化け物はあっさり倒れた。ラトゥンの剣の一撃は、その肉の多い体を切り裂き、多量の血を飛び散らせた。
断末魔の叫びが、凄まじく、地下に木霊する。思わず耳を押さえたくなるような音量は、地下道中に響き渡ったかもしれない。
これが警報を鳴らす装置だったなら、効果は充分だとラトゥンは思った。もしこれのお仲間がいたら、それに伝わっただろう。
だがそれを口にする前に、猛烈な死臭が鼻に届いた。
「うえっ……何だよ、これ――」
クワンが鼻をつまむ。アリステリアとエキナも、化け物の死体から距離を取る。
「酷い……。なにこれ」
この悪臭は相当だ。ラトゥンも眉をひそめる。
「さっさとここを離れよう」
「同感。何なんだコイツは……」
クワンも文句を言いながら、空気を払う仕草をして移動する。
「王都に戻ってから、何度か地下道を使ったけど、こんな化け物は初めてだ」
「そうなの……?」
アリステリアも臭いにとても渋い顔をしている。
「突然、現れた生き物ということかしら?」
「ここ数年で居着いている可能性もあるけど……。少なくともあたしは初めてだ」
「ギプスさんもこの地下にいるんですよね」
エキナは後ろを振り返る。化け物の死骸から離れたのに、まだ臭う。
「大丈夫でしょうか?」
「どうかな」
ラトゥンが首を振れば、クワンは言った。
「旦那のことだから、そう簡単にくたばるとは思えないけど、急いで合流したほうがいいかも」
先を急ぐ。道中、地下固有の巨大ネズミに襲われたが、それらも軽く返り討ちにした。先の化け物のお仲間と遭遇することなく、目的の地下部屋に到着する。
「とても希少な化け物だったのかな……」
クワンが呟いたが、それ以上は言わなかった。レアモンスターの捜索依頼を受けているわけでもなく、正直どうでもいいことだったからだ。……少なくともラトゥンたちにとっては。
・ ・ ・
「ブザーが鳴ったというのは?」
神殿騎士団青の団の団長、シデロスは、その報告を持ってきた武装神官を見た。
「はい、地下道で、捜索用ブザーが何者かと遭遇したようで、現場ではブザーの死骸が確認されました」
「地下にいるという家なしの浮浪者の仕業か……?」
「わかりません。はっきりしているのは、ブザーをやったのは腕のいい奴だというくらいです。ほぼ一撃でブザーを倒していますから、ハンターの可能性もあります」
「ハンターが地下にいるのか?」
「手配書の者たちを追っているのかもしれません」
「我々と同じように、か」
シデロスは自虐的な微笑を浮かべた。
暴食がこの王都にいる。神殿騎士団王都守備隊と共同で、その捜索活動をしている青の団である。
割り当てられたのは、王都の地下道。その探索の前衛に、警報器の役割を果たす人工生物の『ブザー』を投入している。
この化け物は、取り立てて強いということはない。その目立つ体は耐久力の高さを示し、声を発すれば、遠方にも聞こえるほどの音量を誇る。
さらに、元から臭気が酷いのだが、倒された際にはもっと悪臭を放ち、やられた場所をマーキングするという特徴があった。
「現場を離れただろうが、ブザーがやられた地点の周辺を捜索。やった奴を見つけ出せ」
それが暴食であったなら、今度こそ追い詰めてやる。
「はっ!」
武装神官らは移動する。シデロスは、副長らと顔を合わせ、そして不快げに鼻をならす。
「この臭いだけは、どうにも慣れんな」
・ ・ ・
その頃、ラトゥンたちは、隠れ部屋に到着した。
「よう、無事じゃったか!」
ギプスも元気そうだった。手配書が配られていた後だけに、怪我一つなくて、ラトゥンもホッとする。
ドワーフは、ハンターギルドで手配書に気づき、この地下まできた流れを語った。ラトゥンは、大聖堂から尾行されたり、アリステリアの回収話をそこそこに、ドリトルと、片羽根という悪魔の抵抗組織の件を報告した。
「――ほぅ、そんなことになっておったか。で、そやつらを信用するのか?」
「信用は難しいな。悪魔だからな」
人間から悪魔にされてしまった者だけならまだしも、生粋の悪魔もいるらしい。さらに――
「あの中に、聖教会のスパイがいる可能性もある」
「敵対している組織に潜入させる、というのは、よくある話じゃからのう」
ギプスは腕を組み、クワンを見た。
「どう思う? ラトゥンの話」
「旦那の警戒はもっともだと思う。ラー・ユガーの時も、たまに潜り込みにきた奴がいたし」
だけど――クワンは真顔で言う。
「この際、贅沢は言ってられないんじゃないの? 少なくともラトゥンの旦那のことは、片羽根の連中も知ったわけで、スパイがいるんなら、それももう聖教会に伝わってると思う」
「……」
「むしろ、片羽根が聖教会を攻撃しようとしているなら、その機会を利用すればいいんじゃないかな?」
つまり――ラトゥンは頭を巡らせる。
「スパイがいて、その情報が筒抜けだった場合、その流れと違うタイミングで動けば敵を出し抜けるということか」
「そういうこと。もちろん、聖教会のスパイなんていなくて、心配するだけ無意味かもしれないけど」
クワンはそう付け加えた。ラトゥンが悩んでいるのも、ドリトルら片羽根が信用できるかわからないからである。
「他人の善意に期待するのはよくない。特に、命がかかっとる場合はな」
ギプスは息を吐き出した。
「臆病なくらい慎重でちょうどいいわい。お主の用心はよいことじゃと思うぞ」
どうも、とラトゥンは満更でもない調子で返す。こういう時、聞き役に回るエキナが、ふと部屋の外に視線を向けた。
「誰か……」
「俺も感じた」
ラトゥンは座っていた石段から立ち上がった。この地下の秘密の隠れ家の周りに、何者かの気配がした。というより、駆けてくるような――
『おい、聞こえるか?』
トントンと音を絞りつつ、しかし早いノック音と共に声が響いた。話しかけているところからして、敵ではなさそうな雰囲気だが警戒は解かない。
『おれは、片羽根のラッツってもんだ。ラトゥン、とその仲間たち、聞いてくれ。早くここを離れろ。神殿騎士団が迫ってる!』