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第159話、片羽根の作戦案


 大聖堂を今すぐ攻めようとラトゥンに言われて、ドリトルは面食らった。


「いくら何でも急過ぎるだろう!」

「だが、人手が捜索に割かれているのは確かだ」


 ラトゥンの言葉に、ドリトルは再度『マジか……』と呟いた。


「俺に同志になって欲しかったのだろう? その俺が大聖堂を今攻めると言っているんだ。俺を頼りにするつもりなら、乗るところだぞ」

「まだ、作戦すら打ち合わせていないだろう」


 ドリトルは正論をぶつける。


「お互いに何ができるのか、それを把握もしないで聖教会にかち込むのは自殺行為だ」

「なら、その作戦とやらを説明してくれ。連中が捜索しているうちに、攻め込みたい」

「そんな急ぐ理由があるのか、ラトゥン?」

「こちらは手配書が出ているんだ。時間を置けばおくほど、動きにくくなる」

「……わかった。とりあえず説明するだけはしよう。それを見て、問題がなく、それでいて今というなら、その時は攻めよう」


 ドリトルは渋々頷いた。

 机の上に、王都、大聖堂周りの地図を広げた。


「オレたち片羽根は、聖教会大聖堂の地下にある『奇跡の石』を手に入れる」

「……」

「目的については、昼間伝えた通りだ。同志たちを元に戻す。……その時はあんたも一緒だ」


 ああ、とラトゥンは頷く。ドリトルは続ける。


「だが正面から侵入しても、神官らが妨害してくるだろう。時間をかければ、隣接する宿舎からも敵の援軍が現れて多勢に無勢だ。そこで、ラトゥン。フィエブレのアジトを吹っ飛ばしたのと同様、この宿舎と、あと聖教会の偉いさんがいる館をぶっ潰してしてほしい」


 なるほど――ラトゥンは、自分が勧誘された理由を理解した。全てはフィエブレの拠点を破壊した実績でスカウトされたわけだ。


「できれば、大聖堂も派手に爆破したいところではある」


 ドリトルは地図の上の大聖堂の周りを手で輪を描いた。


「普通に、地下から奇跡の石を持ち出せたとして、聖教会の連中が黙っているわけがない。必ず追っ手がかかる。そうならないために、ラトゥン、あんたの力で破壊する。大聖堂も破壊すれば、目的が奇跡の石の奪取と悟らせにくくなるはずだ」

「……だが大聖堂を破壊したとしても、奴らは奇跡の石を探すだろう」


 ラトゥンは考えを口にした。


「それで奴らが、奇跡の石の盗難に気づけば、どの道、捜索が始まり、追っ手がつくことになる」

「それまで時間は稼げるだろうよ。奴らが追ってくる前に奇跡の石を使って、あとはトンズラだ」


 ドリトルは快活だった。


「これが、オレたち片羽根が考える大聖堂攻撃計画だ。ラトゥン、あんたがフィエブレのアジトを吹っ飛ばした後の、新しい状況からまとめた最新バージョン、出来たてホヤホヤの作戦だ」


 間違っても古い情報から作られた作戦ではない、とドリトルは強調した。


「と、オレらはこう考えているわけだが、どうだ? できそうか? できないのなら、作戦を考え直すが」

「それはつまり、俺に兵舎と聖教会幹部の館と、ついでに大聖堂を破壊できるかという確認でいいか?」

「そうだ」


 できるか、とドリトルの目が、じっとラトゥンを見据える。


「聖教会幹部を爆殺することに異存はない。兵舎も可能かと言われれば可能だ」


 ただ、そこには悪魔ばかりではなく、そうとは知らない人間もいるのではないか? 聖女として務めていたアリステリアは貴重な例であっただろう。


 幹部クラスは、ほぼ悪魔で占められているに違いない。だが下っ端となると、人間の比率が増えていくだろう。


 これらが進んで悪魔に協力する外道ならば巻き込むことに躊躇いはない。問題は、事情を知らず、聖教会が正しい集団と思い込んでいる人間が少なからずいるだろうことだ。

 神殿騎士でも、アイガーという例がある。聖教会が悪魔の巣窟であることを知らなかった者は、下っ端ほど増えるだろう。


「どうした、ラトゥン? 何か問題なのか?」

「敵であれば、討つだけだ。……だが事情を知らない人間を巻き込むのは気が進まない」

「兵舎のことを言っているのか?」


 ドリトルは顔をしかめた。


「でもよ、向こうは侵入者は殺そうと向かってくるぜ? どうせ戦いになったら、殺し合うしかないんだ。それならいっそ、最初にまとめてやっちまった方が被害も少なくて済む」

「わかっている。わかっているとも……」


 味方に犠牲が出ないようにやるのが最善で、敵にまで気を回している余裕はないというのは。

 自分が理想の形を追い求めて、作戦を難しくしているのはわかっている。


「気が進まないってんなら、オレたちでやってもいいぜ?」


 ドリトルは地図の大聖堂と兵舎を繋ぐ通路を指さした。


「オレたちは地下に侵入するが、一部を割いて、この通路で待ち伏せをさせて増援を阻止する」

「それではその待ち伏せ連中の負担が大きくないか?」

「ああ、最悪、数で押されて全滅するかもしれねえ」


 ドリトルは渋い表情だった。


「だが、誰かがやらなくちゃいけない。地下の保管庫にあるっていう奇跡の石を手に入れ、脱出するだけの時間を稼がないといけない」


 それはそうだ。ラトゥンの表情を険しくなる。

 自分がやらなければいい、他人がやってくれるならそれでいい――とは、さすがに虫がよすぎる。自分の手を汚さなければそれでいいのかと言われれば、ラトゥンの良心がそれを許さなかった。


 誰かに押しつけても、結局人が死ぬ。役割を押しつけたがために、その者が傷ついたり、命を落としたりしたら、申し訳なさで後悔が残るだろう。


「いや、俺がやろう」


 ラトゥンは地図を注視する。


「何か手を考える。作戦実施前までに思いつかなければ、当初の予定通り、兵舎ごと破壊する。……地下保管庫の方は、そちらに任せていいんだな?」

「もちろんだ」


 ラトゥンの確認に、ドリトルは首を動かした。


「増援さえ来なければ、万事上手くやれる自信はある。だからこっちは任せておいてくれ」


 そこでドリトルは真摯な目を向けてきた。


「そちらこそ、大丈夫なんだろうな?」

「あぁ……」


 ラトゥンが同意すると、ドリトルは机の上の地図を丸め出した。


「じゃあ、作戦もオレたちが考えた通りでいいんだな? 何か付け足すこととか、こうした方がいい案はあるかい?」

「いや、ない。ここで付け足ししたら、片羽根のお仲間に変更点を伝えないといけないだろう? ……片羽根は皆、作戦は頭にあるんだろうな?」

「このままでいいっていうなら、こちらとしては、いつでも動けるぜ」


 ドリトルは請け負った。ラトゥンは首肯した。


「では、動こう」

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