目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第157話、仲間たち合流。しかし――


 化け物はあっさり倒れた。ラトゥンの剣の一撃は、その肉の多い体を切り裂き、多量の血を飛び散らせた。


 断末魔の叫びが、凄まじく、地下に木霊する。思わず耳を押さえたくなるような音量は、地下道中に響き渡ったかもしれない。


 これが警報を鳴らす装置だったなら、効果は充分だとラトゥンは思った。もしこれのお仲間がいたら、それに伝わっただろう。

 だがそれを口にする前に、猛烈な死臭が鼻に届いた。


「うえっ……何だよ、これ――」


 クワンが鼻をつまむ。アリステリアとエキナも、化け物の死体から距離を取る。


「酷い……。なにこれ」


 この悪臭は相当だ。ラトゥンも眉をひそめる。


「さっさとここを離れよう」

「同感。何なんだコイツは……」


 クワンも文句を言いながら、空気を払う仕草をして移動する。


「王都に戻ってから、何度か地下道を使ったけど、こんな化け物は初めてだ」

「そうなの……?」


 アリステリアも臭いにとても渋い顔をしている。


「突然、現れた生き物ということかしら?」

「ここ数年で居着いている可能性もあるけど……。少なくともあたしは初めてだ」

「ギプスさんもこの地下にいるんですよね」


 エキナは後ろを振り返る。化け物の死骸から離れたのに、まだ臭う。


「大丈夫でしょうか?」

「どうかな」


 ラトゥンが首を振れば、クワンは言った。


「旦那のことだから、そう簡単にくたばるとは思えないけど、急いで合流したほうがいいかも」


 先を急ぐ。道中、地下固有の巨大ネズミに襲われたが、それらも軽く返り討ちにした。先の化け物のお仲間と遭遇することなく、目的の地下部屋に到着する。


「とても希少な化け物だったのかな……」


 クワンが呟いたが、それ以上は言わなかった。レアモンスターの捜索依頼を受けているわけでもなく、正直どうでもいいことだったからだ。……少なくともラトゥンたちにとっては。



  ・  ・  ・



「ブザーが鳴ったというのは?」


 神殿騎士団青の団の団長、シデロスは、その報告を持ってきた武装神官を見た。


「はい、地下道で、捜索用ブザーが何者かと遭遇したようで、現場ではブザーの死骸が確認されました」

「地下にいるという家なしの浮浪者の仕業か……?」

「わかりません。はっきりしているのは、ブザーをやったのは腕のいい奴だというくらいです。ほぼ一撃でブザーを倒していますから、ハンターの可能性もあります」

「ハンターが地下にいるのか?」

「手配書の者たちを追っているのかもしれません」

「我々と同じように、か」


 シデロスは自虐的な微笑を浮かべた。

 暴食がこの王都にいる。神殿騎士団王都守備隊と共同で、その捜索活動をしている青の団である。


 割り当てられたのは、王都の地下道。その探索の前衛に、警報器の役割を果たす人工生物の『ブザー』を投入している。


 この化け物は、取り立てて強いということはない。その目立つ体は耐久力の高さを示し、声を発すれば、遠方にも聞こえるほどの音量を誇る。


 さらに、元から臭気が酷いのだが、倒された際にはもっと悪臭を放ち、やられた場所をマーキングするという特徴があった。


「現場を離れただろうが、ブザーがやられた地点の周辺を捜索。やった奴を見つけ出せ」


 それが暴食であったなら、今度こそ追い詰めてやる。


「はっ!」


 武装神官らは移動する。シデロスは、副長らと顔を合わせ、そして不快げに鼻をならす。


「この臭いだけは、どうにも慣れんな」



  ・  ・  ・



 その頃、ラトゥンたちは、隠れ部屋に到着した。


「よう、無事じゃったか!」


 ギプスも元気そうだった。手配書が配られていた後だけに、怪我一つなくて、ラトゥンもホッとする。

 ドワーフは、ハンターギルドで手配書に気づき、この地下まできた流れを語った。ラトゥンは、大聖堂から尾行されたり、アリステリアの回収話をそこそこに、ドリトルと、片羽根という悪魔の抵抗組織の件を報告した。


「――ほぅ、そんなことになっておったか。で、そやつらを信用するのか?」

「信用は難しいな。悪魔だからな」


 人間から悪魔にされてしまった者だけならまだしも、生粋の悪魔もいるらしい。さらに――


「あの中に、聖教会のスパイがいる可能性もある」

「敵対している組織に潜入させる、というのは、よくある話じゃからのう」


 ギプスは腕を組み、クワンを見た。


「どう思う? ラトゥンの話」

「旦那の警戒はもっともだと思う。ラー・ユガーの時も、たまに潜り込みにきた奴がいたし」


 だけど――クワンは真顔で言う。


「この際、贅沢は言ってられないんじゃないの? 少なくともラトゥンの旦那のことは、片羽根の連中も知ったわけで、スパイがいるんなら、それももう聖教会に伝わってると思う」

「……」

「むしろ、片羽根が聖教会を攻撃しようとしているなら、その機会を利用すればいいんじゃないかな?」


 つまり――ラトゥンは頭を巡らせる。


「スパイがいて、その情報が筒抜けだった場合、その流れと違うタイミングで動けば敵を出し抜けるということか」

「そういうこと。もちろん、聖教会のスパイなんていなくて、心配するだけ無意味かもしれないけど」


 クワンはそう付け加えた。ラトゥンが悩んでいるのも、ドリトルら片羽根が信用できるかわからないからである。


「他人の善意に期待するのはよくない。特に、命がかかっとる場合はな」


 ギプスは息を吐き出した。


「臆病なくらい慎重でちょうどいいわい。お主の用心はよいことじゃと思うぞ」


 どうも、とラトゥンは満更でもない調子で返す。こういう時、聞き役に回るエキナが、ふと部屋の外に視線を向けた。


「誰か……」

「俺も感じた」


 ラトゥンは座っていた石段から立ち上がった。この地下の秘密の隠れ家の周りに、何者かの気配がした。というより、駆けてくるような――


『おい、聞こえるか?』


 トントンと音を絞りつつ、しかし早いノック音と共に声が響いた。話しかけているところからして、敵ではなさそうな雰囲気だが警戒は解かない。


『おれは、片羽根のラッツってもんだ。ラトゥン、とその仲間たち、聞いてくれ。早くここを離れろ。神殿騎士団が迫ってる!』

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?