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第156話、信用していいのか


 ラトゥンは、ハンターギルドを出て、王都を歩いていた。

 ドリトルら悪魔勢力――彼らは自分たちのことを『片羽根』と名乗っていた。それをどこまで信用するのか。

 仲間と相談するから、少し時間をくれとラトゥンが言えば、ドリトルは――


『オレらは構わないけどよ、そっちは王都中で手配されてるだろ? 大丈夫なのか?』

『なに、警戒されている中を行くのには慣れている』


 そう返したが、拠点なら空きがあるから頼ってくれていいと、ドリトルは言った。ついでにお仲間が捕まってないか調べたり、連れてくるのを手伝おうかとさえ申し出た。


『どうしようもなくなったら、頼む』


 ラトゥンは、そう言い残して、彼らの元を去ったのだった。


「どこまで信用できるか……」


 呟いてみたものの、どうにも追跡されているのを感じて、表情が曇る。姿は手配書とは似ても似つかぬ姿なので、追っているのはドリトルの仲間かもしれない。何かあった時のための善意なのか、こちらの信用度を確かめるための見張りか。


 ――その両方だろうな。


 こちらが疑っているように、ドリトルら片羽根も、ある程度疑っているだろう。ラトゥンたちが聖教会と戦っていると知って接触したのだから、こちらが密告することはないとはわかっているだろうが。


 アーチス武具店への道を行く。途中、昼間より明らかに聖教会の武装神官や神殿騎士の巡回が増えていた。それどころか、道行く人に職務質問までやっている。

 面倒だ、とできるだけ目を合わせないように歩いていたのだが。


「止まれ。そこのあなた」

「……」


 武装神官二人に絡まれた。ラトゥンが武器を携帯しているから、より目を引いたのかもしれない。


「戦士ですか?」

「ハンターです」


 ラトゥンは、ハンター証を見せる。


「綺麗ですね。新品のようだ……」

「最近登録したばかりなんですよ」

「なるほど」


 二、三質問された後、解放された。新人らしさと素直さで、怪しまれなかった――と思いたいラトゥンである。

 目的のアーチス武具店に到着すれば、中にはエキナとアリステリアがいて、クワンもいた。


「無事だったか」

「お互いにな、旦那。ギプスの旦那も無事のはずだけど」


 クワンは肩をすくめた。ギプスの安全がすでに確保されていると知り、ラトゥンも安堵した。


「それにしても、時間がかかったんじゃないの、旦那? 結構待ったぜ?」

「ちょっと想定外の事態があってな。話すが、とりあえずギプスと合流しながらでもいいか?」

「そうしよう。ここより地下の方がマシだと思う」


 アリステリアとエキナもそれに異論はなかった。

 ということで、移動しながら、ドリトルら片羽根のことを説明した。



  ・  ・  ・



「――悪魔の派閥ねぇ」


 クワンが皮肉げに言えば、アリステリアは口を開いた。


「悪魔だって、色々いますよね。わたくしは聖教会ばかり見てきましたけれど、ラトゥンみたいに……って、ラトゥンは人ですものね。たとえに出すのは違うわね」


 王都地下道。真っ暗な闇の中、水の腐った臭いや獣臭さが漂う中を、ラトゥンたちは進む。


「というか、聖女様、この暗闇の中、微かに光っているの何で?」


 クワンが苦笑する。彼女は明かりを持参していたが、アリステリアがぼんやり光っているせいで、いまいちである。


「わかりません。これも聖女の力?」


 当の本人がこれである。仕方がない。

 エキナが警戒しながら口を開いた。


「それで、ラトゥン。その片羽根の悪魔たちのこと、どうするんですか?」

「彼らの話が本当なら、俺同様、聖教会に痛い目に合っているから、協力もできそうではある……」

 これから大聖堂へ仕掛けようという状況を考えれば、味方が増えて困ることは少なくないだろう。

「あの話が本当なら、だが」

「やっぱり、信用できないですか?」

「信じたいが、いかにもな話で騙すのが、悪魔の手口でもある」


 嘘をついている可能性も捨てきれない。クワンが肩をすくめる。


「安易に信じると、ろくな事にならない。これは人間だって同じさ」


 さすが元盗賊。その手の悪いことに関しては説得力があった。


「一番いいのは、その片羽根を利用することなんだけど……。まあ、あちらも、ラトゥンの旦那を利用する気満々かもしれないな」


 利害が一致している関係というのは、そういうものだ。しかしとクワンは顔をしかめる。


「向こうも奇跡の石のことを知っているんだよな……」


 エキナが複雑な表情を浮かべる。ラトゥンも無言である。クワンは続けた。


「魔女の話が本当だったって裏が取れたわけだけど、目的のものが被っているのは、あまりよくないな。最悪、こっちを当て馬にして、出し抜く魂胆かも」

「それが怖いですよね」


 エキナは頷いた。


「確かめられればいいんですけど――」


 言葉が途切れる。先頭のクワンが、静かに、と止まれのジェスチャーを送ったのだ。臭いは相変わらず悪かったのだが、ここにきて、さらに強烈さを増した。


「ただでさえ、酷い臭いだったが、もっと酷いな」


 ラトゥンは小声で言いながら、左手から暗黒剣を引き出した。


「何かいる」

「地下道のモンスターだな」


 クワンが耳を澄ませる。ヒタヒタと足音のようなものが聞こえ、時々水溜まりを踏んでピチャピチャと音を立てる。


「巨大ナメクジじゃないな……。足があるんだから」


 クワンもダガーを構えた。


「旦那、見えてるかい?」

「暗がりでも見えるよう調整している……。来るぞ」


 縦横に張り巡らせられた通路の一つから、それが現れた。目が四つ、さながらクモの目のようだった。ぬるっとした皮膚を持つふくよかな巨体。短い腕が二本、足があるようだが太い胴体が目立ってよくわからない。


「こいつは何だ……?」


 得体の知れない化け物が、ラトゥンたちの目の前に現れる。


「クワン!」

「知らない。こんなの、見たことないよ……!」


 どん、と足音を響かせて、化け物がこちらへのっそりと動き出した。走ってくるでもなく、ゆっくりながら近づいてくる様は、異様であり異質。気味の悪さが大きくなる。


 ちら、と、ラトゥンの脳裏によぎる。この化け物、聖教会が密かに作っていた改造生物なのではないか、と。

 最近の人体実験や、魂を自動人形兵に封入していた件などが思い起こされ、これをそのまま倒してしまっていいのか、迷いのようなものが過った。


「頼むから、人間であってくれるな……!」


 ラトゥンは向かってくる化け物に剣を振り上げた。

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