神殿騎士団が迫っている、とその男は言った。
クワンやエキナが目を見開く。どうして敵はここがわかったのか。その疑問よりも前に、ラトゥンは扉を開けると、そこに立っていた男――軽戦士系の姿をしたハンターの首を掴み、部屋に引き入れると壁に叩きつけた。
「っ! 何しやがる!?」
「お前は、どうしてここにいる? 俺たちをつけていたな?」
「あ? あぁ、そうだ。だが悪い意味じゃないぜ?」
ラッツと名乗っていた男は否定する。
「あんたらに何かあった時に、ドリトルらに伝えられるようにって、連絡係としてだ。嘘じゃない!」
――どうかな。本当はスパイの可能性だってある。
彼の言葉を鵜呑みにはできない。敵だったとして、初っ端から自分は敵です、などと認める者などいない。
「信じてくれ! 大体、あんたらの敵だったら、神殿騎士団が迫っているなんて警告するわけがないだろう?」
「それはそうだ」
クワンは首肯した。ラトゥンたちに知らせずにいれば、もしかしたら敵が襲撃に成功していたかもしれない。敵であるなら、わざわざ知らせる理由がないのだ。
「どうかのぅ。味方のフリをして、お主を信用させようという魂胆なのではないか?」
ギプスが眼光鋭く睨む。
「そもそも、神殿騎士団の追っ手などおらんかったら?」
「いるって、間違いない!」
ラッツは首を横にブンブン振った。
「あんたら、地下でブザーを鳴らしただろう? あんな馬鹿でかいもん鳴らして、奴らが気づかないわけがないだろう?」
「ブザー? 何のことだ?」
「あんたらが倒した聖教会の作った人工生物だよ。いたろ? 不細工な化け物」
「あー……」
あの気味の悪い太ったモンスターか。動きが遅く、倒したら遠くまで響く断末魔を残した。あと、酷く臭かった。
「あれがブザーだよ。探索用に使っている化け物で、何かあれば声を発して知らせる。そしてそれがいるってことは聖教会の武装神官か、神殿騎士団がいるのは間違いないってことだ」
「どうやら本当らしいぞい」
ギプスは武器を肩に担いだ。
「移動したほうがよさそうじゃな」
「ここで敵に出くわしたら、逃げ道は限られるからな」
クワンは扉を開けて、地下道を確認する。
「問題はどこへ逃げるかだけど、他の地下の隠れ家にするか? それとも一旦、地上に出るか?」
神殿騎士団が地下を探索しているというのなら、地下に隠るのは得策ではないかもしれない。構造が複雑で、広い王都地下ではあるが、時間をかければやがて見つかってしまうかもしれない。
かといって、地上に逃げ場があるかと言われると、安全の保証はできない。
「それなら、おれたちの隠れ家がある」
ラッツは言った。
「案内する。秘密の仕掛けもあるから、そこに入ってしまえば、あんたらも見つからない」
「……わかった。案内してくれ」
ラトゥンは、片羽根の戦士を解放した。いいんですか、とエキナが聞いてきたが、背に腹はかえられないと返した。罠だったら、暴食の力でも何でも使って活路を見いだすのみだ。
・ ・ ・
神殿騎士団、青の団が踏み込んだ時、そこはもぬけの殻だった。
「――敵は、いち早くここを離れたようです」
青の団の神殿騎士であるガラーが報告した。
「地下の部屋に潜伏していた痕跡はありましたが……」
団長のシデロスは険しい顔つきのまま言った。
「まだ近くにいるはずだ。広がって探せ!」
「ハッ!」
神殿騎士と武装神官らは駆け足で移動を開始する。シデロスは不機嫌そのもので、副長のシュペールと顔を見合わせた。
「何故、バレた? 見張られていたのか?」
「わかりません」
事務的にシュペール副長は答えた。
「ただ我々は、追跡するのみです」
・ ・ ・
「――もう、ここまでくれば大丈夫だ」
ラッツは言った。とある通路の奥に移動した時、彼が隠しスイッチを押すと、壁が動いて通路を塞いだ。
「向こうから見たらただの壁だ。おれらがこの向こうにいることはわからないだろう」
そう聞いて、アリステリアがホッと息をついた。あまり運動していないタイプの彼女にとって、この地下移動は割とハードだったのだ。
ラトゥンは、ラッツを見た。
「一つ貸しかな?」
「なに、これから協力し合う仲だ。気にすんな。それより、奥に行こう。たぶん、ドリトルたちも降りてきているはずだ」
「俺が会おう。仲間たちが休める場所はあるか?」
「ああ……、そうだな。こっちだ」
主にバテ気味のアリステリアを見て、ラッツは苦笑していた。仲間たちが休憩できる場所に案内してもらい、その後、ラトゥンはラッツと、隠れ家の会議室に移動した。
……ドリトルがいた。
「聞いたぞ、兄弟。神殿騎士団が地下にいたってな」
「そういうあんたも、よくここまで来れたな?」
神殿騎士団が地下を探索している中で。この広大な地下道を探すとなれば、投入した人数も少なくはないはずだ。
「地下の出入り口は、たくさんある。聖教会だって把握していない抜け道だってある」
ドリトルは、自信たっぷりだった。
「ここもそうした抜け道の先だから、連中にだって見つけられないだろう。これまでがそうだった。だから安心していいぜ」
「そうか。……それはよかった」
これまで見つからなかったから、今回も大丈夫とどうして言えるのか、ラトゥンにはわからなかった。
ハンター時代、そして独立傭兵時代においても、以前は問題なかったからこれからも問題ないと思ったことはない。
「それで、何だがドリトル。話がある」
「もう話しているぜ?」
面白い冗談だとばかりに笑う彼に、ラトゥンは真顔で告げた。
「敵は、地下にまで探索している。少人数とは思えない」
「だろうな。効率を考えれば、大勢を使わないと、あっさり取り逃がすなんてこともあるだろうさ」
「つまり、大聖堂にいる人数は通常より少ない。攻めるなら今だ。仕掛けよう」
「……! マジか!?」
ドリトルは息を呑んだ。まったく考えていないタイミングだったからだろう。ラトゥンは言った。
「聖教会も、まさか今、逆に仕掛けてくるとは思っていないはずだ。……攻める計画があるんだろう? 実行しよう」