くやっとるということじゃろう」


 長い間、人々に気づかれず宗教として存在しているのだ。そう簡単にボロが出るようなら、とっくの昔に人類との戦争になっている。


「急な話題はないが、ちらほら噂話ならいくつかあったぞい」


 その視線が、アリステリアに向く。


「聖女様が巡回の旅の途中に行方不明になった。目下、神殿騎士団が捜索しているんじゃと」

「行方不明扱いなのね。そんな気がしていたけれど」


 井戸の底から生還したところを待ち受けていた聖教会のカラド神父は、聖女が戻ってくることを確信していた。死亡発表したら、戻ってきた時騒動になるから、順当に不明扱いにしていたのだろう。


「あと、暴食に注意って、酒場じゃだいぶ騒がれておったぞ」


 ギプスはラトゥンを指さした。


「発表はされとらんが、今だ神殿騎士団が討伐できないせいか、だいぶ話が盛られておるようじゃった。騎士団が次々に返り討ちにあって、団長が何人か戦死した、とかな」

「それについては正確じゃないか?」


 ラトゥンは皮肉げに返す。実際に、銀のアルギューロスなど、指揮官級悪魔を仕留めている。


「しかし、そういうの、王都にいてもわかるんだな」

「そりゃあ、聖教会が新しい騎士団を作って団員募集なんてやっていれば、推測できるじゃろう。……今のは酒場で聞いた受け売りじゃがな」


 ギプスは指を振った。


「特に戦争や騒動がないのに――いや、暴食討伐がそれか。それ以外に問題がないのに、騎士団を増設するってのは、何かあったと思うもんじゃ。通ぶっている奴の言い分じゃと、神殿騎士団のいくつかが暴食にやられたから、再編のために新規騎士団を作るんじゃないか、なんじゃと」


 なるほど、とラトゥンは頷いた。そんな様子を見て、ギプスは肩をすくめる。


「お主がよくやったということじゃろうな。……いくつ騎士団潰したんじゃ、まったく」

「怖いなぁ」


 アリステリアが悪戯っ子のような顔になった。


「その暴食が、王都にいるって聞いたら、どういう反応になるのかしら?」

「大騒動じゃろうな」


 ギプスはニヤリとした。


「王都の騎士団総出で向かってくるじゃろうし、住民はパニックじゃろう」

「それは手っ取り早いかもな」


 敵の方からやってくるなら、一つの手でもある。やってきたところを返り討ち――そう考え、あまりに驕り高ぶっているとラトゥンは自嘲した。聖教会の悪魔には上級もごろごろしているだろうし、一対多数では、数の暴力でやられるのがオチだろう。


「ラトゥン、お主の敵は聖教会じゃろう? 王都で現れたら王国の騎士団まで敵に回すことになる。余計な敵を増やすだけじゃから、安易に突っ込むんじゃないぞ」

「わかっているよ」


 念押しされるくらい、ギプスはラトゥンを突出するタイプに見ているようだった。的外れでもないので、苦笑するしかないラトゥンである。あまり弄られても面白くないので、話題を逸らす。


「他には何かあったか?」

「んー……、あぁ、そうそう。旅人が消えるって、妙な話を小耳に挟んだわい。何やら王都では、よそ者が割と消えるんじゃと。旅の道中に蒸発してしまうのはまあ、よくある話じゃが、この王都だとちと多いらしい」


 ラトゥンとアリステリアは視線を合わせた。それが意味深だったので、ギプスは口を尖らせる。


「なんじゃ?」

「その失踪事件、悪魔が絡んでいると思う」

「実はわたくしたちも、襲われまして――」


 と、紹介されて立ち寄った魔道具屋が、悪魔たちのテリトリーで、人間を素材にして人工魔石に加工したり、食べていたりしていたことを説明した。


「……何ということじゃ」


 裏で悪魔がそのような暗躍をしていたとは思わず、ギプスも眉間にしわが寄った。彼にとっても他人事ではない。王都にやってきた余所者という条件で見れば、ギプスもまた狙われていた可能性があったわけだから。


「それにしても、またしてもお主、悪魔の巣窟を潰してきおったのか」

「偶然だ。紹介されなきゃ近づきもしなかった」


 ラトゥンは腕を組む。


「しかもこの件は、末端だ。人工魔石なんかを求めている奴らは他にいる」


 フィエブレとかいう組織が関わっている。悪魔のやっている魔道具屋が傘下なのだから、十中八九、悪魔が運営しているだろう。


「フィエブレ……。うーん、わしは知らんのぅ」


 初めて聞いた名前だと、ギプスはふさふさの顎髭を撫でつける。


「そういうのは、ラー・ユガーが知っておるんじゃなかろうか?」


 悪党繋がりで、盗賊団の頭目だったクワンならば、とギプスは言った。直に夜となるが、エキナもだが、そのクワンは、まだ戻ってきていない。


「何かゴタゴタに巻き込まれていないだろうか」


 心配である。

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